弘安の役 火龍
『首候を捕らせ候ぉ!!』
「何言ってるのかわからねぇ!!」
張成が至近距離で石弓を放つ。
それが襲ってきた武士の胸に刺さった。
『手負い候……』
そのまま海へと落ちる。
「ふぅ、いいなお前ら、敵だって同じ人間だ。石弓を当てりゃどうってことない。そうだろ?」
「みんな張成兵站兵長殿に続け! 絶対に生きて帰るぞ!」
「オオォォ!!」
旧南宋軍の輜重隊が自分たちも戦える、必ず生きて帰ると決意する。
「ぶっはーー!!」
そこへ先ほど海に落ちた武士が這い上がってくる。
「ギャァァ! なんで生きてるんだよ!!」
『……手負い候は恩賞候ぬん、首分捕り候っ!』
「なんで生きてんだよ! ええぃ全員で撃ちまくれぇ!!」
「撃てぇ!」「撃て撃て!」
『無念……』
無数の石弓が全身を貫き、今度こそ水底へと沈んだ。
「……はぁはぁ、なんなんだありゃ……」
「兄者……コイツはヤバいぜ。囲まれちまってる」
「クソこれじゃあ船を奪い返すどころじゃねぇ。おい、お前らとにかく集まって全員で背を守りながら位置につけ」
「張成兵站兵長殿、無理です。もう――ギャァァ!!」
「うわっ!? こっちからも上がってきた!」
『分捕りゃぁっ!!』
張成たちの船に海上で息を潜めていた武士たちが襲ってくる。
「くそっ。誰か明かりをつけやがれっ!」
「バカ言うな。狙い撃ちにされるぞっ!」
「兄者! このままじゃ全員殺られちまう!」
「クドゥンのやつめ、出航を命令したなら何とかしやがれってんだ!!」
「ギャァァ!!」
ひとり、またひとりと漢人以外の言葉の通じない水夫や兵から順に討ち取られていく。
そして張成たちの乗る船にも数人の武士が乗り込んできた。
「クソッ、ここまでか……弟者、どうやら死ぬときは一緒みたいだな」
「兄者、その約束だけは守れそうだな」
『面妖な……明かり……?』
だがそこで武士たちの動きが止まる。
いや違う。武士たちの動きが見えるようになった。
「お、おい! 海上が光っているぞ……」
「なんだ……眩しい……だと……」
突如として発光する靄が現れたのだ。
それはゆっくりと光を放ちながら近づいてきた。
『珍候にて……面妖候ば朝日候か?』
「おいおい、兄者。あれは何なんだ!?」
「コイツは……」
張成は知っていた。
それは宋代よりもはるか昔に煉丹術の研究をしていた道士が偶然発見した物。
硫黄と炭そして硝石をとある比率で混ぜ合わせ、そこにさらに鉄などの金属粉を練り込むことで出来上がる。
その練り込んだ粉を龍の彫られた鉄の筒に詰め込んで準備が整う。
あとはそれに火をつけると、文字通り火を吹く。
南宋の対騎馬民族用の黒色火薬をしようした威嚇兵器。
火龍神器その原点となる武器だ。
『ジュゥゥゥゥゥゥゥゥ』
大船の側面から火龍がいくつものぞき込み、その口々から火柱が噴射する。
その火柱は放物線を描きながら博多の海上を光で照らす。
それはまさに龍が火を吹くかの如く、一種の神々しさがあった。
すぐさま大量の硝煙が周囲を覆い、光の靄へと変わる。
火柱は火薬が燃え尽き次第、すぐに収まる。
だが、次々と用意していた火龍に火を入れることで火柱が絶え間なく現れた。
「全員煙を吸うなよ。コイツには毒が含まれてる」
張成がそう言って布で口を覆う。
「兵站兵長殿それは本当ですか!?」
「ああ、一番運ぶのが厄介な代物だ。とにかく口に布を巻いてできるだけ浅く息を吸うんだ」
初期の黒色火薬には不純物が多く含まれていた。
その不純物の中にヒ素があり、これが荘園と共に吐き出され有毒な煙が戦場にばらまかれる。
『や、八岐大蛇候かっ!?』
『止む終えぬ。離れて候にて矢戦候ば』
武士たちは一目散に逃げだした。
未知の敵に恐れをなした、と言うよりも暗闇での夜襲と言う利点がなくなったからだ。
それが分からずにとどまるような者はいなかった。
「呆然とするな! 敵の船が見えるいまこそ反撃する時だ。ほれ石弓を放て放て。一気に蹴散らせ」
「全員、撃て撃て!」
「兄者、奪われた船はとっくに沖にでちまってるぜ」
「ああ本当だな。しかたねぇ残った船と水夫を守るだけだ」
張成たちが武士に反撃しているとき、五郎たちも火龍の光を見ていた。
「おい、五郎あれはなんだ!?」
「前に見た。あれは七年前の火柱だ。それをあんな風に使うとは思わなんだ」
「おい見ろ。他の船からも火柱が出るぞ!」
他の大船からも火柱が上がり、夜闇を照らす。
密かに近づいていた武士たちの小舟が石弓で穴が開き、沈没していく。
「六郎! 向きを変えるんだ。あのひときわ大きな船に矢戦を仕掛けるぞ」
「何だって!? 正気か!」
「ああ、正気だ。あの火柱を大量に出してるのはあの大船一隻のみだ。ならばアレさえ足止めできれば他の御家人たちが後ろへ下がる時を稼げる」
「それじゃあ。俺たちがやられちまうぞ!」
「大丈夫だ。あの煙のせいで向こうは目が見えぬようなものだ。少し離れたところから矢を放てば、こちらの正確な位置はわからないはずだ」
「…………ええい、しょうがねぇ。聞いたな野郎共! ちょっとばかし矢戦を始めるぞ」
「わかりやした若頭!」
五郎たちは石弓の射程より遠くから矢を放つ。
その矢は曲線を描いて、火龍が火を吹く大船に当たる。
「クドゥン将軍、敵が矢を放ってきました。いかがでしょうか」
「矢雨……ということはそれなりに距離がありますね――こちらも石弓ではなく弓で応戦せよ」
「ハハッ!」
〈帝国〉弓兵たちが矢雨を降らせて応戦する。
互いに有効射程から遠く離れた距離からの打ち合いとなる。
しかしそれでもクドゥンたちの注意を五郎たちの船団に向ける事には成功した。
終わりの見えない矢の応酬が続く中、徐々に退却した小舟も集まって矢戦に加わっていく。
そして時間と共に着実に被害が出る。
「ぐわぁぁ!」
「頼承大丈夫か!」
竹崎五郎の郎党である頼承に矢が刺さり、けがを負う。
「この頼承、矢傷手負いで果てるぐらいなら、敵船に乗り込み見事散ってみせましょう!!」
そう言いながら頼承は持っていた弓を捨て、薙刀に持ちかえて、河野水軍が分捕った小舟に乗りこむ。
「敵船に押し寄せよ。乗り移る!!」
だが、それを聞いた水夫たちは首を横に振りながらいう。
「いや、あっしらは若頭の命で動いてるんで、そう言われても無理っすよ」
「それにあんな激しく光る船に押し寄せたら射殺さるだけっす」
そう言いながら水夫たちは持っていた櫓を捨てて、頼承を補給船の方に押し戻した。
「痛たたた、まってくだされ。怪我してる方を持たないでもらいたい」
「じゃあ足を持ち上げるっす」
頼承は怪我もあ力なく、皆に押して引っ張って船に戻る。
「頼承殿、この戦の矢傷手負いの功と先ほどの心意気は必ずや報告いたしましょう」
「いたた……そう言って下さるとありがたきことにございます」
だがそのやりとりを聞いていた宮原が申し訳なさそうに間に割って入る。
「あの~、拙者らは建前上は安達被官のままなので、どんなに手柄を上げても恩賞はでませんよ」
「え!? そうなの」
五郎は、さすがに将軍に忠を尽くしたのに何ら得るものが無いというのは如何なものか、と思った。
「え!? そうなの……え、そうなの?」
頼承も知らなかった。
「ですので、討死しようものなら……」
「ただの無駄死に……」
「………………あ、あいたたた……痛いので頼承は横になり候」
そう言って、本当に力なく坊主の頼承は端で寝込んでしまった。
「おい、お前ら! まだ矢戦の最中なんだから、手を動かしてくれ!」
「ああ、わかってる。宮原は頼承を看ていてくれ」
「わかり申した」
火龍が火を吹く船。
そのまばゆい光は終わる気配が見えない。
五郎は頼承が使っていた弓を引き、放つ。
その矢は放物線を描き船にささるが、それだけだった。
「やはり船を攻め落とすだけの威力はないか」
「そうだな。だからこそ接近して乗り移るんだが、こうも明るいとそれも無理だ」
「仕方がない……か。悔しいが我らには敵の兵船千余りを倒す手段がない」
五郎は苦々しく思いながら矢を放った。
海戦は陸戦と違い矢戦のあとの決め手に欠ける戦いとなる。
陸戦では矢戦で勝敗が決することは稀であり、大抵は矢が尽きてからが本番となる。
〈帝国〉では重騎兵が突撃し、鎚矛を振り下ろしてせん滅する。
〈島国〉なら重装弓騎兵と歩兵弓兵が突撃して、至近距離から矢を放ちせん滅する。
だが〈帝国〉は常に海上での白兵戦をしないように立ち回っている。
あくまで接近してきた武士の船を潰すことに専念している。
そうすることで被害を少なく、相手への消耗を多くなるようにしていた。
「そこに居られるのは竹崎季長殿とお見受けする」
「その通りである。そちらは如何者か!」
「少弐景資殿の使いの者です。博多に貯めていた矢を届けに参りました」
それは博多から戦いを見守っていた景資から弓と矢の補給だった。
「おお、景資殿から、これはかたじけない」
「それから景資殿からの言伝となります。竹崎季長殿、敵の火柱は脅威成れど限り有り、明朝まで戦い次に繋げよ」
「わかり申した。この竹崎季長、敵の火柱が終わるまで矢戦をいたしましょう」
「それでは我らは矢をできる限り運びますのでよろしくお願いいたします」
少弐の郎党たちが弓と矢を運んだあと、次の矢を届けるためにまた、博多へと戻っていく。
「五郎! 敵船に乗り移ることに失敗した連中も合流するぞ!」
「よし、彼らにも矢を渡して、とにかく敵船に矢を放ち続けよ!」
決定打はなくとも火薬を消費させるために〈島国〉の武士たちは矢を放ち続ける。
その馴れない矢戦は夜通し行われることとなった。
「弓引けぇ! 放て!」
「くそっあの火柱は本当になくなるのか?」
「無くなるはずだ。そうでなければもっと大量に使って優位に戦える。とにかく矢を放ち続けよ」
「おお!」
黒色火薬を大量に使用する大船を中心に敵船団も徐々に集結する。
武士たちはその船団目がけて矢を放ち続ける。
近づけば後ろへ下がり、離れれば近づく。
河野六郎が水夫たちに指示を出す。
竹崎五郎が放つ矢はそのほとんどが船の側面にささる。
〈帝国〉が放つ矢が放物線を描き、雨のように降る。
それもほとんどが海面へと落ち、被害はでない。
両者ともに決定打のないまま、ただ時だけが過ぎていった。
結局、こ日の出と共に解散となった。
――六月七日。
五郎たちは朝日を見ながら浜へと帰っていく。




