海東郷の五郎
肥後の国、海東郷。
「ここが海東郷か」
竹崎五郎は九州に戻ってきた。
彼はそもそも恩賞ではなく武功を認めてもらうために鎌倉へと向かった。
それがなぜか恩賞として領地を得てしまった。
だから彼はあの鎌倉での出来事を思い返す。
――――――――――
――安達泰盛と謁見してから数日後。
竹崎五郎は安達邸で玉村「馬太郎」泰清と面会した。
「本日は御招きいただきありがとうございます」
「よくぞ参られた。ささこちらに腰をかけなさい」
そう言って奥の間へと招かれた。
前回と違い二人だけである。
玉村は上座に五郎は下座に座る。少し距離がある。
玉村は無言でじっと五郎を見つめていた。
その何か試されているような感覚に居心地が悪くなる。
「玉村様、本日はどのような理由から呼ばれたのか教えていただけますでしょうか」
「うん? おお、そうだったな。うむうむ、そうだったな」
玉村は品定めをするような目つきから一転、背筋を伸ばして五郎の目を見据えながら述べる。
「竹崎郷の五郎、季長殿。貴殿に対して将軍様より戦の恩賞として領地の拝領を下されるべきと、仰せになられました」
この時、五郎はそこまで驚かなかった。
事前に他の御家人たちに聞かされていたからだ。
もっとも五郎に話が伝わった段階ではすでに外堀は埋まっていた。
「ありがたき幸せにございます。この御恩は子々孫々忘れぬよう誓い、有事に際しては必ずや駆けつけましょう」そう言い、深々と礼をする。
「うむ、本来は直接手渡すことはないのだが、沙汰である。ここに参られよ」
それは聞かされていない事だった。
目が点となる五郎。
「早うまいられよ。もちょっと近くに参られよ」と手招きをする。
「は、ははっ」と言いスルスルと畳の上を歩き、玉村へと近づいた。
「うむ、ではこの書下文を受け取りなさい」
「わかりました」
五郎はおずおずと直接御下文を受け取った。
「ありがたき幸せにございます」
そう言って深々と頭を下げ続ける。
そこへ「さて、このまま帰国されるか?」と玉村泰清が聞いてきた。
五郎は下を向きながら少し考える。
このまま帰国すると言えば恩賞をもらうために上訴したと思われるだろう。
だが、そうではない。そのために来たのではないと言うべきだ。
「申し上げます。先懸を将軍様に聞き入れてもらい、恩賞を得られることができましたのなら、昼夜問わず急いで帰国し次の戦に備えましょう」
そしてガバッと顔を上げて玉村と目を合わせる。
「しかしそうでなければ恩賞よりも先懸の事を少弐様にお尋ねして頂きますよう申し上げます。そして正しければ武功について将軍様に伝えていただきますように重ねて申し上げます」
それこそが首尾一貫した五郎の主張だ。
五郎はこのとき将軍に伝わっていないのなら恩賞を返還するつもりだった。
品定めをするような玉村の目つきがふっと変わる。
「はははは、本当に『奇異の剛の者』ですな」
先ほどまでの神妙とした雰囲気から一転、気さくな感じになる。
「ご安心してくだされ。すでに将軍様には季長殿の先懸の功をお伝えしました」
それは数日前、恩賞問題について一応のめどがついたことを将軍に奏上したときに、竹崎五郎の活躍についても話したのだった。
「その時に御下文を直接渡すようにわたくしが仰せつかったのです。いま百二十名ほどの恩賞状が大宰府から出されます。しかし先ほども言ったように直接渡すのは貴方だけです」
五郎はそれを聞き、また深々と頭を下げた。
一介の御家人に対して格別の待遇に感謝した。
「それでしたら、それでしたら――すぐにでも帰国して重ねて忠義を尽くしましょう」
五郎は感極まりながらつたつたとそう述べた。
「それから五郎殿ならすぐにでも国に戻りたいでしょうから御屋形様が馬と具足を与えたいと言って下さった。どうでしょう」
「……!?」
五郎はあまりにも厚く遇してもらえたことに感極まって、ついに何も返答せずに畏まったままになる。
泰清は少し驚いたが、忠義に厚い男とわかっていたので何も言わずに見守った。
――ただ時だけが過ぎていった。
その日のうちに安達邸で馬の引き渡しの時に安達泰盛がやってきた。
「――っは!? これは安達様、この度は格別の配慮をしていただき誠にありがとうございます」
「よい、それよりワシの弟を紹介しよう。名は長景という」
「安達『弥九郎』長景といいます。五郎殿の武勇は兄から聞いています。もしよろしければ合戦について教えてください」
そう言って縁側に座る弥九郎。
五郎は「もちろんです」といい文永の役の見聞きしたこと手短であるが話す。
長景は熱心に語る五郎の話を聞き、所々で質問をして〈帝国〉の知略の恐ろしさを痛感する。
「――私が知り得たことは以上になります」
「なるほど、よくわかりました。兄が改革に乗り出したのも頷けます」
「弥九郎。もう日も落ちたことだし今日はこのへんでしまいとしよう。五郎も国に帰り変わらぬ忠義を示してくれ」
「ええ、そうですね。五郎殿、今後とも将軍様に変わらぬ忠を尽くしてください」
「はい、この御恩は一生忘れません。この後も将軍様に大事があった時は、一番に先懸をします」
「うむ、ではその日まで領地の発展に尽くすように」
「はっ!」
――それは十一月一日 末の時である。
――――――――――
――――――
――
五郎はそのときのことが忘れられず、こうしてたまに思い出していた。
『いいあれが戦になったら一族をほっぽり出して勝手に出ていく男よ』
『うん……』
『挙句、帰って来るなりこんなカワイイ女の子を捕まえてくる男よ』
『ふえぇ』
五郎の後ろで二人の女性が話し込んでいる。
『それだけならいざ知らず、いきなり鎌倉へ行くからと言って実姉に面倒を任せて家を飛び出すような男よ』
『責任放棄よくない……』
「姉上、全部聞こえてます。確かにシノには悪いと思ったが、これも武士の誉の問題でして――」
さすがの五郎でも無視を続けることはできなかった。
『いいシノちゃん。ああいう無責任な男にだけは惚れちゃダメよ』
『うん、わかっ……ええ!!?』
『ほうほう、なるほどなるほど』
『ああっっ!?』 シノの顔が見る見る赤くなる。
『そっかそっか。うふふふふ、シノちゃん可愛いな~』
「姉上、シノで遊ばないで下され。それからシノは娘のようなもの、あまり変な事を吹き込まないで頂きたい」
『む……』今度はシノが眉間にしわを寄せた。
「そんな畏まったって無駄よ。男として責任を取りなさい」
「武士は責任を取るべき」とシノも力強くいう。
「ううむ、どうすれば……いやしかし……」
五郎は頭を抱えて悩んでしまった。
「五郎の旦那もついに年貢の納め時ですかぁ」と籐源太がいう。
「まあ自業自得だな」義兄である三井三郎が答えた。
竹崎五郎が地頭となって戻ってきたときに、菊池一門の中で彼を慕って竹崎郷を離れた人々がいた。
その中に三井三郎や籐源太資光などもいた。
「そこのお二方、……た、助けて」と助けてもらいたそうに二人を見る。
「あ~そう言えば急に越してきたからまだ家がありませぬ。ちょっと家づくりを手伝ってきます。では――」籐源太は逃げ出した。
「さて、次はいつ〈帝国〉が来るとも限らないし鍛錬鍛錬、では――」三郎は逃げ出した。
「くぅ、薄情者め……」
「まったく、これから長門国に帰らないといけないのに、それに〈帝国〉が来ると決まったわけじゃないのに――何が鍛錬よ」
「いや姉上、〈帝国〉は来ます。あれは――彼らは絶対に来ます」
五郎は確信していた。
〈帝国〉の戦場での手際の良さは舌を巻くほどであった。
それほどの戦上手がたった一日の戦いで引き下がるとは到底思えなかった。
それを聞いたシノは胸がぎゅっとなる思いがした。
あの〈帝国〉がまた来る。
そのときはこの人はまた戦場を駆けまわるのだろう。
それが怖くて仕方がなかった。
「ん? そんな心配した顔になるな。何度来ても返り討ちにして必ず帰ってくる」
「うん、約束だよ」
「ああ、約束だ」
竹崎五郎の予感は的中する。
これより六年後の1281年(弘安四年)に〈帝国〉と再び合戦となる。
――この時はまだ知らない。




