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帝国 血染めのアラテムル


 10月20日、深夜。


 〈帝国〉は予定通り夜闇に紛れてハカタ湾に上陸した。


 そして事前の計画どおり麁原山に陣取ることに成功した。


 この闇に乗じて王某おう ぼう率いる工兵部隊が築城作業を始める。


「急げ! 急げ!」

「王某さんを失望させるな!」


 工兵部隊が怒涛の勢いで作業を推し進める。

 その麁原山頂にはクドゥン将軍と将校たちが陣を張っている。

 その中に王某おう ぼうもいた。


「クドゥン将軍、なぜこのような小さな――丘に布陣したのですか?」

 周りの将校たちも同じ疑問を持っていた。

 守りやすさなら周囲の大部分が海に囲まれた東の荒津山、あるいは西の愛宕山の方がふさわしく見えた。


 麁原はどちらかというと丘である。


「他の山ですとちょっと広さが足りないので、ここがちょうどいいのですよ」

「はぁ」


 王某はむしろ丘に兵たちがすし詰め状態になっていると思った。


「ところで作業はどのくらい進みましたか?」

「夜間ということもあり時間がかかっています。それでも桟橋があるおかげで大分捗っております」

「そうですか。そろそろ日の出なので煙幕を張り、発見を遅らせましょう」

「はっ、煙幕をだせ! 火だ、火だ!」百人隊長の下知で麁原の周辺から一斉に火と煙が立つ。


 のちに〈島国〉で「てつはう」と呼ばれる品物に火をつけたのだ。

 これはすべて同じ用途で使うように見えて、実際は環境や敵に合わせて中身を常に変えている。

 容器の中に入れる火薬の比率を変えることで煙幕や火柱、場合によっては爆音から毒ガスまで発生させる。


 クドゥンは事前に収集した情報から敵は騎兵が主体だと知っていた。

 そこで二つの火薬を用意した。

 一つは硝煙が大量に出る煙幕型の火薬。

 もう一つは対騎兵用の花火が大量に吹き上がる火薬。


「将軍、これだけ煙を出せば敵が大挙して押し寄せてくると思うのですが?」

「ええ、できるだけ根絶やしにしたいので、全員集まってもらわないと困ります」

「そ、そうですか」


 にこやかに、根絶やしにする、と公言する大将軍に周囲の将校たちは冷や汗をかいた。







 空が徐々に明るくなる頃、偵察部隊百名が出陣した。


 王某おう ぼうはその中にいる赤い衣の将軍を見ていた。


 将軍の名はアラテムルという。

 本来は周辺諸国から人質として送られた皇子である。

 だが同時に皇帝の血縁者でもある――〈帝国〉貴族だ。


「王隊長、なぜ貴族に危険な偵察をさせるのですか?」と百人隊長が聞いてきた。

「あの方は特別だ。まさに〈帝国〉軍人そのものだからな」

「はぁ、すごい強いということですか?」

「……ある意味、王族の血を色濃く受け継いでいると言っていいだろう」

「?」


 王某おう ぼうはそれ以上答えなかった。



 草原の〈帝国〉、その貴族とは初代皇帝に創設期から従った遊牧民たちあるいは皇帝の血族のことである。



 昔、そんな〈帝国〉の将軍たちが集まる席で、ある男が問いかけた。

 「草原の男の喜びとは何ですか?」

 それに対して諸将は答える。

 「立派な馬に乗り、厳しい冬を乗り越えた後の春先に狩りを興じることだ」

 皆がそれに賛同する。


『それは違う』

 異を唱えたのは初代皇帝だった。


 彼は言う。

「男の喜びとは敵を征服し、敵対者どもを自分の前に引きずり出し、奴らの馬に跨り財産を奪い、愛する者たちの涙で大地を濡らし、そして敵の妻と娘を奪うことだ」

 それを聞いた誰もが口を閉ざし、まさに草原を統べる王だと平伏した。




 草原には何もない。

 大地は痩せており、一つ所にとどまるとすぐに砂漠化する。

 ゆえに草原の資産と資源は人と家畜だけになる。


 だからこそ草原の〈帝国〉では人材を重視していた。

 彼らの基準は「人」であり、「土地」が基準である〈島国〉とは真逆の発想になる。


 彼らにとって価値のある「人」とは従順な人になる。


 ――反抗したり対抗する「人」に価値はない。



 王某はアラテムルと虎狩りに出たことがある。

 治安維持と親睦を深めるためだ。

 その時に彼に対していくつか質問をした。


「なぜ赤い服を来るのですか?」

「ははは、そんなの引きずり出した敵の返り血を浴びたときに目立たないからに決まっているだろう。返り血が付いてるとそいつの妻と娘が泣くだけでつまらん」

 そう言いながら縛った罪人に襲い掛かっる虎を仕留めた。



 王某は知っている。

 あのアラテムルは人質の皇子などではない。

 まさに人の価値を秤にかけ、敵対者には容赦しない〈帝国〉そのものかのような男だ。







 それからほどなくして偵察部隊が帰ってきた。


「やや、二十人はやられたみたいですよ!」

「ああ、たぶん罪人十人隊二つを囮にしたんだろう」

「ひぃっ……」


 その時、百人隊長も察した。

 〈帝国〉貴族たちの常套手段である偽装撤退をしているのだ。


 二十人ほどの侵略者を容易に倒せたら、さらに追い打ちをかけるのが人の性というものだ。

 大抵の国の軍隊はこれで騙される。

 そして待ち伏せた罠にかかり、一方的に狩られるのだ。


「ん? たったの五騎か?」


 偽装撤退するアラテムルを追ってきたのはたったの五騎だった。

 騎兵が追い討ちをかけるのはよくあることだが、五騎では意味がない。

 王某は何かおかしいと違和感を覚える。


「クドゥン将軍、下まで見てきてよろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ」


 麁原を下山するとちょうど白馬に跨る赤い将軍アラテムルが戻ってきた。


「王某か、事前の話と違――いや、最初の話の通りではないか!」

「どういうことです?」

「敵の主力は弓騎兵だ!」

「それは事前につかんだ情報の通りかと」

「ああ、だがな奴ら本当に歩兵がいない! 騎兵と弓兵だけだ!」

「なんだと!?」


「二百騎が初戦で突撃してくるせいで、二十人も無駄に消耗した。わかったらさっさと大将軍に報告に行け!」

「……わかりました。アラテムル将軍は?」

「浜で待機させている兵たちを連れてくる、行け! 行くのだ!」


 王某おう ぼうとアラテムルは同じ千人隊長であるが、貴族と庶民では格が違う。

 格上のアラテムルの命は絶対である。

 王某は素直に従いクドゥンへ報告に戻った。





 アラテムルは上陸したばかりの自分の部下たちの所へ向かう。

 その心中は違和感と矛盾で満ちていた。

 早朝、赤坂山から見えた敵は出島のような所に集結していた。

 遠目からもその兵士たちは全員弓兵だった。


 その後赤坂へと突撃をしてきた騎兵も全員弓兵だった。

 まるで防御を捨てたかのような戦いは戦の素人そのものだった。

 なのに突撃した将は歴戦の猛者のような凄みがあった。

 熟練の騎兵が素人のような戦いをする、そこに違和感があった。


「来る途中の敵は少数だから弓兵が多かったのだと思ったが、違うのか……」


 上陸した千人隊の所に着いた。


「アラテムル将軍!? 全員並べ! 急げ! 急げ!」

「準備はできているか!」

「五百人はすぐに動けます」

「遅いぞ!」

「ひぃぃ」

「まあいい、動ける者は余と共に前線に向かう。馬除けの柵と矢を大量に運び出せ!」

「お、お待ちください。我ら槍兵が矢を運ぶのですか?」

「おい、口答えするつもりか」


 アラテムルが百人隊を睨みつけた。


「ひぃぃ、滅相もございません。すぐに大量の矢をもって前線に参ります!!」

「よし、行くぞ。進め! 愚図どもがさっさと進め!!」

「ハッ! ゼェゼェ……すすめぇ!」


 百道原に集結していた部隊が動き出す。

 しかし鈍重な歩兵たちは動きが遅かった。


 麁原ではすでに花火による威嚇が始まっている。


「追ってきた奴らはそのまま突撃したのか? わからん奴らは兵法すら知らぬのか?」




 ――フォン。


 その時、鏑矢が空を切った。


「今のは鏑矢ですか!?」

「チッ、さっさと動け!」


 鏑矢の音に草原の出身者たちが反応した。


「奴ら我ら〈帝国〉を狩りの獲物か何かだと思っているようだな」

「将軍、東から敵が大勢来ています!」


 鳥飼潟の向こうから敵軍が大勢渡ってきている。


「ふん、気にせず前進せよ。わかっているだろうが銅鑼の音が変わるまでは違う動きをするなよ」

「ははっ!」

「なに心配するな。あの天下の大将軍は無能ではない。指示に従っていればいい」



 アラテムルが言った通り銅鑼の音が変わった。

 その合図に合わせて兵を展開する。


 徐々に〈島国〉の兵たちが見えてきた。


「――!!? クソッ! そういうことか!! 頭がおかしいだろ蛮族め!!!」


 アラテムルが声を荒げた。







 それは歩兵という存在を垣楯に肩代わりさせた重防御主義の権化。

 それは右手で人より大きい巨大な楯を持ち、左手に弓を持つ弓兵にあるまじき前衛突撃楯弓兵。

 楯の重量、弓兵の体力、行軍速度、あらゆる問題を全て頑強な肉体で解決した筋肉集団。



 〈帝国〉が挑んだ敵は――中世の世に現れた特異な戦闘集団、鎌倉武士である。



 最初にあえて帝国サイドをやらずに書くことで違和感のなかった鎌倉武士たち。

 ここにきていろいろ頭おかしい集団と化します。


挿絵(By みてみん)

 垣楯周りの元ネタは実は十二類絵巻だったりします。

 URL:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2590869

 軽快に楯をもって敵陣に突撃する弓兵の動物たち。

 ゲーム風にわかりやすく言うと前衛タンク弓兵と言ったところでしょうか。


 鎌倉武士だからしょうがない。

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