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弘安の役 玄界を越えて


「この小舟に乗ってゆくのか?」


 三苫の浜辺には討ち捨てられた小舟――に装った船が用意してあった。


 船のいたる所に矢が刺さり朽ち果てているが、内側は頑丈な造りの船だ。


「それになんだこの袋は動いているぞ」


 されに船には武器に唐人の衣服、そしてもぞもぞ動く袋が入っていた。


「それはもしもの袋だ――それから俺たちは船に乗るのではない。この船の陰に身を潜めて、潮の流れに任せて向こう岸までいく」

「本当に上手くいくのか?」


「なーに、上手くいかなかった場合は打昇浜(うちあげのはま)に文字通り打ち上げられるだけだ」

「それが心配だと言っているのだ!」


「大丈夫っすよ。若頭の潮流を読む力は誰よりも優れてるっす」と河野氏の郎党がいう。


 そして、

「五郎の旦那、安心してください」と郎党たちも励ます。

「お前たち……」

「旦那に何かあったらご子息様に父親は立派な御家人だったと必ずやお伝えします!」

「そこは助けにこい!!」


「五郎、そろそろ潮の流れが変わる。行くぞ」

「ええい、(まま)よ!」





 うだるような蒸し暑い夏、潮の臭いと腐臭が入り交じる浜辺。


 夕焼けと血で真っ赤に染まる海際、カラスが飛び交う空。


 その沖合を一隻の小舟が漂っている。


 そこ影に潜む二人の男、竹崎五郎と河野六郎だ。


 目の前の海の中道は〈帝国〉と〈島国〉とで土地を二分している。


「ええい、なぜ敵陣を突破できないのだ!」

「さすがに守が固く、矢戦では勝負はつきません。経資様今日の所は下がりましょう」

「くっ仕方ない。日が落ちたら撤収せよ!」


 大軍での戦いが不向きなこの地では小規模な矢戦が何度も行われている。

 しかし勝敗を決するほどではない。

 それでも確実に兵を消耗しているのは確かだ。




「弓引けぇ! 討てぇ!」

『石弓兵、一斉に撃てぇ!』




 垣楯は厚みを増し続けて、海の中道の最も狭い所に垣楯の砦ができていた。

 その頑丈さゆえにどちらも攻めあぐねている。


『クソッ! まったく忌々しい奴らだ!!』

『洪茶丘将軍! クドゥン将軍がお呼びです。シカノシマまでお越しください!』

『仕方がない。全兵に告ぐ! 敵が撤収次第、休息に入れ!!』

『ハッ!』


 洪茶丘は毎日のように小競り合いをしていた。

 そして日に日に前線の環境が悪化していくことに苛立っている。


『まったく、いつまで待たせるのだ! 臭いしネズミは多いしやってられん!!』

『既に第二群が沖合に停泊しているので数日中には大規模攻勢に出るはずですよ』


 海の中道には万の兵を待機させるための仮設兵舎が整然とつくられている。

 まさに夕飯の支度を始める所で、そこら中で焚き火の煙が立つ。

 その駐屯所を馬で突き抜けて志賀島へと向かう。


『ん? あの小舟――今変な動きをしなかったか?』

『気のせいでは?』

『こちらの海に小舟が漂っているのが道理に合わん。石弓を貸せ!』

『ハッ!』




 洪茶丘は討ち捨てられた小舟に狙いを定めて――放つ。



『かぁっ! かぁっ!』


 一羽のカラスが空へと羽ばたいて仲間と合流する。


『なんだ。カラスか……』

『たぶんアラテムル将軍が陥落させた島の船が流れ着いたんですよ』

『奴の名を出すな! まったく、カラスも毎日増え続けて忌々しい! おい、あのカラス共を何とかしろ!』

『ハッ! わかりました!』


 そのまま洪茶丘たちは志賀島へと駆けていく。



 討ち捨てられた小舟の陰に二人の男がいる。


「ふぅ、何とか怪しまれずに済んだな」

「あの袋の中にカラスが入っていたのか」

「ああ、一度しか使えぬ手だが、用意しておいてよかった」


 五郎と六郎はそのままじっとしていたが、あたりが暗くなると泳ぎ始めた。

 波の音や海風が全てをかき消した。


 そしてついに志賀島へと着いた。


 志賀島のげんかいなの小舟に乗ってゆくのか?」


 三苫の浜辺には討ち捨てられた小舟――に装った船が用意してあった。


 船のいたる所に矢が刺さり朽ち果てているが、内側は頑丈な造りの船だ。


「それになんだこの袋は動いているぞ」


 されに船には武器に唐人の衣服、そしてもぞもぞ動く袋が入っていた。


「それはもしもの袋だ――それから俺たちは船に乗るのではない。この船の陰に身を潜めて、潮の流れに任せて向こう岸までいく」

「本当に上手くいくのか?」


「なーに、上手くいかなかった場合は打昇浜(うちあげのはま)に文字通り打ち上げられるだけだ」

「それが心配だと言っているのだ!」


「大丈夫っすよ。若頭の潮流を読む力は誰よりも優れてるっす」と河野氏の郎党がいう。


 そして、

「五郎の旦那、安心してください」と郎党たちも励ます。

「お前たち……」

「旦那に何かあったらご子息様に父親は立派な御家人だったと必ずやお伝えします!」

「そこは助けにこい!!」


「五郎、そろそろ潮の流れが変わる。行くぞ」

「ええい、(まま)よ!」





 うだるような蒸し暑い夏、潮の臭いと腐臭が入り交じる浜辺。


 夕焼けと血で真っ赤に染まる海際、カラスが飛び交う空。


 その沖合を一隻の小舟が漂っている。


 そこ影に潜む二人の男、竹崎五郎と河野六郎だ。


 目の前の海の中道は〈帝国〉と〈島国〉とで土地を二分している。


「ええい、なぜ敵陣を突破できないのだ!」

「さすがに守が固く、矢戦では勝負はつきません。経資様今日の所は下がりましょう」

「くっ仕方ない。日が落ちたら撤収せよ!」


 大軍での戦いが不向きなこの地では小規模な矢戦が何度も行われている。

 しかし勝敗を決するほどではない。

 それでも確実に兵を消耗しているのは確かだ。




「弓引けぇ! 討てぇ!」

『石弓兵、一斉に撃てぇ!』




 垣楯は厚みを増し続けて、海の中道の最も狭い所に垣楯の砦ができていた。

 その頑丈さゆえにどちらも攻めあぐねている。


『クソッ! まったく忌々しい奴らだ!!』

『洪茶丘将軍! クドゥン将軍がお呼びです。シカノシマまでお越しください!』

『仕方がない。全兵に告ぐ! 敵が撤収次第、休息に入れ!!』

『ハッ!』


 洪茶丘は毎日のように小競り合いをしていた。

 そして日に日に前線の環境が悪化していくことに苛立っている。


『まったく、いつまで待たせるのだ! 臭いしネズミは多いしやってられん!!』

『既に第二群が沖合に停泊しているので数日中には大規模攻勢に出るはずですよ』


 海の中道には万の兵を待機させるための仮設兵舎が整然とつくられている。

 まさに夕飯の支度を始める所で、そこら中で焚き火の煙が立つ。

 その駐屯所を馬で突き抜けて志賀島へと向かう。


『ん? あの小舟――今変な動きをしなかったか?』

『気のせいでは?』

『こちらの海に小舟が漂っているのが道理に合わん。石弓を貸せ!』

『ハッ!』




 洪茶丘は討ち捨てられた小舟に狙いを定めて――放つ。



『かぁっ! かぁっ!』


 一羽のカラスが空へと羽ばたいて仲間と合流する。


『なんだ。カラスか……』

『たぶんアラテムル将軍が陥落させた島の船が流れ着いたんですよ』

『奴の名を出すな! まったく、カラスも毎日増え続けて忌々しい! おい、あのカラス共を何とかしろ!』

『ハッ! わかりました!』


 そのまま洪茶丘たちは志賀島へと駆けていく。



 討ち捨てられた小舟の陰に二人の男がいる。


「ふぅ、何とか怪しまれずに済んだな」

「あの袋の中にカラスが入っていたのか」

「ああ、一度しか使えぬ手だが、用意しておいてよかった」


 五郎と六郎はそのままじっとしていたが、あたりが暗くなると泳ぎ始めた。

 波の音や海風が全てをかき消した。


 そしてついに志賀島へと着いた。


 志賀島の玄界灘側は切り立った断崖に近い状態だ。

 岩礁がゆく手を阻み、入り江には死体が浮いている。


 腐乱死体から発する腐臭でむせ返りそうになる。


 喉から吐きそうになるのを我慢して入り江に入る。


「五郎よく耐えたな。ついに志賀島だ」

「流石にこれはキツイな」

「ああ、まったくだ。と――ここはどうやら志賀海神社のすぐ近くのようだ」

「そのようだな。鳥居がすぐそこにある」


 二人が上陸した場所は志賀海神社にほど近い場所だった。

 静かにそっと六郎が上陸する。


 五郎も岩礁に上がろうとした時に声がした。


 近くにいる。敵が近くにいる。

 〈帝国〉兵がすぐ近くにいる。


 持っているのは護身用の小刀二振り。

 三人程度なら何とかなるか。

 そう考えていた時、六郎が口元に指を当てて制止を促した。


『アラテムル様、こちらでしたか』

『金方慶か、涼んでいたところだ』

『そうでしたか。邪魔をして申し訳ございません』

『かまわん。それから一応軍内部ではお前の方が格が上なのだから、そこまで畏まる必要はないぞ』

『あなた様は王族、わたくしは一介の将軍。道理は弁えるべきです』


『くっくっく、いい心がけだ。それにしてもこの国は暑くてたまらんな』

『ハッ、それでは寝室の方に嗜好品を持っていきましょう』

『なんだ伝手でもあるのか?』

『漢人兵站部隊に言えばある程度都合できます』


『そうか、ならば――――ここに書いたものを都合しろ』

『わかりました』

『さて、嗜好品が来るのなら余も先にゲルに戻って、女どもの相手をするか――ん? どうした?』

『いえ、先ほど変な動きをする船が見えた気がしたのですが、見失ってしまいました』

『海流は東へと流れているのだから、遠のいたのだろう気にするな』

『ハッ、そうでありますな』


『くっくっく、ここの蛮族共は頭より筋肉で物事を考えているようだからな。もしかしたらこの海を泳いで渡ろうとしたのかもしれんぞ』

『はっはっは、ご冗談を気付かれずに渡るには二十里(約十キロ)ほど泳がなければなりません――冗談ですよね?』

『冗談に決まってるだろ!』


 五郎には何を話しているのか分からない。

 しかし談笑の類だと推測できた――つまりまだ見つかっていない。


 喋っているのはいかにも武官という赤服の男とその部下たちだった。


「上陸さえすればこっちのものだ。あの〈帝国〉兵たちが去ったら山へと入り、山中から敵の内情を探るぞ」と六郎が言う。

「だといいがな」


 五郎と六郎は小舟に入れていた布で体を拭き、唐人の服を着ようとした時――。



『おい、そこの二人』


 五郎たちの後ろから声がした。

 振り向くと赤い布を首に巻く将軍が立っていた。


 男の名は金方慶(きん ほうけい)

 〈帝国〉の征日本都元帥――東路軍の将軍である。



 二人は敵将に見つかった。


ということで問題の蒙古襲来絵詞 絵二十。

挿絵(By みてみん)

通説でもこれが何を意味しているのか分からない。困った絵になります。

右上にモンゴル軍の武官が、左下の海面に五郎ちゃんがいます。

敵将は戦場が遠いのか涼んでいるようですね。


本小説では下の図を見てもらうと分かるように志賀海神社の位置関係から玄界灘を突破してたどり着いたという設定になります。このどの海を渡ったかの通説は存在しません。この時代とこの合戦について誰も興味がないからね。しょうがないね。


挿絵(By みてみん)


それにしても通説では残虐な蒙古軍がツッコミ担当の常識人となっていく……。

まあ、相手が鎌倉武士だからしょうがない。

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