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文永の役 及暮乃解

 

「ははっ」景資は笑っていた。


 敵将を射ったその手は震えていた。恐怖によるものではない。

 これは武者震いだ。


「無事だったか!」


 大友頼泰が駆けつけてきた。だがその心配は杞憂だとすぐに分かった。


「ほぅ、いい面構えになったな」

「そうですか?」

「ああ、敵将を討ち取ることに全力をあげた、まさに武士の面構えよ」


 大友にとって死の恐怖に打ち勝った御家人だけが武士であった。

 景資の父と兄は信用できないが、いまの景資ならば背中を任せられると見直した。


「お二方、今はここより南に避難するのが先決かと」


 野田がそう指摘した。


「それもそうだな。敵の増援も抑えねばならんし、ここかが踏ん張りどころだ。ゆくぞ!」

「おお!」





 麁原の南側への退却は問題なくできた。


 少弐景資たち騎兵が追い討ちをけん制する形となった。


「ワシら豊後の騎兵が愛宕山に陣取る敵を攻めよう。麁原は任せたぞ」

「任せてください。並みいる敵すべて打ち倒してみせましょう」


 その武人として成長しつつある景資を見て大友頼泰は嬉しくなる。

 そうだ。それだ。政治ではなく武芸をもって訴えねば、背中は任せられん。


「聞いたか皆の者! 背後は少弐に任せ我らは日田の弔い合戦じゃ!」

「おお!! 行くぞ日田ドンの敵討ちだ!!」都甲が叫ぶ。

「えい! えい! おう!」


『あのお二方、拙者まだ存命にございまする』

 日田ドン、薬師の治療を受けながら懸命に訴える。


「行くぞ!!」

「進めぇ!!」


『いや、まだ死んでな……待て、待つのじゃ……痛たたた』

「日田殿、傷口が開きますので動かないで下さい」

『……はい』


 日田永基、この戦での活躍により一躍有名になるが、そのあまりにも壮絶な姿を多数の人に目撃された影響で討死伝説が一人歩きすることとなる。

 さらに大友と都甲の二人からはのち十年ほどおちょくられる事になるがそれはまた別の話である。
















 激しい矢の応酬と怒涛の包囲戦から一転、午後の戦いは完全に膠着した。


 麁原山と愛宕山に堅い守りを築く〈帝国〉軍。

 対して罠を警戒して消極的な矢戦に終始する武士。


「まるで敵の術中にはまったような感覚です」


  少弐がそう言うと野田は頭を抱えた。


「むむむ、撤退そのものが偽装で本命は包囲による皆殺し、そのような相手だと手足がでなくなる」

「ええ、それも狙いなのでしょう。彼らにとって成功すればよし、失敗しても我らの勢いを止められればそれもよし」

「どちらにせよ長期戦を想定している敵の土俵で戦うことになるのですな」

「そうですね」


 予想以上の長期戦になる。

 それは尽きることを知らない矢の量からも察せた。


「これは――我々は次の戦い方を考えなければなりませぬな」と野田が言う。

「それは矢戦のまま夜の夜戦を仕掛けるか」

「――それとも博多に戻り川を挟んでのにらみ合いに移るかですな」


 少弐景資はしばし考える。


「…………仕方がありません。夕方まで相手の出方を窺って、何も動きがないようでしたら一度博多に戻りましょう」

「そうですな。経資様のこともありますし、それがよろしいでしょうな」



 その後もやはり動きはなく、すぐに夕方となった。



 少弐たちは陣地を解いた。そして博多へと撤退を開始する。

 それは当初の予定である博多防衛戦に移ることを意味した。


 その意向は西側でにらみを効かせていた大友にも伝わる。

 郎党たちの誰もが激怒すると思われたが、ただ短く、


「仕方がないな」と言うだけだった。


 大友もまたこの戦いで攻め入るだけではどうにもならない相手がいることを痛感した。



 あと少しで麁原を包囲できた――しかし撤退すら利用する敵の計略を目の当たりにして、彼らの意識がより一層慎重なものへと変化していた。





 騎兵五百余騎が殿を務めながら博多へと長い行列を作りながら戻っていく。


「手ごわいですね」

「ええ、そうですな」

「明日になれば兄に大将の座を返上することになるでしょう。はたして父と兄の策略は功を奏するのでしょうか」

「それは…………」


 野田は無理だろうと感じた。戦いだけは何とか五分以上に渡り合えたが、


 一夜城を築けるほどの土木技術力、

 矢雨を降らせるほどの生産力、

 火柱を出現させる技術力、

 偽装撤退を駆使する戦術、

 これらすべてを為せるほどの人員動員力、


 そもそもの軍質と軍量の部分で大きく後れを取っている。



 ――果たしてあのお二方が皆を率いることができるのか。


 野田は明日以降の戦いに不安を覚えるのだった。











 博多より南、大宰府。


「一体どういうことだ!」少弐景資の兄、少弐経資が大声で怒鳴る。

「はっ、申し上げます。麁原に一夜城出現につき、景資様が博多より出陣、城攻めをするも失敗に終わり、現在博多に戻り再度守りを固めております」

「報告を求めているのではない!」


 そう言いながら手に持っていた杯を叩きつける。辺り一面に酒の臭いが充満した。


「はぁはぁ……この私の策では博多の守りに就いたアイツをここから出陣して救出する手筈だった」

「そう言われましても……」


「黙れ! 博多湾に出現したと分かれば海岸線の警固と称して兵をよこさなかった連中に島津や伊予などの水軍衆が合わさった一大兵力が大宰府に集まり、この私が! それを率いて博多を蹂躙する賊徒をどもを根絶やしにする算段」


 一旦大きく息を吸って――。


「――目付け役としてよこした野田は何をやっておるのだ!!」

「そ、それが菊池と大友が武功をあげるために言質を違えて出陣、あの時に出なければ――」

「黙れと言っている!!」

「――っ!」


 詳細を報告しようとした伝令が沈黙した。


「これはいかんなぁ、これはいかんぞぉ」二人の父親である少弐資能が口を開いた。

「……う、父上」

「これでは武功者は景資の奴になってしまう。これはいかんなぁ……」


 その表情は曇り、そして目は冷たかった。


「父上、問題ありません。明日から私が陣頭指揮をとって敵に攻め入り、予定通りすべて倒しましょう」

「うむうむ、このままでは少弐の家督争いになる。それではいかんのじゃ、いかんのじゃよ…………わかっておるな」

「分かっております………………すべては少弐安泰のために」


 少弐親子にとって対馬、壱岐島、そして博多が陥落することは既定路線だった。

 だからこそ参集したが扱いの難しい各菊池一門や、潜在的に敵対的な大友を前面に出して、子飼いの勢力を大宰府に集結させていた。


「まあいい……明日勝てばいいだけの話よ」経資がひとりごちる。


 〈帝国〉と戦った事がない二人はその兵力も軍事力もよく知らない。

 ただ貿易から得られる情報として戦で異様に強いということだけはわかっていた。

 だからこそ初戦は弟に任せたのだった。



 弟景資は麁原で負けて博多に退いた。それならまだ打つ手はいくらでもある。

 少弐経資(つねすけ)は軍略――というより今日の倍の兵力で攻めれば勝てると踏んでいた。




『カーン! カーン! カーン!』


 突如鐘の音が鳴り響いた。


「………………っ!?」


 大宰府がにわかに慌ただしくなる。その騒乱は次第に大きくなってきた。


「なんだ騒々しいぞ」

「火急の知らせにございます!」

「いったい何事だ!」


「筥崎宮が……筥崎宮が炎上しております!」

「なんだとっ!?」



 経資は外に出た。

 そして博多の東、筥崎宮の方角を見る。


「なんという……」


 北東の雲が赤々と不気味な光を放っていた。


 筥崎宮が燃え上がる――それは博多の兵糧が焼失したことを意味していた。


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