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弘安の役 志賀島潜入調査


「六郎は大陸語を話せるか?」

「ニーハオとシェイシェイぐらいだ」


「それは唐語だろ。奴は明らかに別の言葉で話しかけてきた」

「たぶん半島の〈王国〉の言葉だな…………どうするやるか」


『おい、なんとかいったら――』


「に、ニーハオ……」

「シェイシェイ……」


『…………なんだ漢人どもか。ちょうど探してたところだ――こっちに来い』


 そう言って二人を手招きする。


「ど、どうする五郎。まだ服すら着てないぞ」

「まごついたら怪しまれる。ここは堂々とゆくのみ」

「くっ仕方がない。行くしかないな……」



『ところで、お前たち言葉はわかるか? 言葉だ。こ・と・ば……』


 何となく喋れるのか、と聞いているのだと察した五郎が首を横に振る。


『そうか、なら仕方ないな。それにしてもお前たち南宋の人間は変な髪型に変な下着を履いてるな』


 五郎と六郎はふんどし姿で金方慶についていく。

 いつか気付かれるのではないかと生きた心地がしない気分になる。


『あ、金方慶将軍、今から木を倒すので気を付けてください!』

『ああ、わかった』


 その時、『バキバキバキ』と音を立てながら、大木が倒れる。

 よく見ると至る所で伐採をした跡があった。


 切り出された木は木こりたちの手によって木材へと姿を変えていく。

 木材は防衛設備の材料に、枝などは燃料である薪になる。


『急げ! 急げ! 材料が足らな過ぎて工程の半分も終わってないんだぞ!』

『ハッ!』


 五郎たちはその伐採作業場を素通りして志賀村へと出る。


「な!?」

「思っていた以上の規模だな。それに――」


 〈帝国〉兵たちは停泊している船の防衛に約一万、陸地には約三万の兵が駐屯している。

 残り数万の水夫が陸地と海上を行ったり来たりを繰り返す。

 陸地だけでもそれは一つの街と言っていいほどの人口であり、彼らの日々の食事だけでも大量の物資を必要とした。


 つまり海の中道の終点である志賀村は〈帝国〉の巨大な街となっていた。

 そこを行き交う人々は全員〈帝国〉軍人であり、彼らのほとんどは上半身裸のふんどし姿だった。


 それは彼らが〈島国〉より北方から徴兵されて来た兵であり、〈島国〉特有の蒸し暑い夏になれていなかった。

 そのため戦闘中以外はほぼ全員が半裸で過ごしている。


「むしろ大陸の服を着ていたら浮いてたな」

「ああ、道理で怪しまれないわけだ」


 だが、五郎たちが志賀村のど真ん中を突っ切ると周りの兵たちが皆こちらを睨みつける。


「おい、やはり気付かれてるんじゃないか?」と六郎が心配そうに言う。

「いや待て、こいつらの視線の先は目の前の武官に向いている。むしろ堂々とした方がいい気がする――たぶんな」


『おい、あれが金方慶将軍か……』

『ああ、首に赤い布を巻いている。間違いない』

『後ろの二人は用心棒か……強そうだ……』


『たしか前回の遠征で横領をした背任の将軍……』

『ばか、その罪は間違いで無罪だと皇帝陛下がお許しになった――疑うのは陛下に対する不敬罪だ』

『そうだとも、だからもめ事を起こすなよ。横領をでっち上げた将校が何人も不審死になったらしい』

『おお、こわいこわい。できるだけ近づくな……』


 金方慶が通ると皆が下がって道ができる。

 彼自身はその陰口や態度を意に介さずに港へと歩いていく。


「何かわからんが、すごい男のようだな」

「ああ、とにかく後ろを歩くしかないな」


 この島で船が入れる港は志賀村とその北西にある弘村の二か所しかない。

 港町といってもとても小さく、万の大軍の物資を搬入できるほどではない。

 そこで〈帝国〉は中型船をいくつも鎖で縛り、橋を架けることで船橋を作った。


 その仮設の橋に補給船が何隻も横付けして物資の搬入をしている。

 完全武装ではないが兵たちが船の上から博多湾を警戒している。

 彼らにとって港は生命線そのものだ。

 だから博多湾側を特に警戒している。



 そして港に入りきらない大型船は少し離れた海上に停泊している。

 その大型船は百隻以上あり、とてもじゃないが博多湾側から上陸できるとは思えない。



『ここに居られましたか金方慶将軍』

『どうした?』

『ハッ! 二島の駐屯兵をもう少し増やしたいのですが……』

『そうか、それなら――おい、そこの漢人二人、アラテムル様の嗜好品はこれに書いてある。それを持ってこい。あ~書かれてる物を持ってこい!』


「何を言っているのか全然わからんぞ」と焦る六郎。

「いや、あの紙に書かれている物を船橋にいる輜重兵に渡せばいいんじゃないか」


 五郎はおそるおそる紙を受け取り船橋の方へと向かう。


 五郎はさらに焦っている。


 輜重兵がどう見ても南宋の唐人だからだ。


 東路軍の兵站任務は主に南宋の兵たちが受け持っていた。

 南宋兵は大河の交通や物資補給に長けていたから、そのまま遠征軍の兵站部隊に組み込まれたのだ。

 南宋人はそのほとんどが華中と呼ばれる〈島国〉と似た気候に住んでいる。


 つまり彼らは唐人の服を着ていた。


 しかしまごついたら怪しまれるので五郎と六郎は輜重兵の前に出る。


『な、なんだお前たち、何か用か?』今度は南宋の言葉だと分かる。


 だが五郎たちはあえて無言で紙を渡した。

 紙を渡された輜重兵が五郎と六郎を見て訝る。


『うん? どことなく〈帝国〉人には見えないな』


「……ニーハオ」

「……シェイシェイ」


 すると兵站兵の顔が見る見る赤くなる。


『何が你好(ニーハオ)だ。何が謝謝(シェイシェイ)だ。戦争に負けたからといって南宋人を馬鹿にするな!』


 悪態をつきつつも紙に書かれた署名を目にする。

『げっ!? アラテムル副将軍!! こりゃいけない〈帝国〉貴族だ! おいお前ら、さっさと嗜好品を持ってこい!!』


 アラテムルの名が書かれているのに気が付くとすぐさま嗜好品の品々を用意する。

 五郎と六郎は箱いっぱいの品を受け取る。


『ふん、これを持ってさっさと立ち去れ! まったく、それにしても〈帝国〉人は髪型やふんどしが変なのが多いな……』


 五郎と六郎は無言で金方慶の前に立つ。


『ん? 用意できたな。よし、このままアラテムル様の寝室に向かうぞ』

『それでは私は準備をしますので失礼します!』

『ああ、さっさと行け』


 そのまま金方慶に付いていく。


 志賀村の港には船橋がいくつも作られていた。

 その橋の一つにひと際大きな船が寄港している。

 その船の柱は白く塗られており、他のどの船とも違うことが見て取れる。


 五郎はあれが敵将軍の兵船だと確信した。



 ――敵将軍の兵船は本柱を白く木に塗りて際立っている。



 それがここに来るまでに聞くことができた敵船に関する話だった。

 ならばその船に乗る巨漢の男はまさに敵の総大将に間違いない。

 五郎は確信した。


『クドゥン将軍、それでは数日中に大規模攻勢に出るのだな!!』

『ええ、洪茶丘さんにはその陣頭指揮をとってもらいます』


『して、その日とは一体何時ですか!』

『南宋の兵站部隊による物資供給が完了した後、六月七日に総攻撃を開始します』

『やっとか!! フハハハハ、ついにあの忌々しい連中を屠れる!!』

『ふふ、期待してますよ』


 金方慶がその光景を見て、首を撫でながら悪態をつく。


『ふん……洪茶丘のクソが、馬鹿みたいに吠えてやがる。いつか吠え面を拝みたいものだ』


 五郎たちは奥へ奥へ、松明の灯りも少ない小路を進んでいく。


 志賀島はその七割ほどが山である。

 その地形から人が住める場所は海際になる。


 そして各村へ移動するための道も海際となる。

 切り立った断崖の上を歩き続ける。

 山側も急な斜面が続き、大軍での移動が困難な道となる。


 途中何カ所も関所のように兵が置かれており、警備が厳重だと分かる。




 彼らが向かった先は志賀島南西にある南ノ浦岬。


 そこは岩礁が多く、難破の危険性があるので船がほとんどない。

 ここが〈帝国〉の将軍たちの駐屯所となっていた。

 関所の先には草原の民が用いるゲルと呼ばれる移動式の住居がいくつも建っているのが見える。


『金方慶将軍! お入りください!』

『ああ、ご苦労』


 五郎たちは最も厳重であろう上級将校たちの駐屯所へと足を踏み入れる。


「なあ五郎。ここはかなり厳重だな。場所的に二つの港のちょうど真ん中あたりだ」

「ああ、こうすることでどちらかの港を奪われても将軍は無事ということだろう」

「つまり、ここにいる全員が」

「そうだ。大将首だ。首級――」


『金方慶将軍。ここで何をしているのですか?』

『これはこれは、王某万戸隊長殿。なに、と言われても本日は度重なる小競り合いの疲れを癒すために一日ほど休息を頂いただけだ』


『…………そうでしたか、そう言えばアラテムル副将軍が上陸する日も今日でしたな』

『ええ、偶然にもそのようで、今からお会いするところです』

『そうですか。私はまだまだ任務がありますので――失礼』


 だが、王某は五郎を見て足を止める。

 彼はじっと五郎と六郎を交互に睨む。


『どうかしましたかな?』と金方慶がいう。

『いや、何でもありません』


 そう言って王某は足早に立ち去る。

 もし昼間なら五郎たちの髪型に疑問が浮かび気付いただろう。

 しかし暗がりに、何より目の前の大仕事に取り組んでいる最中なので、そこに気が付くことはなかった。


『ふん、土建屋が調子に乗りよって……』


 そう言いながら、金方慶は乱立するゲルを縫っていく。

 この駐屯所は今までとは別世界といってよかった。

 この駐屯所に入ってから何人もの女性とすれ違う。

 彼女らは将軍たちの妻――あるいは侍女たちになる。


「すげぇ、美女が右に左に……すげぇ」

「おい、六郎。怪しまれるからとにかく堂々と歩け」

「わかってる。――だがいい匂いだ」

「わかる。わかるだ少し落ち着け」


「ふぅ…………しかし、どうやってここから帰る」

「それは――とにかく夜遅くなるのを待つしかないな」



 小声で帰る算段を話していると、ひときわ大きなゲルが見えた。

 金方慶は完成したばかりのそのゲルの前で足を止める。


『アラテムル様。金方慶です』

『来たか。入るがよい』


 まず金方慶が入り、そして五郎たち二人も中へと入る。


 そこには先ほど崖で涼んでいた。

 〈帝国〉の副将軍、アラテムルが座っていた。


 そして彼の横には美しく着飾った女性、貂鈴(ちょう りん)も佇んでいる。


 五郎はとにかく気配を消すことを心掛けた。

蒙古襲来絵詞はよく見ると変な絵がいくつかあります。

挿絵(By みてみん)

通説は他の海戦の絵と一緒に語られるのでよくわかりません。


絵は三隻が連なって停泊してるので、本作品では船橋ということにしています。

全員が違う方向を見ていながらほとんどが右上を見ているので奥が博多湾で、周囲を警戒しているのだと見て取れます。

挿絵(By みてみん)

どうやってこのアングルで船を見れたのか謎ですが、本小説では筋肉ゴリラ二人が裸体でニーハオ言いながら敵陣を突き抜けてます。


まあ、鎌倉武士だからしょうがない。

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