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P.S. I love you

作者: laurel

それはとても不思議な石だった。


僕がまだ幼かったころ、旅好きな叔父がイソラ山脈に登頂した時のお土産としてくれたものだった。


普段は半透明のくすんだ色をしているが、時々ぼんやりと桃色や淡い水色の光を帯びたりするのだ。


ダイヤのように美しくカッティングされたその石は、地元の人々の間で「神々の住む谷」と呼ばれている場所で購入したらしい。


海外への渡航に慣れた叔父は値切りに値切ってその石を買ってきたと、僕の頭を撫でながら自慢げに話してくれたのを覚えている。


子供のいない叔父は僕をわが子のように可愛がってくれた。僕もそんな叔父が大好きだった。


「いいか、悟」


石をくれた日、叔父は僕にこう告げた。


「お前も世界を歩いて大切なものを探せ」


小さな僕は綺麗な石に夢中で、叔父の話を傍らで聞いていた。


「おじちゃんは見つけたの?」


すると叔父はにっこりと得意げな笑みを見せた。


「ああ、見つけたさ」


「なに?なに?」


興奮する僕を押さえつけるように、叔父は僕の頭に手を乗せた。


「おじちゃんの大切なものはお前だ」


そう言って、叔父はガシガシを頭を撫でてくれた。


その時、手の中の石が七色の淡い色彩を放っていた。




その翌年の夏、叔父は急性肺炎で他界した。訃報を聞いた僕は干からびるほど泣いた。


部屋の本棚に飾られた石は、僕の感情に呼応するかのように煌々と真っ赤な光を発していた。




それから5年が経ち、就職を機に一人暮らしを始めた僕は忙しない毎日を過ごしていた。


叔父や石のことも忘れ、ひたすら仕事に打ち込んでいた。


そんな乾いた日々にうるおいをくれるのは、最近ともに暮らすようになった葉月の存在だった。


カビ臭い洗濯物とコンビニ袋が散乱する部屋はすっきりと片付き、ほのかにラベンダーの香りまで漂うようになった。


ヤカンしかなかったガスコンロの上にはフライパンと鍋が増え、帰宅の遅い僕を香ばしい匂いで迎えてくれた。


ある日、家に帰ると、葉月が何かを大事そうに手に中に納めていた。


それは、幼い頃に叔父がくれた石だった。


押入れの中を整理している最中に出てきたらしい。


「ダイヤモンドか何かの原石?」


石を蛍光灯にかざしながら葉月が尋ねた。


「そんな大そうなものじゃないよ」


石の存在をすっかり忘れていた僕は、乱反射する石の光を葉月と一緒にしばらく眺めていた。


すると、石はほんのりピンク色に輝き始めた。


「……綺麗」


葉月は石にすっかり魅せられたようにうっとりしている。


「不思議な石だろ?色が変わるんだ」


「これ、どこかに飾りたい」


ちょうどベッドの隣の戸棚に小さなスペースがあったので、そこに石を飾ることにした。


それからも石はさまざまな色彩を放ち、僕らを(とりわけ葉月を)楽しませた。




そんな日々は突然終わりを迎えた。


原因は多忙な仕事による些細なすれ違いだった。


僕らは互いを遠ざけ合い、やがて口数も減っていった。それに感応するかのように、戸棚に飾られた石は以前のような光を発しなくなった。


考えすぎかもしれないが、僕にはそれが悲しくて仕方がなかった。気持もますます悪いほうへと堕ちていった。


そして、耐えかねた葉月はとうとう家を出た。


部屋は急速に荒れ果て、雑草の生い茂る鬱蒼とした庭のように彩りをなくしていった。


戸棚に飾られた石も、もう以前のような淡い色を部屋に与えてはくれなかった。


仕事から帰った僕は、枯れ朽ちた部屋でへたり込み、空腹と疲労によって生気をなくしていた。


ふと僕は石の飾られた戸棚に視線を向けた。


すると、石が墨色に変色していた。


こんなことは初めてだった。僕は急に悲しくなり、石をつかみ取り、近くにあった洗濯物で強く磨いた。


しかし、どんなに力を込めて磨いても、石は漆黒の闇に呑まれたように元通りにはならなかった。


その時、幼いころに叔父がくれた言葉を思い出した。


「大切な……もの」


あのころ、僕は叔父の答えに疑問を持っていた。世界中を旅しきた叔父なら、もっと広大で崇高な何かをたくさん感じ取ってきたに違いない。


「僕の……大切なもの」


それなのに、なぜ叔父はあんなことを言ったのだろう。


「僕の大切なものは……」


手の中の石が一瞬だけ赤く光った。


僕はそれを握りしめ、家を飛び出した。


外は雨が降っていたが、何も考えずにひたすら駆けた。


考えていることといえば、葉月のことだった。


手の中で点滅して光る石は、進むごとにその速度をあげた。


僕は石の点滅する方角へやみくもに走った。


車通りの激しい大通りに差し掛かったところで、石は真っ赤に輝き続けた。


近くの陸橋の上に、僕と同じく傘もささずにいる人が見えた。


僕は急いで階段を駆け上った。


「……葉月」


彼女がなぜ夜中に出歩いていたのか。傘もささずに陸橋の上にいたのか。そんなことはどうでもよかった。


僕に気付いた彼女は、何も言わずに泣き出した。


彼女を抱きしめたあと、僕は手の中の石が七色に輝いていることに気づいた。


「葉月、家に帰ろう」




終わり

はじめまして、laurelと申します。


拙い文章ですが、目を通してくださり、ありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
[一言] 短編でここまで感動させるなんて凄いです 感激しました
2012/10/27 15:00 退会済み
管理
[一言] 文章は下手ですが、うるっときました。おじいちゃんの宝物から、大事なものを連想したという話ですよね。よかったです。
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