弘安の役 薙刀騎兵
五郎を先頭に武士団が上陸した。
「五郎! 賊船は俺たちが叩く。お前は先懸て大将か、敵陣で暴れてやれ!」
「応よ!」
五郎は志賀海神社から志賀村へと続く大通りをまっすぐ進む。
いつでも戦えるように矢を矧ぐ。
『――!!?』
友軍とはぐれた敵に見つかった。
五郎はすかさず矢を放つ。
「ヒュッ」
その矢はまっすぐに敵の頭部を貫く。
力なく倒れる敵を尻目に単騎もぬけの殻となった志賀村を駆けた。
この通りの先には海の中道から来る敵に備えた本陣がある。
その本陣に百以上の敵が陸と博多湾側を警戒して背を向けていた。
その中に一番目立つ大男がいる。
大将首だ。
その石弓部隊は戦地を眺めている。
「石弓をそろえて、敵が来るのに備えよ」
クドゥン傘下の百人隊長が石弓を準備しながら言う。
「ん~イマイチ意図が読めませんね」とクドゥンが頭をさすりながらいう。
「蛮族に意図などないと思いますが」
「相手を見くびっては足元をすくわれますよ」
「では将軍ならどう志賀島を攻めますか」
「そうですね。ここは声東撃西、騒ぐだけ騒いで死角から一気に攻め――」
そこでクドゥンは無言になり、得物である偃月刀を持つ。
クドゥンはこの時、微かに馬の蹄の音を感じた。
すぐさま身をひるがえし、振り向く。
『カン』と金属がぶつかり合う音がする。
手に持つ偃月刀で矢を弾いたのだ。
「クドゥン将軍どうかされ――ゴフッ」
二射目が百人隊長の肺に穴をあけた。
クドゥンは力が抜けていく百人隊長から、石弓を奪う。
そして矢を放つ。
石弓から放たれた鉄の矢が五郎の竹弓に当たる。
「ちっ」
五郎は舌打ちしながら壊れた竹弓を捨てた。
五郎とクドゥンが互いににらみ合う。
「矢を弾くとは見事な腕前、名のある大将とお見受けする」
『まさかあちら側の海を越えて来るなんて、素晴らしい』
獲物を失った五郎はそのまま暗がりへと駆けて消えた。
「敵だ。追いかけるぞ」
異変に気が付いた石弓部隊が五郎を追いかけようとする。
「止まれ! そして出航の鐘を鳴らせ」
「え……ハッ! 鐘だ、鐘を鳴らせ!!」
クドゥンの指示に従い、鐘が鳴り響く。
クドゥンは敵を追うよりも志賀島に閉じ込めてせん滅するほうが良いと考えた。
「陣地の向きを変えなさい。そして敵を島から逃がさないようにするのです」
「ハッ! クドゥン将軍はどちらへ向かうのですか?」
「ただやられるのは癪なので、船を出します」
そう言ってクドゥンは小舟に乗り、沖に停泊している大型船へと向かった。
五郎は港へと走る武士団と合流した。
その一団の中で竹崎の旗を見つける。
宮原と頼承がそこにいた。
「頼承! その薙刀を寄こせ!」
「弓はどうされた!」
「大将を仕留めそこなって壊された!」
頼承は馬で駆る五郎に薙刀を渡す。
「先に行くぞ!」
得物を変えた五郎はそのまま先頭集団を追う。
五郎たちが向かうその船橋に張成たち輜重隊と水夫たち、そして上陸阻止のための石弓部隊が待機していた。
「張成兵站兵長殿、出航の鐘が鳴ってます」
「わかってるよ。だがな、敵が潜んでいる海に出航するなんてどうかしてるだろ。とりあえず全員鎖をほどいて、いま出航しますよっていう格好だけしとけ」
「ういっす。ところでなんか後ろが騒がしい気がするんっすよね」
「兄者、これは突撃の時の掛け声だぜぇ。こうやって大声出しながら突撃すれば馬商人の用心棒どもが我先にと逃げ出すんだ」
「おいおい張翔よ。バカ言っちゃいけない。その用心棒をしていたのがこの俺で、襲ってきたお前をぶっ飛ばしたんだろが――ってそうじゃねぇよ。するってえとなにか、今まさに後ろから突撃してきてるっていいたいのか?」
そう言いながら全員で後ろを振り向く。
薄暗い漁村――。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
――から、軽装の武士と武装した水夫たち百余名と薙刀騎兵一騎が突如として現れた。
「アイヤァァァァ!!?」
「ギャイヤァァァァ!!!」
「うっそだろおい。全員さっさと沖へ出ろ。手を動かせ、鎖を解け、死にたくなけりゃ海へ出ろ!」
だが張成の指示よりも早く五郎が船橋に駆け込む。
張成にとって何よりも幸運だったのは五郎が駆けた船橋が隣だったことだ。
五郎は手綱を放して得物である薙刀を振り上げる。
そのまま沖からの上陸を警戒をしていた石弓兵の首を撫でるように斬る。
「ブパァ……」
大声を叫ぼうとした瞬間に斬られ、大きく吸った息を血しぶきと共に噴き出す。
その血霧を浴びた兵たちは恐れおののく。
彼らは通り過ぎた騎兵を射抜こうとするが、真後ろから迫る武士に気が付き向きを変える。
その武士たちが走りながら矢を射る。
高価な弓兵がこのような戦い方をすることはどのような国でもありえない。
しかし〈島国〉では歩兵が弓兵と楯兵を兼任するように進化していった。
〈島国〉の歩兵は重装弓騎兵の脇役だと認識されるが、その本質は極めて歩兵に近い。
つまり彼らはこの世界で唯一の走りながら前線の敵に矢を放つ、『突撃弓兵』である。
その矢はほとんど当たらないが牽制としては十分である。
「ヒィ……う、撃てぇ!」
驚いた百人隊長がまだ距離がある中で打ち返す。
しまったと、気が付いた時には遅かった。
次の矢を装填するが、すでに目の前まで武士が迫っていた。
追い討ちが無かったので五郎は難なく船橋を駆け抜ける。
躍動する馬の重量に揺られて鎖でつないだだけの船は勢いよく上下する。
船に乗る〈帝国〉の水夫たちは五郎が通るたびに海へと飛び落ちていく。
「なにやってるんだ。石弓ってのは撃たなきゃ意味がないんだぞ。ほれどんどん撃ちやがれ」
「兄者、装填なら任せろ」
「よっしゃ、翔おまえの力を見せつけたれ」
正規軍よりも場数を踏んでいる旧南宋輜重隊がいち早く立て直して石弓による応戦をしながら沖へと出航していく。
だがそれぞれの船橋に距離があったので、五郎には当たらなかった。
「ああ、ダメだ。補給船が奪わちまう」
「もうダメっすよ。ズラかりましょう」
「なんてこった、まだ荷下ろし済んでない船を丸ごと敵に奪われちまったじゃねぇか。それにしたって海側から本陣のど真ん中を突き抜けて船奪うってどうしたらそんな発想が生まれるんだ。コンチクショウめ〈島国〉の船大廻退って覚えておいてやる」
「兄者、俺は『〈島国〉の退き船』のほうが合ってる気がするぞ」と腕を組みながら張翔がいう。
「だから腕を動かせ、石弓を構えろ! 奴らが出航したら矢で応戦して奪い返すぞ!」
「わかったぜ兄者」
寄港していた小舟と中型の補給船はその大部分が沖へと逃れることができた。
「いいかお前ら、鈍足の大型船が今からこっちに来ることは無いと思え。だから俺たちだけで敵を倒さなきゃならない」
「鈍足と言ってもがんばりゃこっちの来れるだろ? 俺より怠け者だな」
「あのな翔。今さっき海上から攻撃受けて反撃している大型船団が、陣形崩して数隻こっちに来るわけないだろ。そう言う器用な事は大将軍が乗ってない限り無理なんだよ」
「なるほどな、〈帝国〉は命令通りにしか動けないからな。こういう時は俺より馬鹿なんだぜぇ」
「まあ、そう言うことだ。けど俺たちの前以外でそんなこと言うんじゃないぞ」
張兄弟の指揮のもと、船が徐々に隊列を組んでいく。
それは船による戦いに長けた旧南宋軍の面目躍如というべきものだった。
張成は敵に奪われた港の方を見る。
船橋の一つが一騎の薙刀騎兵によって蹂躙され、停泊していた中型の補給船五隻、船橋として使っていた小舟が二十隻以上が奪われた。
五郎が港を振り向くと武士団が、撤退できなかった石弓兵たちをすべて倒し終えていた。
「五郎! お前ひとりで前に出過ぎた! 俺たちの獲物を奪うな!」
「そいつは済まなかった!」
「急げ急げ! 皆で船を分捕れ! そのまま沖に出るぞ!」
「応!」
武装した水夫たちが船出の準備を始める。
鎖を解いて、小舟に乗り込んでいく。
「若頭、沖に出た敵船が陣形を組んで戻ってきまっせ」
河野の水夫がいう。
「そうだな。だが問題ない。このまま出るぞ。矢戦の準備をしろ!」
「うっすわかりやした!」
五郎も薙刀を置く。
「宮原、弓はあるか」
「予備の弓ならございます。こちらを使ってくだされ」
「かたじけない。馬の息が上がっているから世話を頼む」
「わかり申した」
「頼承は大丈夫か?」
「はぁはぁ……何のこれしき、矢戦ならできましょう」
「よし、矢戦だ。六郎こっちは行けるぞ」
「よっしゃ、沖にでろすぐに奴らは泡を吹くぞ!」
その沖に出た〈帝国〉の船に異変が起きた。
「ガッ……」「ギャァァ、刺さったっ!」
「クソ、明かりを消せ! 奴ら松明を頼りに矢を放ちやがった。なんてこった、周りには最初に夜襲をしてきた〈島国〉の船がいやがる」
それは漆黒の海上に息をひそめた武士たち。
彼らは最初の矢戦以降はただ敵船が近づくのを待ち続けていた。
「ええい、とにかく集まって周囲を警戒しろ!」
明かりを照らせば狙われる。
暗がりの中ではそう簡単には矢は当たらない。
志賀島へと上陸した一団を包囲するはずが、張成たちは敵船が漂う真っただ中に取り残されてしまう。
そのような暗闇の中では弓矢より刃物による白兵戦が有利と言える。
『ギギ……ガタッ』補給船に誰かが乗り込む音がした。
「その首分捕らせて候!」
「アイヤァァァァ!!?」
「ギャイヤァァァァ!!!」
僅かに照らす星々の輝きの中、海上白兵戦が始まった。




