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帝国 憤怒の洪茶丘


アラテムルが撤退した先には即席の垣楯が並べられていた。


 そしてこの楯の後ろに石弓部隊とそれを率いる将軍がいた。


 この将軍の名は洪茶丘(こう ちゃきゅう)


 遠征軍に加わっているが元は周辺諸国の武将だった。


 彼はアラテムルの赤い服を見るや「ちっ」と舌打ちをする。


 対してアラテムルも洪茶丘の姿を見るや「チッ」と舌打ちした。



「………………っ!」

 周囲の隊長格たちもこの二人が顔を合わせるたびに張り詰めた空気になるのに嫌気がさしていた。



 この二人は親の代から続く恨みと憎しみの関係にある。

 二人の親は片方は祖国を裏切った辺境の将官で、

 もう片方はその国の人質となった皇子という関係になる。


「あの洪茶丘様は祖国がお嫌いなのですか?」部下の一人が聞いてきた。


 部下にしてみれば戦の時に仲間内で憎み合っては困るのだ。


「…………嫌いかだと――嫌いだ! あの私腹を肥やす文官(無能)どもに牛耳られた国などいっそ滅んでしまえばいい!!」

「ひっ!?」




 それはどの国でもよくある話だ。


 例えば西方世界では強大な敵対国に対抗するため国境沿いの辺境伯に優秀な人材が集まる。

 これと似たことが起こり〈帝国〉と隣接する周辺諸国には国境に優秀な武官が集う。


 だが時の執政は優秀な将軍が王宮からいなくなることに危機感を覚えた。

 そこで山賊、盗賊、不良に悪党、彼らを買収して武官に仕立て上げて前線に送ったのだ。

 この信義にもとる行為に激怒したのが洪茶丘の父である洪福源(こう ふくげん)になる。


 彼らは裏切ったのではない。裏切る以外に道が無かったのである。

 その後、裏切り行為を恨んだ王族たちによって嵌められ、洪福源は処刑された。

 それ以後、洪一族と祖国の王族たちとの確執は深まるばかりである。


 それはどの国でもよくある裏切りと憎しみの連鎖である。




 この一連の出来事を目の当たりにした洪茶丘は知っている。


 目の前を颯爽と駆けるあの国の皇子は決して信頼してはいけない男だと、彼だけは知っている。


「洪茶丘将軍、敵がすぐそこまで来ています!」

「本当に弓兵なのかアレは……」


 〈島国〉の武士たちは重厚な鎧を着こんで同じく分厚い壁のような楯を片手で持って突撃するかのように前進してくる。

 身内の狂人に注意しつつも、目の前の狂人たちに集中することにした。


「いいか貴様ら!! いかに石弓兵といっても相手の楯を貫通させるには近距離でないとダメだ。十分に引き付けてから攻撃せよ!」

「ハッ!」


 石弓は機械式の弓矢で、事前に強い張力を保持することができ貫通力が高い反面、連射性が低い武器である。

 遠征先で使うのではなく、主に安全な城の中から敵を射るために使う。

 もっぱら南宋が〈帝国〉の騎兵を追い払うのに使い物だ。


 これらは大型船と一夜城の防衛用で使う予定だったが、補給線を守るために流用した。


「放てぇ!」

『弓引け討てぇ!』


 百道原の矢戦が始まった。


 王某にとってこれも想定外だった。

 両軍ともに弓兵による直射をする。


「ちっ何ということか兵の半分がただの棒ではないか!」


 知らず知らずのうちに敵の土俵で戦わされてるかの如く、戦い方を強制されるこの感覚に苛立ちを覚えた。

 あの刀という武器を使わないのか?

 これでは綿襖甲の槍兵をそろえた意味がない!












「んっふっふ、どうやら洪茶丘さんはちゃんと防戦できてるようですね」

「ええ、流石にあれだけ板を厚くすれば敵の矢を防げるでしょう。というより防げなければ我々が包囲されます」

「そんなに心配せずとも大丈夫ですよ。ほら三翼軍の皆さんが来ました」


 クドゥンが得物である偃月刀で援軍約八千の三翼軍を指す。



 三翼軍は〈帝国〉に恭順した諸国の軍勢だ。

 クドゥンはたとえ一時的に包囲されてもあの軍が戦線に加わればすぐに挽回できると踏んでいたのだ。

 しかし王某は士気練度ともに不明な三翼軍が当てになるのか疑問に感じていた。




 ――チリッ。


 その時、王某は足元で戦っている騎兵から視線を感じた。

 気になりその騎兵約百騎を目で追いかける。




 するとなぜか戦線を離脱して、




 川を渡り、





 そのまま八千の軍勢に突撃した。





「んな!?」


 たった百騎で万の軍勢を屠っているのだ。


 〈帝国〉にとってそれはあり得ない戦い方だった。

 そもそも騎兵は繊細に扱わなければならない。

 突撃させる場合は弓兵などが弱らせた満身創痍の敵、あるいは奇襲して敵本陣をなど、意味のある軍事行動が望ましい。


 目の前の騎兵たちは誰かの命令を受けたわけでもなく、万全の態勢で待ち構える敵軍にたった百の騎兵で圧倒していた。



「最初の五騎といい〈島国〉の騎兵も――」

「――素晴らしい!! 圧倒的な劣勢なのに騎兵だけで突撃をしましたよ! その間に歩兵たちが川を堀に見立てて迎撃の態勢が整っています! 勇者ですよ〈島国〉の勇者たちです!!」


 とクドゥンが称賛する。


「………………」王某は頭を抱えた。


 彼は個が軍を圧倒することはあり得ないと考えている。

 そうでなければ軍の存在意義が無くなるからだ。

 だが、目の前の戦士たちはおとぎ話に登場する英雄なのでは、と考え始めた。







『ガァァァァッ!』と遠吠えのような声がした。


「あ、金方慶きん ほうけい将軍に矢が刺さったみたいですね」

「おや、三翼軍の皆さんが全員山へと移動してしまいましたね。ん~~いけませんね」




 王某は洪茶丘将軍が言っていたことを思い出す。


『――お主が新しい千人隊長か』

『――うん? あの国の軍の評価だと』

『――そうだな絶対に信じるな』

『――そうじゃない。戦術や計略の数に入れるなと言う意味だ』

『――しれたことよ! 山賊や盗賊の類を信ずる馬鹿がどこにいるかっ!!』


 初対面で怒鳴られたことをついでに思い出してしまった。

 金方慶(きん ほうけい)以外の腹心の部下は王都護衛にあたり、山賊の類が遠征に参加している。

 そんな噂が流れていたが、もしかしたら事実なのかもしれない……。


 いや、ダメだ。


 すぐに王某は頭を振って邪念を振り払った。


「……さすがに〈帝国〉に対して背信行為はしないはず…………」


 だが愛宕山に陣取り動かない三翼軍を見ていると不安が増すばかりだった。





「そろそろ頃合いでしょうか」


 クドゥンのその一言で王某含めてすべての武官は察する。

 敵を包囲殲滅する時が来た。


劉復亨(りゅう ふくこう)さんを呼んできてください」


「その必要はない!」


 よく通る声を響かせて麁原の山頂に一人の武将が現れた。


 腰のあたりまで伸びる長いヒゲが特徴的な大男。


 劉復亨(りゅう ふくこう)が現れた。


あれ、思ってたより長くなりそうだぞ。

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