弘安の役 第二次志賀島合戦
夜の闇の中、松明の光を頼りに海の中道で矢戦が始まった。
そして明かりのない漆黒の博多湾でも矢戦が始まる。
「張成兵站長殿! 集められるだけ武器を集めました!」
「がはは、兄者いい得物が手に入ったぜ」
張翔たちが武器防具を奪ってきた。
「コイツは石弓じゃないか。しかも我らが南宋産の一番いいヤツ。上出来上出来だ」
「うわっ、何で矢がこんな所に刺さってるんすか」
「おう、奴さん海からも来てるから張翔はチョイと身をかがめな」
「兄者これからどうするんだ」
「できる事なんてほとんどないが、とにかく水夫を片っ端から集めて船に乗せとけ、それからいつでも沖にでれるように船橋の鎖を外せるように準備もしとけ、それから――」
「兵站兵長殿、指示が多すぎです」
「やらいでか。とにかくさっさと動け!」
「行くぞ野郎共! この張翔に続けぇ!」
「翔まだ話は終わってないっての!」
志賀村の船橋で慌ただしく張成たち兵站部隊が動き出す。
彼らは船を守るために海から来るだろう敵に備える。
「おっと横を通るぜぇ」
張翔が別の一団の隣をすれ違う。
その一団はアラテムル率いる〈王国〉の部隊だ。
「くく、まさか前夜に夜襲してくるとはな」
「アラテムル様、我らも出陣しますか?」
「クドゥンには余の部隊が本陣ともう一つの港を防衛するとでも言っておけ」
「ハッ、わかりました」
「あ、あの~もし負けたらいろいろまずいんじゃないですか?」と李進がおずおずとたずねる。
「心配ない。あの男は、クドゥンという男はどのように戦術を駆使しても、それを凌駕する武人にして稀代の兵家だ。たかが〈島国〉の蛮族程度に後れをとることはない」
アラテムルは不敵に笑いながら駐屯地へと向かう。
「くっくっく、それでも兵が摩耗すればあとあと、対抗手段がなくなる。せいぜい両者でつぶし合うがいい」
この〈王国〉の部隊から出発した伝令兵が馬で駆けながらクドゥンがいる所へと向かう。
途中の志賀村からは〈帝国〉の兵たちが一カ所に集結していく。
「それでは千人隊長三名が兵を率いて志賀島の山間部に布陣しなさい」
「ハッ!」
「残りは王某万人隊長に従い、洪茶丘将軍の援護に向かいなさい」
「ハッ! この王某にお任せください。行くぞ!」
「オオォ!」
「伝令! 副将軍アラテム様より連絡です――」
王某は〈帝国〉の兵たちを率いて海の中道を渡り、前線へと進んでいく。
その途中で兵を十人隊に分けて分散させていく。
「敵はハカタ湾からも来ている。十人隊は百人隊長に従い等間隔に兵を並べて上陸を警戒せよ!」
「ハッ!」
王某の指示に従い海の中道に兵が並んでいく。
海の中道に松明で照らされた道が出来上がる。
それはまっすぐに志賀村と三苫を繋ぐ。
海の中道の駐屯所からは兵が出陣し終えていた。
皆が最前線の砦に集まり、防備を固める。
「――洪茶丘将軍! 志賀島から援軍が到着しました!」
「よし、奴らに目にもの見せてやる。石弓を撃てぇ!」
「撃てぇ! 撃てぇ! 撃てぇ!」
無数の矢が絶え間なく放たれる。
石弓の矢は敵陣目がけてまっすぐ飛ぶ。
その放たれた太い矢が〈島国〉の垣楯を貫通する。
「うわっ! 貫通しやがった。ええい反撃せよ。弓引けぇ! 放てぇ!」
前線では安達勢と混じった焼米五郎と海東郷の武士たちが反撃にでる。
その後ろでは野中長季と籐源太籐源太資光を含めた重装弓騎兵が待機する。
「ほぅ、噂よりも〈帝国〉の連中はやりおるな」
「野中様、何で五郎の旦那をけしかけたんですか。七年前は無茶をさせるなって言ったのに」
「そんなの決まっておる。あ奴の父に恩義があったからな。子も作らんで血が絶えるのが惜しいと思ったからじゃ」
「それってつまり……ど――」
「もう女を知って、子ができた。ならば女々しくうだうだ悩むより弓箭の道をひたすら進む方がいいんじゃよ。特にアイツは戦場でも最前線でこそ輝くと見た」
「ああ、たしかに地頭や後ろでふんぞり返る武将より似合ってますね」
「そういうことだ。さて、そろそろ玄界灘の潮目が変わる頃合いだな」
野中は三苫の浜の方を見る。
暗く何も見えないが、その闇の中で数百人の武士と数十艘の船が今まさに出航しようとしていた。
「今回の策を打った関東御使の合田だ。こちらの意図した通り海の中道に松明の道ができている」
「おお」「まさに光の通だ」
「我々は個の暗闇の中、あの道を頼りに一気に志賀島へ上陸する。よいな」
「応!」
「それから急遽この志賀島上陸に加わることになった者がいる。前へ」
「応! 皆の者、ワシは薩摩国守護下野、入道、久親である」
「しもつけ……って島津か、海の島津が加わるのか」
「なんと島津氏三代目当主・島津久経であるか」
「お主らは水軍衆だろ。陸戦ができるのか?」
安達の坂東武者たちがヤジを飛ばす。
「そこをどうか。このような見たことも聞いたことのない戦いを、東国坂東武者たちの戦いを、間近で見れる機会はそうそうない。どうかワシの舎弟たちを参加させて鎌倉武士の戦い方という物を教えてもらいたい! 誠にお願い申す!」
薩摩の守護が直々に頭を下げて訴えてきた。
「そうでしたか、ならば我らの戦いを島津の一門にとくとお見せしましょう」と安達の御家人が言う。
そうだそうだと、坂東武者たちが好意的になる。
「おお、かたじけない」
「よろしいでは出陣だ」と合田が言う。
全ての兵船に武士たちが乗船していく。
その先頭を行くのは今回の案内役である伊予国の河野有通だ。
「よし野郎共一気に船出だ!」
「おお!」
河野有通率いる伊予水軍が出航した。
それに続いて合田勢、安達勢、そして島津勢が次々に海へ出る。
彼らの船出に〈帝国〉は誰も気が付かない。
彼らの目は博多湾の闇の中から矢を射る武士に注目していたからだ。
荒波の玄界灘を水夫たちが必死の形相で船をこぐ。
それでも潮の流れが逆転しており、水夫の尽力もあり前回と違い勢いよく島へと近づいていく。
伊予水軍たちは水夫とは思えない異様な格好で出陣していた。
この水夫たちは半数が武装しているのだ。
船には竹崎五郎も乗っていた。ついでに安達泰盛から頂いた馬も乗っている。
五郎は水夫たちが体力的に大丈夫か心配になった。
「六郎、本当に水夫は戦えるのか?」
疑問に思い聞いた。
「伊予国の水軍衆を舐めるな。普通なら海の上では鎧は着ないが、陸戦とあらばこうして鎧に身を包んで戦える。ちなみにこの状態でも生の松原までなら船を漕げるぞ」
「それは心強いな。ところで半数が鎧を着ないのはなぜだ?」
「こいつらはそのまま船に残って三苫に戻る連中だ。船は大事に扱わなければいかんからな」
「なるほど合点がいった」
それは帰りの退路がない事を意味するが、彼らはそれを恐れない。
むしろ退路があると無用な考えが浮かび、戦いに集中できなくなると考えている。
人はこれを無謀な戦いと言うだろう。
しかし夜襲というのは、誰でも思いつく夜に攻める事ではない。
この大胆な行動を持って敵の意表を突くことこそが夜襲で重要なのだ。
「宮原、それから頼承も大丈夫か?」
「お心遣い痛み入ります。されど某は安達から来た身であれど気遣い無用、立派に旗指を務めましょう」
宮原三郎がそう言ってから竹崎の旗を掲げる。
彼は安達から九州の兵力増強のために東海郷へとやってきた。そして今回は旗指をしている。
「拙者も問題ありませぬ。武士にも引けを取らぬ弓の腕前を披露しましょう。そして例えか困れようともこの薙刀で道を切り開いて進ぜましょう」
もう一人の男は小野「大進」頼承という。
彼も安達の被官であり、この戦のために海東郷に来た坊主である。
「五郎、島だ。志賀島だ。あの入り江だ!」
「おうよ。皆よく聞け、これより敵陣のど真ん中を切り抜けてそのまま敵の船を分捕る」
「おお!!」
船が入り江に入ると同時に五郎は馬を駆り、志賀島に上陸した。
「全員、突撃ぃぃ!!」
第二次志賀島合戦の始まりである。
いつもの蒙古襲来絵詞。
定説は東路軍の船を攻撃する集団。あるいは閏7月に御厨で戦う船団。
これの不思議な所は水夫の半分が鎧を着ている事。定説はなし。一部では誇張表現だろうとのこと。
さらに不思議なのは誰も垣楯を持っていない事。
さらにさらに不思議なのは一番左に四番目の船の最後尾が見えるのですが、よく見ると足が二つちょこんと出ています。
たぶん鎌倉武士あるいは水夫がきら〇ジャンプをしているのだと思われます。
汗だくのおっさんが〇ららジャンプをしなければこんな風に足がでません。
……冗談はさておきなぜ足が出るのか分かりませんが、表現として船をこぐのをやめて陸あるいは船に駆け出してる図と思われます。
本作品の設定ではこれらを踏まえて失われた左半分の絵は偵察した志賀島に上陸する五郎と六郎が描かれている――ということにしました。
鎌倉武士だからしょうがない。




