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弘安の役 各々が動き出す


 九州の中央に日田郡という領地がある。

 周囲を山に囲まれたその領地は交通が不便ということもありひどく貧しい領地だった。


 その領地の屋敷に日田永基がいる。


「日田様、あまり長い時間働くとお体に障りますぞ」

「ああ、だが、今この日田郡に兵糧から軍馬それに兵たちが動いているのだ。ここで流れが止まっては戦場で戦っている御屋形様に申し訳が立たない」


 その貧しい領地だった日田郡がとてつもない発展を遂げている。

 理由は石築地を築いた影響で物流が海運から陸運へと変化したからだ。

 今ではこの日田を通る街道を「日田街道」と呼ばれるようになっていた。


「これほどの兵糧が動くとなると博多には想像できないほどの兵が集っているのでしょうな」


「ああ、七年前とは比べ物にならないほどの大軍同士の戦いだろう――」


 多湾の海辺には石垣がどこまでも伸びていて、その上には垣楯を並べた武士たちが朱糸で編まれた大鎧を着こんで立ちふさがる。

 彼らの頭上には数百の旗印が描かれた流れ旗が風になびく。

 数千もの弓兵たちが最前線で矢を放ち続け、その後ろには我らが大殿や惟親たち騎兵が機を伺う。

 海では前回戦えなかった島津や伊予、さらには復讐に燃える松浦水軍が、海を埋め尽くすほどの敵船に襲い掛かる。


 そしてあの菊池勢や竹崎季長が縦横無尽に戦場を駆け抜けて、敵を混乱のるつぼに落としていくのだ。


「――だが、それでも敵は我らの上をゆく、万を越す軍勢に見知らぬ武器を多用した老練な策士かのような軍略の数々、我らが大殿が攻め時と見定めた時を必ず突いてくる、苦戦は必至だろう」


 日田は目を瞑ってその光景を思い描きながら述べる。


「日田様は今からでも博多に赴き戦いたいですかな?」

「…………戦いたい、戦いたいとも……だがな古傷が……体が言うことを聞いてくれぬのだ……」


 日田は肩をさすりながら、悔しそうにそういう。

 七年前の激戦から生還した彼はもはや鍛錬ができないほどボロボロになっていた。


「日田三郎、永基は七年前のあの神社で死んだのだ……そう、死んだのだよ……」

「日田様…………」


「さあ辛気臭い話はしまいじゃ。まだ戦が終わったわけではないのだから兵糧米を大宰府に送る手筈を整えるぞ」

「そうですな……ええ、そうですとも、お任せくだされ」









 日田郡を経由した物資は太宰府、次いで博多へと流れていく。

 その博多の町から少し離れた場所で伊予水軍が戦利品の物色をしていた。


「若頭見てください。敵の甲冑や石弓が多く入ってやす」

「こっちは酒でっせ」

「これだけで伊予数年分の年貢になりやす」


「さすがに金はなさそうか。それでも船二隻の分捕りはなかなかの収穫だな」

「大頭もこっちに来るそうですが、これなら喜びそうっすね若頭」

「叔父貴殿がこの程度で満足するかよ。明日にも大船を襲うぞって言いだすに決まってる」

「うげっ、〈帝国〉の大船を襲うって、返り討ちに遭うのが関の山っすよ」

「なーに、俺にも考えがある」


 分捕った〈帝国〉の甲冑を持ちながら、ニヤリとするのだった。







 伊予水軍の近くでは河野六郎たちの船に乗っていた島津勢が主人である島津久経と再会していた。


「御屋形様、何とか生還いたしました」

「よう戻ってきた。東国、坂東武者たちは如何だったか?」

「はっ、敵陣のど真ん中を突き抜ける豪胆さ、逃げ遅れた味方のために最後まで戦う雄姿、そのすべてが今の島津に足らないものです」

「我らは神仏の教えを守るだけでは意味が無いと悟りました。最も必要なのは行動に移すこと、覚悟を決めて武士として生き、命をかけるときに未練を捨てられる覚悟が重要だと悟りました」


「よういった、よういったぞ。お前たちを無理を押し通して参加させた意味があるというものだ。それこそが弓箭の道というものだ。よいな此度の戦の心得を決して忘れるな。そして末代まで教え伝え続け、百倍の敵であろうと臆することなく戦う島津の武士を――島津武家者(ぼっけもん)を育てるのだ」

「ははっ!」


 島津久経は坂東武者に引けを足らない武者を育てようと決意するのだった。





 彼らが博多にて合戦の報告をしていた時、竹崎五郎もまた報告をしていた。

 場所は生の松原の合田の仮屋敷である。


「――怪我人の証人は以上となり、後は肥後国安達氏の分捕りは船三隻、伊予が二隻となります」


「よくやった。やはり季長を推した私の目に間違いはなかったようだ」

 合田は自画自賛ともとれる労いの言葉を述べた。


「……はっ、それでこの合戦の勲功は将軍の見参に入られますでしょうか?」


「もちろん、()()()の活躍として伝えておこう。おかげで私の品評が良くなるというものだよ」

 そう言って話は終わりというかのように席を立つ。


「…………最後に伺ってもよろしいでしょうか?」

「何だね。私も忙しい身なので手短に頼むよ」

「はっ、どのような理由で策を上奏した合田殿は戦わなかったのでしょうか?」

「それは言わなくてもわかるだろう。うぬらの代わりはいくらでもいるが、私の代わりはいないのだよ」


「な……」


「いいか、戦える御家人は捨てるほどいるが、鎌倉と朝廷を行き来できる御家人は本当に少ない。おかげでその手の話はすべて私の所に来る、全くもって割の合わない奉公だ。あまりに忙しいので鍛錬に精を出すこともできぬ」

 そう言っているがその口元には笑みがこぼれていた。


「その、合田殿の顔の傷から昔は合戦に赴いていたとばかり……」

「ああ、これか。これは教訓だよ。お主らのような武の才が無いのに無駄に足掻いた末にできた傷だ。まあこれのおかげで交渉ごとは捗るし、弓箭の道とやらへの未練も無くなった」

「そうでしたか………………まだ合戦は続いておりますのでこれにて失礼します」


 五郎はそう言って、合田邸を後にした。


「………………くそっ!」

「どうしましたか?」


 振り向くと安達盛宗がいた。

 彼は肥後国の守護代として、肥後の御家人がもっとも多い生の松原で活動していた。

 その都合から合田の仮屋敷を活動の拠点としている。


「これは盛宗殿、いえその合田殿に勲功を報告したのですが……」

「ああ、そうでしたか。彼を悪く思わないで下さい」

「いえ、大丈夫でございます。ただあの男の弓箭の道を小バカにしたような物言が腹を据えかねたのです」


 それを聞いて盛宗は頭を抱えた。

 そしてなだめるように五郎へ話しかける。


「あの男の言動は一種の武士の憧れに対する裏返しのようなものと思っていただきたい」

「憧れ?」

「ええ、武の才がないからこそ武士に憧れる。しかし無いものをねだる、劣等感が裏返って不要なものだと言い聞かせていると考えて頂きたい」


 それは盛宗がここ数日、合田の屋敷に住んで合田という男と語り合って、やっと理解したことだった。


「…………あまり我慢強くありませんが、努力しましょう」

「そうして頂きたい」

「では私は次の合戦のために準備がありますので――」

「うむ、()()の武士としてこれからも頑張ってもらいたい」

「――失礼します」


 五郎は本当に安達の武士としているべきか迷いが生じ始めた。


「いや、弓箭の通に迷いなどあってはならんな……」


 これではまた野中殿にお灸をすえられる、そう思うのだった。







 竹崎五郎が合田の屋敷を後にした時、博多へと続く海の中道で動きがあった。


「野中様! 見てください。敵の船が後ろへ下がっていきます!」


 籐源太資光がそう言って駆け込んできた。

 〈帝国〉の船団が博多湾の入口付近まで一気に下がったのだ。

 大船団による圧迫感が無くなった事で所々で歓声が上がる。


「本当だな。それに海の中道に陣取ってる敵兵も志賀島へ下がってる」

「どういうことでしょうか?」

「たぶん夜の襲撃に恐れをなして、志賀島と船を守るように布陣したのだろう」

「なるほど、そのまま帰ってくれればいいんですがね」

「何を言ってる。こういう時にやることは一つよ」

「え、いや野中様、流石に我ら数騎ではできる事は無いと思いますよ」

「何を言っておる。あれを見て動かない武将がいると思うか?」


 そう言って野中はニヤリと笑うのだった。




 その〈帝国〉の動きを見ていた大友頼泰は立ち上がる。


「都甲惟親! これより日田永基の弔い合戦をするぞ!」

「ハハッ! ならば周囲に集まっている武士たちに声をかけましょう。して、いつ頃に攻めましょうか」

「そんなのも決まっておる」


 大友が声高に叫ぶ。


「明日じゃ!!」




 1281年6月25日(弘安四年六月八日)、〈島国〉勢の三度目の攻勢となる。


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