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弘安の役 海の中道の戦い


 ――翌、六月八日。


 少弐経資が大友の独断による攻勢を聞かされたのは朝食が済んで戦装束に着替えているときだった。


「何だと! 野田それは真か!?」

「はい、経資様。大友殿はすでに出陣をしております」

「くっ、こうしてはおれん。すぐにでも兵を集めるのだ」


 経資が眉間にしわを寄せながら命ずる。

 野田はそれに慌てて制止する。


「お待ちください。今から出ても大友の手柄になります。ここは戦いの趨勢を見極めてから動くべきかと」

「七年前はそれで失敗し、少弐で御家騒動が起きる所だったのだぞ」


「……返す言葉もございません。しかし此度の戦は七年前とすべてが違います。慎重に動かねば敵に滅ぼされてしまいます」


「小言はあとで聞く、とにかく海の中道まで行き戦況がどうなっているのかこの目で確かめる。行くぞ!」

「はっ!」


 少弐経資が博多の仮屋敷を出た時、目の前を水夫たちが走り抜けていくところだった。


「急げ急げ!」

「船の分捕りだ。お頭と若頭を待またせちゃいけね!」

「おおっ!」


「なんだ。今の連中は――」

「アレは伊予の水軍衆ですな」

「どいつもこいつも勝手に動いて……」


 経資は地団駄を踏む。


「…………とにかく、とにかく合戦場に行き大友と合流だ。野田は博多で兵を集めるのだ。いいな」

「かしこまりました」


 野田は経資の後姿を見た後、遠くにうっすらと見える海の中道を見るのだった。







 その海の中道では大友率いる豊後の武士たちが矢戦をしていた。


「放てぇ!」

「応!」


 大友の号令で無数の矢が放たれる。

 対するは〈帝国〉軍を率いるは東征都元帥 洪茶丘。


 守りやすいとはいえ、大部分が志賀島守備に回った影響で数的に劣勢となる。


「いいか、友軍が来るまでこのまま持ちこたえよ!」

「ハッ!」


 彼らは志賀島から援軍が来るまでの小一時間。

 それまで防戦できれば勝てると踏んでいた。


 だがその思惑は脆くも崩れ去る。


「た、大変です! 海からまた来ました!」

「チッ、船を後ろに下げたのが裏目に出たか!」

「それだけではありません! 逆側の荒波からも来ています!」


「なぜ貴様らはその海を越えられるのだっ!!」


 陸戦では一進一退の攻防であるが、その均衡を崩したのは海からの攻撃だった。

 志賀島の東側、玄界灘は大船で近づくと波に流されて打昇浜に座礁してしまう。

 こちら側に船を回すことはできなかった。


 しかし小舟で、しかも上陸戦を前提とする〈島国〉にとっては何ら問題が無かった。




 


「大友殿の話に乗って正解じゃわい」

「はい父上!」


 玄界灘方面から船を出したのは肥前国御家人 福田兼重とその息子である兼光親子、さらには豊後の御家人たちだった。


「疼く、疼くぞ。七年前の古傷が疼きよる」

「父上、やはりお体に障ります故、ここは隠居して家督を譲るべきです」

「何を言う、わしゃ生涯現役じゃ。それ志賀島へこのまま上陸じゃ!!」

「…………」


 豊後国の御家人は洪茶丘が陣取る打昇浜に、しかし福田たち筑前国の御家人はそのまままっすぐ志賀島へと向かった。


 玄界灘の荒波をものともせず、功を欲する福田たちは郎党を引き連れて志賀島へと直接上陸しようと企てる。

 何隻もの船が流されて途中の浜に打ち上げられていく。

 しかしそれをものともせずに福田たちは志賀島へと到達した。


「よしよし、このまま竹崎の若造が上陸した所から一気に駆けこんで、大将首を分捕るのじゃ!」

「父上、絶対に敵が待ち構えております。やはり戻りましょう!」

「何を言うとる。どこにも居らんじゃろ!」


 そう言って話を聞かずに志賀島へ近づいた。



 そこに待ち構えていたのは――。



「ほれ、やっぱり一度あることはもう一度あるっていうもんだ。あいつらは頭がおかしいからどんな荒波でも、敵がいると分かってても渡って来るんだよ」

「張成兵站兵長殿、撃ちますか?」

「そんなの決まってるだろ、奴らを一人でも上陸させたら手に負えねぇ。ありったけの石弓を叩きこんでやれ」

「わかりました兵站兵長殿、全隊放てぇ!」


 張成率いる兵站部隊と数を減らした石弓部隊の残党が志賀海神社に近い岸の岩陰で待ち構えていた。

 号令と共に身を乗り出して石弓を放つ。


「なんと罠じゃったか――――ぐふっ!?」


 放たれた石弓は福田兼重の胸に、今度は四本刺さった。

 そして兼重はそのまま倒れる。


「ち、父上ーー!!」


 肥前国の御家人福田兼重、功を焦ったその行動により敵の集中攻撃を受け討死――。


「ぶっはーー!!」


「ちっ……父上無事でしたか!」

「矢傷が七つになった程度で死にゃしないわ! …………それより、いま舌打ちをしなかったか?」

「そのような事ございません。さあ反撃をしましょう」

「そうか、ならいいのじゃが」


 そう言ってそのまま矢戦を始めるのだった。

 息子、福田兼光が家督を継ぐのはまだまだ先となる。


「ガハッ!!」

「クソッ、全員頭を低くして撃ち返しな!」


 福田たちの一斉射で張成の部下の一人が討たれた。


「――ってなんで死なないで、さも当然のように反撃するんだよ。こちとら最新の南宋製の石弓だぞ。おかしいだろっ!」

「兄者、愚痴ってもしょうがないぜ。ほい次の矢だ」

「くっそくっそ。どいつもこいつも、さも〈島国〉だからしょうがないみたいになりやがって、アレは本当に人間か、違うよな。よしアイツらは鬼だ。島国鬼子だ。そうに違いない」

「兄者、だったら島鬼でいいんじゃないか?」


「誰がいい名前を考えろって言った。ほれ手を動かせ、矢を補充しろ。ここを奪われたら海の中道までの退路が無くなって味方が全滅だ。雌雄を決すまで踏ん張り続けろ!」

「了解です!」




 大船による制海権が無くなった事により、海の中道に対して両翼から包むように船が殺到する。

 その影響で志賀島から出陣した増援がその場で立ち止まり応戦する。

 この援軍の指揮をとっていたのは赤い布を首に纏う将軍、金方慶だった。


「金方慶将軍、敵が至る所で上陸を開始しています」

「なら、仕方がないな。ここは洪茶丘と合流せずに退路を確保するという名目でこの場で迎撃に当たれ」

「ハハッ!」

「ふん、そのままくたばってくれれば楽でいいんだがな……」


 志賀島から海の中道までの全域で戦いが始まる。



「洪茶丘将軍、増援が足止めをくっています!」

「何だと!? 金方慶は何をやっておる!!」

「将軍ダメです。両側から迫ってきます!」

「ええい、両翼からの挟み込みか!」


 三方からの矢戦にさすがの洪茶丘軍も敗色濃厚となる。

 すかさず撤退を知らせる銅鑼の音が志賀島から鳴り響いた。


「撤退だ退け! 退け!」

「ハハッ!」


 洪茶丘たちが退却を始める。

 その期を逃すほど大友頼泰という男は甘くなかった。


「今だ! 全騎突撃せよ!」

「おお!」


 大友率いる騎兵が一気に突撃を開始した。


 その数およそ三百騎。


 その中に肥後の御家人である野中長季とその郎党籐源太資光もいた。


「三百もの騎兵の突撃となると流石に壮観だな!」

「ああ、こんなことならさっさと竹崎の旦那と合流すればよかった……」

「何を言っておる籐源太。ここで勝ち馬に乗らねば海東郷に我らの居場所はないぞ。勝戦でしり込みするは弓箭の道を踏み外したと思え!」


 重装騎兵三百騎が海の中道を駆け抜ける。

 その両側から船からの援護攻撃が続いている。


 先頭を駆ける大友が撤退する石弓兵を捕捉した。


「追物射じゃ! 討ち取れっ!!」

「うおおおお!!!」


 後ろから射抜いていき、バタバタと敵兵が倒れていく。

 大友は雑兵に目もくれず前に出る。

 そして、馬に乗り撤退する敵将を見つけた。


「あれじゃ! 大将首を分捕るぞ!」

「はっ! 殿に続け!!」



 洪茶丘に大友が食らいつく。

 そして徐々に距離が縮んでいく。


「洪茶丘将軍、敵に追いつかれました!」

「左に回れ、森に誘いこむのだ!」


 洪茶丘の指示に従い敗走兵たちは海の中道にわずかにある森へと入る。

 志賀島と同じく伐採が進み、いたる所に切り株がある。

 その株の合間を洪茶丘が、次いで大友たちが進む。


「捉えた! 弓引けぇ!」


 海の中道にある森のすぐ近く。

 ついに洪茶丘を射程におさめた。

 大友たち五十騎、その先頭集団が弓を引く。


「王某! 今だ!!」


 次の瞬間、森の中から王某率いる百騎の騎兵が出現した。

 森から突如現れた騎兵による奇襲。

 騎兵による突撃戦となる。


「なに!?」


 それは丁度重装弓騎兵では矢を射れない死角――右側面から襲ってきたのだった。


『石弓を構え!』


「やらせるか放て!」


 大友の矢が王某の胸甲で弾かれる。


「なんじゃと!?」


 王某たち弓騎兵の装備はこの日のために揃えたものだった。




 それはあえて弓を捨てて、代わりに龍の彫られた石弓を持ち一撃に全てを賭ける戦術。


 それは徹底的に防御を胸部に集中させることで強力な和弓に対して生存率を上げる極端な兵装。


 重装弓騎兵殺しの弓騎兵――胸甲(きょうこう)石弓騎兵。




 それが王某が七年間の試行錯誤の末にたどり着いた答えだった。


『撃てぇ!!』

『オオォォ!!』


 石弓から放たれた矢が重騎兵に襲い掛かる。

 そして容易く大鎧を、馬を貫通して射殺していった。


「ぐわぁぁ!」

「ぎゃあっ!?」


 武者が馬がやられ地面に倒れ込む。

 生き残った兵たちが立ち上がり、反撃しようとする。


『反撃を許すな、抜刀!!』


 王某は持っていた弩を手放し、刀剣を抜く。

 石弓は紐で繋がっており、そのまま腰のあたりをぶらつく。

 手に持つ獲物は片刃の曲刀という騎兵による突撃を前提としたものだ。


『突撃ィ!!』

『オオォォ!!』



 その倒れた騎兵たちの中に大友がいた。


「皆の者、臆するな。首級が自分からやってきたぞ。今こそ討ち取れ!」

「応!」


 両者がぶつかり合う。


「ぐわぁぁ!」

『ギャアァァ!』


 そこら中で血が飛び散る凄惨な戦いとなる。

 怒号と罵倒が飛び交い、武士たちが矢を放つ。

 それに対して頭と胸がやられなければどうということはない、というように王某たち石弓騎兵が切り込む。


 その戦いに野中と籐源太も巻き込まれていた。


「がはっ、無事か籐源太……」

「う……く、石弓で馬が射殺されました……」

「とにかく立て、このままじゃ皆殺しじゃ」

「わかりました……野中様とどこまでもお供しましょう……」


 二人は立ち上がり、そして太刀を振り上げる。


「ゆくぞおお!!」

「うおおおお!!」


『まだ元気なのがいたか。お前たち着いてこい!』

「ハッ!」


 その二人に王某たちが十騎が襲い掛かる。





 ――その時、博多湾で轟音が鳴り響く。


 次いで、爆轟によって発生した衝撃波が海の中道を襲う。


『!?』


 驚いた王某たちは足を止める。

 彼以外にもほとんどの者が戦いの手を止めた。


「なんだ! なんなんだ!?」

「わかりません。あれは八幡様の祟りでしょうか」



『まさか火薬船が落とされたのか……』


『王某将軍、撤退の鐘の音です!』


 志賀島から偽装ではない海の中道からの完全撤退の音が鳴り響く。


『全兵撤退せよ。これ以上の戦いは無用とする』

『ハッ!』


 六月八日、海の中道の戦いは午前にて決着がついた。


 だがその海では不気味な黒煙が立ち昇る。


 異常な事態が起きていた。


 勝ったはずの武士たちは勝鬨をあげずにただ茫然と海を見守っていた。


いわゆる弩騎兵は古代中国から存在する兵科です。

しかし高コストな馬と弩の二つを持つエリート部隊なので禁軍――つまり皇帝直属軍が主な運用先ぽく、表舞台で活躍することが珍しい兵科らしいです。


高麗史によると洪茶丘を助けるために王某は横撃して50人ほど討ち取ったとしか書かれていません。

通説は志賀島の戦いなのですが、あそこは狭すぎるので、弩騎兵を活躍させたいという邪な考えにより海の中道の戦いにしています。つまり趣味全開の兵装と戦いです。


このぐらいしないと鎌倉武士を倒せないからしょうがない。

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