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世界帝国


 〈帝国〉の首都は複数ある。


 一つは北の『カラコルム』、二代目皇帝が作り上げた首都になる。

 もう一つは現皇帝が作り遷都した『上都』になる。

 そして最後に数年前に築き上げた、北京の前身となる『大都』、この三大都市が首都の機能を有している。


 この三つの首都はそれぞれ役割が違い、そして〈帝国〉の本質が遊牧国家であることが表れている。


 『カラコルム』はその発祥が草原の兵站拠点基地だったことから、主に草原に残り続ける貴族たちの重要都市となる。


 『上都』と『大都』は現皇帝の夏営地と冬営地の役割を担っている。


 夏の間は『上都』で過ごし、冬になると『大都』で政務をこなす。

 それと同時に移動生活という遊牧国家としての気質を守り続けた。




 文永の役が終わり、遠征軍が戻ってきた頃。

 季節は冬、皇帝は大都におり、それに合わせるように人、物、金、この世のすべてが大都に流れ込んでいる。


 大都は人々でにぎわい、その喧騒が都市の端まで響いてくる。

 支配地域からの特産品が荷馬車に積まれ、それが列をなして運ばれる。

 〈帝国〉の貴族たちは、あるいは諸国の人質の皇子たちはこの都市で〈帝国〉の絶頂期を謳歌していた。



 クドゥン将軍一同は冬の首都である大都にいた。

 まさに現皇帝との謁見を終えたところだった。


「んふふ、褒められてしまいました」

「私はもっとキツイ処分を受けると思ったのですが、劉復亨殿の怪我が治るまでの間だけ一時降格処分というのが納得できません」


 王某の認識では〈帝国〉はほぼ負けに近かった。

 それで褒められるというのが納得できなかった。


「いいですか王某さん。戦争というのは勝利条件が存在します。我々はその勝利条件を達成した――ただそれだけですよ」


「???」

 王某はむしろ目が点となる。


「ん~まだわかりませんか」

「すみません。まだまだ勉強不足です」

「ふふ、立ち話もなんですし、今夜は私の邸宅で晩餐としましょう。ついてきなさい」

「ハッ!」



 クドゥンの邸宅は元々「金」の貴族の屋敷を接収したものだ。

 というより都が包囲されたら負けると確信して、貴族たちが逃げだしもぬけの殻だった所をタダ同然で手に入れた。


 その豪奢な屋敷は敗戦国から献上された使用人たちによって屋敷も庭も全てが手入れがされている。

 その邸宅の厨房では全土から集められた料理人たちが腕によりをかけた一品料理を調理している。



 クドゥンと王某はその料理を舌で楽しみながら会話を続けた。


「今回の遠征の最低限やるべき事は南宋への大攻勢その支援として貿易船と南宋出身の水夫を全て捕らえることになります」


「え?」と王某はそこから驚いた。


「この作戦そのものが南宋に察知されないよう極秘に進めていましたので、知らなくて無理もありません」

「いえ、知らされてないのもそうですが、そんな都合よく〈島国〉に宋船が大量に寄港しているわけないじゃないですか!」


「ええ、ですので半島の〈王国〉にこれ見よがしに造船をさせて、南宋の港には『〈帝国〉の大船団が襲撃に来るからほとぼりが冷めるまで〈島国〉へ貿易に出たほうがいい』と偽の情報を流したんですよ」


「――!!」

 王某はそこで上陸作戦前の一連の行動を思い出す。


「…………それでハカタへ上陸する前に周辺沿岸を襲撃して宋船を拿捕したのですね……」


 彼らは十月二十日の博多上陸戦の前、十六から十七日に肥前国沿岸の松浦党の領地を襲撃していた。

 松浦党というよりその領地内にある唐人町とそこに寄港していた宋船を標的としていた。


 この時代の船の動力は風力あるいは人力となる。

 漕ぎ手である水夫たちは無限の体力を有しているわけではないので要所要所で休息しながら進まなければならない。


 〈帝国〉はその水夫と大型船を全て拿捕したのだ。


「そういうことです。そして膨れ上がった水夫を使って、南宋を滅ぼすために進撃した主力軍に兵糧を送り届けたり、その後の統治での輸送任務に就いてもらう予定です」


「たしか二十万の大軍が南下作戦に参加しているのですよね。今さら水軍を送ることに意味があるのですか?」

 そう、クドゥンに対して疑問を投げかけた。


「それはですね。今回の南宋遠征では略奪を固く禁止されているので、彼らを飢えさせないためにも船が大量に必要なのです」

「なるほど」

「それに我々の予想が正しければ敗走を続ける南宋軍は水夫を根こそぎ奪いながら南に逃げるはずです」


 そこまで聞いて王某も気が付く。


「そうか。中華南部は大河が多く船の移動が前提――水夫の確保こそが戦争の勝者となる」

「ふふ、気が付きましたか。逆を言えば水夫を奪いながら船を破壊して撤退すれば、どこかの時点で補給限界が来て〈帝国〉は撤退するはず――そう南宋軍は考えるでしょう」


 結果的にはそこまでの戦いにならなかった。

 長い戦乱で疲弊した各地が早々に降伏し、熟練の水夫たちが〈帝国〉側についたのだ。

 しかし〈帝国〉は降伏することを前提に遠征計画を立てたりしない。

 決して略奪をしてはならないという前提のもと現実的な侵略計画とそれを支える兵站計画を立てて攻め込んだ。


「それでは予備の水夫を大量に確保し、その後の物流を彼らが支えれば南宋は混乱なく併合できるのですね」

「ええ、近いうちに南宋も降伏するでしょう」


 会食を終えて一息つく。

 街からはいまだに喧騒が聞こえてくる。


「南宋攻略の暁には久方ぶりの平穏を享受できるのですね」

「んっふっふ、果たしでどうでしょう」


「ということは、やはり次の戦いはインドあるいは謀反の疑いのあるハン諸国でしょうか?」

「いいえ、私の予想が正しければまた〈島国〉へ遠征となるでしょう」

「な!?」


 王某としてはもう一度刃を交えるのを遠慮したい相手だった。

 白兵戦と見間違うぐらい接近して矢を射る狂気の集団。

 百の騎兵で万の軍勢に突撃する死を恐れぬ猛者。


「ご冗談をいくら兵を増やしたところで今のままでは勝てる見込みがありません」

「しかし、私が奏上せずともすでに第二次侵攻は決まったも同然です。諦めて彼らへの対策を考えましょう」

「それは一体どういう!?」

「どうもこうも、帰りに船荷を下ろして別の航路を探させたでしょ」

「ええ、あの遭難ともいえる航海ですね」


 帰還する時、クドゥンの命によって行きとは別の航路を探しながら帰還した。

 王某含めてその理由は誰にもわからなかったが、それでも無謀ともいえる航海を果たして帰ってきた。

 その時の事を思い出して少しげんなりする。


「おかげさまで誰にも気づかれずに渡ることができると確信が持てました」

「それが再遠征になるのですか?」

「話が突飛に聞こえるかもしれませんが――とある条件が重なれば我が〈帝国〉を滅ぼすことができます」


「………………は?」


「順を追って説明しましょう。まず直接半島にある〈王国〉へ渡れるということは、壱岐島と対馬に放っている密偵に感知されません」

「でしょうね。しかし――――まさか!」

「次に裏切りと反逆が何度も起きる半島の〈王国〉が〈島国〉と手を組んだ場合、この大都までほぼ無傷で進軍し上陸できます」


「しかし…………いやあの〈王国〉ならあるいは……」




 〈帝国〉は〈王国〉をまったく信頼していない。


 かの国は一度目の遠征で即時降伏、監視として統治官を七十二人各都市に配置したが、それを全て抹殺した。

 仕方なく第二次侵攻した際は離島に遷都しており、その離島を要塞化させていた。


 以降、計六回の侵攻を約四十年に渡り繰り返すこととなる。


 これほどの時をかけてようやく最後の反〈帝国〉派である三別抄を一掃するに至った。

 そして新たに忠烈王を中心とした新体制が文永の役の二月前に発足する。


 つまり〈帝国〉は半島の〈王国〉をまったく信頼していなかった。


「〈島国〉の彼らが二万ほど上陸したら、残念ながら我々に即時に対抗するだけの兵は集められません――彼らを倒せるだけの兵を集めるのにおよそ一月はかかるでしょう」

「一月ですか。そのぐらいならば大都でも持ちこたえられるのでは?」

「ええ、その通りです。さらに言えば――こちらに攻め入った敵は一人残らずせん滅できます」


 クドゥンの目が冷たく光る。

 それに王某は息を呑んだ。


「しかし…………まことに残念ながら仮に大都が包囲されればその時点で〈帝国〉は崩壊します」


「そんな……いや、なるほどハン諸国ですね」


「それ以外にもカイドゥやナヤン辺りが挙兵する可能性があります」


 〈帝国〉は決して一枚岩ではない。

 むしろあまりに拡大しすぎた影響でほとんど複数の国に分裂状態となっている。

 今まさに現皇帝を盟主とした緩やかな連合へと再編している途上となる。


「三日……いえ一日でも大都が包囲されればそれだけで〈帝国〉は確実に崩壊します」


 それがどこまで本当なのか王某には分からない。

 しかし万一の可能性を知っていて、あえて放置したら何のための武官、誰に仕える千人隊長か。

 

「…………わかりました。これ以上無益な戦乱を避けるためにも全力で〈島国〉のあの猛者たちを倒せる戦術を考えます」

「ええ、お願いしますね」


 王某はいつにない真剣な顔立ちで席を立つ。

 その時に王某はふと何気ない質問をした。


「ところでクドゥン将軍は彼らがなぜあのような戦術を採用したかわかりますか?」


 王某は敵の運用思想を知ることができれば〈島国〉攻略の足掛かりになると思ったのだ。


「そうですね。彼らはたぶん我々と同じ騎馬民族――それも弓騎兵を倒すためにああなったのだと思いますよ」

「――!? それはつまり我々に対抗するために戦術を開発したと!?」

「いえいえ、アレは一朝一夕(いっちょういっせき)でできるような戦術ではありません。最低でも数十年は弓騎兵と戦わなければああはなりませんよ」


「数十……場合によっては数百年……騎兵だけと戦い続けていたと?」

「ええ、います。彼らの中、あるいはすぐ近くに騎馬民族かそれに近いナニカが居ます」


 歩兵は馬の足止めをする垣楯を片手で持ち、弓騎兵の矢を全て弾きながら道を塞ぐ。

 どこにも動けなくなった山岳弓騎兵を騎兵殺しの重装弓騎兵が至近距離から討ち取る。

 山と川で隔てられた〈島国〉で騎兵を殺すことだけに特化した兵士たち。


 王某のすべきことはその重装弓騎兵殺しの戦術を考えることになる。


「分かりました。実際に第二次遠征が起きるかわかりませんが、とにかく考えておきます」


 そう言って王某は部屋を今度こそ後にした。


「ふふ、必ず再侵攻は起きます。なぜなら()()もそれを望んでいるのですから」











 ――半島の〈王国〉。


 この国の王都は寂れていた。

 しかし一カ所だけ不釣り合いなぐらい豪奢な王宮がそびえている。

 その王宮の一室に二人の男が会食をしていた。


「よく戻ったな王雍(おう よう)


 そう声をかけたのはこの国の王、忠烈王である。


「その呼び名は止めろ。今は天子様から頂いた阿剌帖木児(アラテムル)と名乗っている。王昛(おう じぃ)にもそう呼んでもらいたい」


 もう一人はアラテムルである。


「ああ、そうだったな。だが私も忠烈王(ちゅうれつおう)を頂いているからそう呼んでもらいたい」


「くっくっく……」

「ふっふっふ……」


「ははははははは!」二人は同時に大笑いした。


「くっくっく、私はもうあの大都に王宮に帰りたくてしょうがないよ」と忠烈王がいう。

「ふふ、だろうな。この国を見てきたが贅沢なんてたまにしかできんだろ、ん?」

「まったくだ。朝貢の額が厳しくてたまらん」


 二人は酒を交わしながら会談を続ける。


「それで噂の〈島国〉はどうだった?」

「ああ、緑豊かで兵は恐れ知らず、それに鉄も豊富にあるのだろう。敵はみな薄片鎧を装備していた」

「ほぅ、それは素晴らしい。是が非でも手に入れたい」

「ああ、まったくだ。こんな何もない国よりよほど魅力的だ」


「金方慶将軍は国の発展させることを諦めた私に失望したかい?」


 警固のために二人の会話を壁際で聞いていた金方慶が答える。


「いえ、そのつらい決断を下せる貴方でなければこの国は滅びます」

「ははは、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

「くっくっく、まさに八方塞がりだからなこの国は」


 半島の〈王国〉は〈帝国〉からの進攻に四十年間晒されていた。

 侵攻してきたのはそれだけ魅力があったからだ。

 その後、属国として残ったのは〈帝国〉貴族の誰もが統治を断るほどに荒廃したからだ。


 彼ら二人の王族は物心が付いた時から国が荒廃するさまを見てきた。

 そして人質として帝都に移り、そこでこの世の贅の限りを堪能する貴族たちの中で育ってしまった。


 彼らはこの国を発展させる気がないし、発展させられない理由があった。


 もし、仮に貴族たちが羨む富国へとなればたちまち理由をつけて国を土地を切り取られてしまうだろう。

 例えそうならなくても〈王国〉の軍閥武官が独立運動を始めて、またしても裏切りの王の烙印を押される。


 だから何もしない。

 何もしないが唯一の正解となってしまった。


「あの〈帝国〉の影響を逃れた国が欲しい……こんな現場の横領による贅では余は満足せぬ」忠烈王はつぶやく。

「そうだとも、そのためにも〈島国〉を我らが手中に収めなければ、余の飽くなき欲求はおさまらない」アラテムルが応える。

 アラテムルも〈帝国〉の末席とは言え、その程度で満足する男ではなかった。


 目と鼻の先に〈帝国〉が本気を出さないと手を出せない都合のいい国がある。

 緑豊かで兵は死を恐れず、鉄が潤沢にあり、統治すればまだまだ発展の余地が多い。

 民草を見捨てて離島に遷都できる〈王国〉にとって、より良い土地に移れるのならそれこそが選択肢となる。

 〈王国〉とは上から下までそう言う考えである。



「ふふふ、すべては我らが享楽の人生のために――」

「くくく、我らが愉悦の人生のために――」




『――乾杯』













 こうして〈帝国〉は国家存亡の安全保障のために、

 〈王国〉は誰にも邪魔されない自分たちの土地を得るために、


 戦争の準備を始める。



 それはもはや誰にも止められない一つの歴史のうねりとなった。



 ――七年後、第二次侵略戦争『弘安の役』となった。


挿絵(By みてみん)

 おおよその大帝国の版図。でけー。

 まだ北海道が別だった時代なので、ちょっと新鮮。


本作品は武士メチャクチャ強かった説を採用しているので、二度目の侵略の理由が「強くてヤベーからぶっ殺さないと滅亡する可能性がある」になります。


小説の設定ですので史実とは違います。


いまの通説は「侵略の準備をしながら使節を送ったら処刑されたので報復のために国家が傾くほどの戦力を送った」になります。

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