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異世界恋愛短編

平凡子爵令嬢ノイロ・ウェイナーの婚約者は、王子であり露出狂体質である

作者: 白澤 睡蓮

容赦なく王子の服が弾け飛ぶので、心してお読みください。

 ノイロ・ウェイナーは、どこにでもいるような子爵令嬢である。歳は十六、顔は普通、成績は普通、運動神経は普通、魔力量は普通より多め、使える魔法は発光魔法と収納魔法、と至って普通の子爵令嬢だ。


 ただ一つだけノイロには、普通でないことがある。婚約者が第二王子であるということだ。


 第二王子ラゼレム・イクセローナは、概ねだいたいほぼ完全無欠の王子様である。歳は十七歳で、ノイロより数か月誕生日が早い。外見、成績、運動神経、魔力、そのどれをとっても、彼の右に出る者はいない。ラゼレムは兄弟の中でも、ずば抜けた優秀さを誇っている。


 ラゼレムの母は公爵家出身の正妃であり、第一王子は伯爵家出身の側室の子、第一王子よりも第二王子の方がはるかに優秀とくれば、ラゼレムが王太子になりそうなものである。しかしラゼレムは王太子ではない。


 たった一つだけラゼレムには、どうにもできない重大な問題がある。


 ノイロとラゼレム、子爵令嬢と第二王子。本来なら身分の違いで結ばれることがない二人だが、周囲にも認められて現在確かに婚約している。


 王立学園の五年生のとある教室で、亜麻色の髪を腰まで伸ばした女子学生が、隣の席の男子学生に話しかけた。


「殿下、今日のお昼ご飯は如何されますか?」

「今日は中庭で食べよう」


 にこやかに返事をした金髪碧眼の男子学生は、誰もが見惚れてしまう程の整った顔立ちをしていた。婚約者同士であるこの二人、ノイロとラゼレムは同じクラスに属している。特別な計らいによって、席まで隣同士だ。


 立ち上がったラゼレムは、ノイロをスマートにエスコートした。連れ立って廊下を歩く二人に、自然と周囲の視線が集まる。ノイロとラゼレムは、学園内で一番有名な婚約者同士だった。


 校舎の外に出て中庭まで続く石畳を歩く中、ノイロが小さな段差につまずいた。転びそうになったノイロを、ラゼレムは優しく抱きとめた。


「すみません。ありがとうございます」

「怪我はなかったかい?」

「はい。殿下のおかげです」


 ふわりと笑うノイロ。次の瞬間、眩しい光が辺りに炸裂した。その場に居合わせた人々はいつものかと思いながら、各々目を閉じたり、顔を手で覆ったり、持っていた物で光を防いだりした。十数秒後に光が治まると、ノイロとラゼレムは何事も無かったかのように、いつもの木陰へと向かって歩き出した。


 中庭のいつもの場所に着くと、ノイロは収納魔法で亜空間から敷物やカトラリー等、昼食に必要なものを取り出していった。ノイロが取り出したものを、ラゼレムが手際よく並べていく。昼食の準備がほとんど終わり、最後にノイロが亜空間から取り出したのは、白い土鍋だった。


 鍋敷きの上に置いた土鍋の蓋をノイロが開けると、大量の湯気とともに、ぐつぐつと煮立った茶色い物が現れた。ノイロが謎の料理を持ってくるのはいつものことなので、ラゼレムは慣れたものだ。


「今日のこれは一体何なんだい?」 

「父が仕事でアカミソというものを手に入れました。これはそれを使った、ミソニコミウドンなるものだそうです」


 このミソニコミウドンは、王宮から派遣された料理人の監視の下で、ノイロが作ったものだ。ノイロは異国の料理しか作らないので、ぜひ見に行きたいといつも希望者が殺到している。毒見と称した味見は、料理人たちの一番の楽しみだ。


 ノイロが昼食を作ってくるのは、ラゼレムの要望を叶えるためだった。どこぞの婚約者カップルが同じことをしていて、それに憧れたらしい。


 さっそくノイロに鍋から器によそってもらい、ラゼレムは熱々のミソニコミウドンを口に運んだ。たとえ謎の料理だったとしても、ノイロが作る料理の味は毎回確かだ。ラゼレムは笑顔で、ノイロに感想を伝えた。


「これは、食べたことが無い味だ。とてもおいしいよ」

「お褒め頂き、ありがとうございます」


 熱々のミソニコミウドンを食べるノイロとラゼレムは、あの二人何食べてるの、と周囲の視線を集めていた。周囲の視線を気にせず、歓談しながら食事する二人は、誰から見ても仲睦まじき恋人同士にしか見えなかった。


「あ、殿下、口元に付いておられます」


 手を伸ばしたノイロが、ラゼレムの口元をナプキンでそっと拭った。


 次の瞬間、再び眩しい光が辺りに炸裂した。周囲にいた人々はまたかと思いながら、光による目潰しから各々身を守った。十数秒後に光は治まる。


「おかわりはいかがですか?」

「ああ、お願いするよ」


 差し出されたラゼレムの器に、ノイロは土鍋の中身をよそった。


 二人は平然と何事もなかったかのように振る舞っているが、周囲の人々は知っている。眩い光が発せられた瞬間に、ラゼレムの服が跡形も無く弾け飛んでいることを。ノイロから受け取った服に、ラゼレムが早着替えしていることを。光を目隠しとしている中で、二人の熟練の素晴らしい連携技が繰り広げられていることを。


 着ている服が弾け飛び霧散すること、これがラゼレムの唯一にして最大の欠点だった。王族内でも屈指の魔力量を有するがゆえに、ラゼレムはよく感情の揺らぎによる魔力暴走を起こす。魔力暴走の結果、ところ構わず彼の服は弾け飛んでいく。


 すなわち公然猥褻罪の危険と隣り合わせの生活を、ラゼレムは常に送っている。王子であろうと、犯罪は犯罪だ。この王国では犯罪者に慈悲などないのである。


 こんなとんでも王子なラゼレムが今、平然と表に出られる王子でいられるのは、婚約者のノイロがいるおかげだ。ラゼレムの服が弾け飛ぶ度に、ノイロは発光魔法で周囲に目潰しを食らわせ、収納魔法で亜空間から着替えを取り出して、ラゼレムに渡している。


 ノイロがいなければ、ラゼレムは表に出せない王子のままだった。下手すれば死ぬまで、王宮内から一歩も出られない人生だったかもしれない。


 いくら優秀でも、犯罪の危険と隣り合わせの人物を王太子にするわけにはいかず、現在は第一王子が不本意ながら、渋々王太子の職務を行っている。第三王子以降は、第一王子をひたすらに応援している。


 王子たちの兄弟仲は、非常に良好だ。ラゼレムの弾け飛ぶ服の前には、派閥争いどころではない。また正妃と側室は、元々親友同士でもあった。そういうこともあって、王宮内は派閥争いとは無縁に平和だ。丸出しのやつが時々出現するけれども、王宮内は至って平和だ。


 昼食を食べ終わったノイロとラゼレムは、すぐに後片付けを始めた。二人とも午後の授業が始まる前に、しなければならないことがある。


「僕はこれから生徒会室に行かないといけないんだ」

「私は日直の仕事で、プリントを職員室まで取りに行く必要があります」


 生徒会室と職員室は正反対の場所にあり、しかも結構遠い。時間的な余裕がない中、どうしたものかと二人で考えていると、クラスメイトの女子学生が偶然近くを通りかかった。


「あら、お二人ともどうかなされました?」


 二人の困った空気を敏感に感じ取って、声をかけてきたのは公爵家の令嬢だった。


「ああ、僕はこれから生徒会室に行かねばならないんだが、ノイロは職員室にプリントを取りに行く必要があって、どうしようかと困っていたんだ」

「あらノイロさん、プリントなら私が取ってきて差し上げますわ」

「このような雑用をお願いするわけには」

「いいのよ、いいのよ。困ったときはお互い様ですわ。貴方は殿下についていないといけないでしょう?」

「では、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、良くってよ」

「ありがとうございます」

 

 くるくると縦に巻かれた黒髪を揺らしながら、公爵令嬢は優雅に歩き去って行った。


「僕たちも生徒会室に行こうか」


 ノイロはラゼレムに差し出された手を取った。


 子爵令嬢となると貴族の中では、どちらかといえば位が低い方だ。そんなノイロがラゼレムの婚約者をしていても、やっかみの目で見られたり、いじめられたりはしていない。高位の令嬢たちはむしろ今のように、ノイロに気をかけてくれている。


 ラゼレムが公然猥褻罪になっていないのは、ノイロのおかげだと誰もが知っているからだ。ノイロ以外が婚約者になったとしても、ラゼレムが公然猥褻罪の犯罪者になるだけ。


 女性にキャーキャー言われる王子、黄色い歓声ではなく悲鳴の方。いくら王子であっても、露出狂まがいはちょっと勘弁願いたい。政略結婚だとしても、生理的に無理だ。そういうわけで、ラゼレムにはノイロ以外と結婚しないでほしいというのが、学園内の令嬢たちの総意となっている。


 またなかなか婚約が決まらない令息の一部は、末永く爆発しろこのリア充どもめと、ノイロとラゼレムに対して思っている。いや待て確かに服は爆発しているな、と思うまでが一連の流れだ。


 今日も二人は眩光をまき散らしながら、周囲に温かく見守られて学園生活を送っている。眩光が出ている時は、見守るどころではないけれども。


 この二人、ノイロとラゼレムの出会いは、五年前にさかのぼる。


 ラゼレムは生まれた時から、魔力暴走を起こしやすい体質だった。王宮内では丸出しでも問題ない。いや問題ではあるのだが、家の中なら全裸でも犯罪ではないので、問題ではないということにしておこう。


 さて王立学園への入学を来年に控えた年、ここで問題が浮き彫りになった。来年から学園に通うのに、王子どうすんの問題である。


 いっそ学園には通わずに、一生王宮から出ないようにするという話もあった。しかし国王夫妻は親として、その提案に頷くことができなかった。一生外に出られないのはあまりに酷だ。また服が弾け飛ぶことを除けば、ラゼレムは眠らせておくには惜しい人材だった。


 国王の憂いを取り除くため、速やかに王子対策班が発足された。偉い人々が何度も集まり、互いに知恵を出し合った。


 自分で隠す? それで大丈夫なら、今ここまでの問題になっていない。


 近くにいる人が隠す? 既に王宮内で何度も失敗している。


 常に周囲に人垣を作り、服が弾け飛ぶ前から人目に付かないようにする? 試しに数日過ごしてみると、大罪人の護送中にしか見えない王子が出来上がり、むしろ服が弾け飛ぶことが増えた。概ねだいたいほぼ完璧なラゼレムのメンタルは、この時は案外普通だったようだ。またそんな大人数で行動されれば、授業どころではなくなると、良識的な学園長から待ったがかかり、この案は没になった。


 大の大人が寄って集って、結局何一つ良い案は出てこなかった。


 王子対策班が頭を抱えている間、ノイロはそんなことなど露知らず過ごしていた。将来は発光魔法で灯台の光を出す仕事につくか、収納魔法を活かして商人として働こうかと考えながら、のほほんと生きていた。


 物理的な方法では無理だと見切りをつけた王子対策班は、続いて魔法に頼ることにした。魔力暴走が起きた直後、ラゼレムは魔法が使えない。魔法で対策するにしても、誰かの力を借りるしかないことは変わらなかった。


 使える魔法は完全に人それぞれであるため、ラゼレムと年が近い令息令嬢たちの中から、王宮内の伝手を総動員して適任者を探した。令息なら側近、令嬢なら婚約者として、ラゼレムの近くに置く算段だった。


 炎や水が出せても意味はない。どんなに魔力が強くても意味はない。公爵家、侯爵家、伯爵家、辺境伯家は全滅。仕方なく捜索対象を子爵家まで広げた時に、ようやく適任と思われる人物が見つかった。それがノイロ・ウェイナーだった。


 発光魔法で周囲の目をくらませ、収納魔法で着替えの服を出す。これだ。しかもラゼレムと同い年で、まだ婚約はしていない。ますますこの令嬢だ。


 しかし異議を唱える者が現れた。子爵令嬢という身分では、王子妃に相応しくないと言い出したのだ。王太子妃ならまだしも、王子妃なら最悪子爵令嬢でもいいのではないか。いや駄目だ。


 議論は行き詰まり、侍女として王子の近くにおければ良かったのに、と誰もが思った。過去に王子が侍女と恋仲になり、国の存亡にかかわる大問題に発展したことがあったため、この国では王子に侍女を付けてはいけないと、法律でまで定められている。


 その後も喧々諤々、会議は踊りに踊った。その間約一ヶ月。結局身分ぐらい後からどうにでもできるという国王の鶴の一声で、身分差問題は強制決着と相成った。


 そしてウェイナー子爵家に話を持っていくにあたって、身辺調査が事前に行われた。ノイロ自身は特筆すべきことが無い、極々普通の子爵令嬢だった。調べきれなかった部分もあったものの、ウェイナー子爵家も普通の家だとすぐに判断された。実際はかなり常識はずれの一家だったのだが、今は関係のない話なので置いておこう。


 国王はすぐさまウェイナー子爵に宛てて、手紙を書くことにした。書き上げた手紙を宰相に渡そうとして、国王の動きが急に止まった。国王としての長年の勘が告げていた。ウェイナー子爵家は王家に対する忠義がそんなに無いと。この国が嫌になれば他の国に行けば良く、この国のことは割とどうでもいいのだと。


 書き終わった手紙を間髪入れずに燃やして、国王は手紙を書き直した。学園入学まで残り半年、なりふり構っていられなかった国王は、それはもう下手にでた。子爵家相手に、有り得ないぐらい下手に出た。


 その結果、王家からの申し入れの翌日には、ノイロとラゼレムの顔合わせが執り行われることになった。父と共に王宮に呼び出されたノイロは、普段ののほほんから一転して、ガチガチに緊張していた。


「ノ、ノ、ノイロ・ウェイナーです」

「ラゼレム・イクセローナだ」

「へ!? ひゃあ!?」


 自己紹介に続くノイロの二言目は、完全に悲鳴だった。顔合わせの場での挨拶直後に、さっそくラゼレムの服は弾け飛んだ。人生で初めて兄弟以外の歳が近い人に出会い、ラゼレムのテンションが爆上がりしたためだった。


 残念なことにノイロは、しっかり見てしまった。これから先何度も目にする羽目になるとは、この時ノイロは夢にも思っていなかった。


 基本的に普通ではあるが、ノイロは空気が読める子だった。ラゼレムの体質についてまだ説明を受けていなくても、自分に縁談が来た理由をノイロは察した。弾け飛んだ服に一瞬呆けながらも、発光魔法で周囲を見えなくし、偶然亜空間に仕舞い込んでいたシーツをラゼレムに投げつけた。


 図らずもノイロの適任さは、この一件で証明されてしまったのだ。


 その後ノイロとラゼレムの婚約は一気に話が進み、二人の婚約が王命で定められた。ノイロの意見は全く聞かれなかったが、別に嫌ではなかった。もし嫌ならはっきり嫌だと、ノイロは主張していた。


 服は弾け飛ぶけれど、それ以外は非の打ち所が無い。そんな王子の婚約者に選ばれたことは、普通の令嬢らしく少しは嬉しかった。でもそれ以上に、ラゼレムの力になりたいとノイロは思っていた。もしノイロが協力しなければ、ラゼレムは王宮内に閉じ込められてしまうかもしれない。屋敷の中に閉じ込められるのは、ノイロだって嫌だ。


 平凡とは言い難い家族に囲まれて、ノイロは生まれ育った。家族には非凡に溺愛されて育ったけれども、平凡な彼女は特別なものに憧れを抱いていた。平凡な自分でも、特別な誰かの役に立てるならと思い、ノイロはラゼレムとの婚約に前向きだった。


 なによりこれは期間限定、魔力暴走が起きなくなるまでの婚約だと、この時からノイロは考えていた。ノイロはラゼレムに対して一線を引き、いつか来るその時まで、与えられた役割を全うしようと心に決めた。


 王立学園の入学までは残り数か月。ノイロは時間があれば王宮に呼ばれて、ラゼレムと過ごすようになった。ラゼレムはノイロが王宮に来る時間を、いつも楽しみにしていた。


 この時間の一番の目的は、魔力暴走への対処を万全にすることだった。服が弾け飛んで丸出しになる前に、光を出して周囲の視界を奪う。その間に服を着て、公然猥褻罪にならないようにする。お互い視界が無い中で、着替えのやりとりをしないといけない。


 何度かシミュレーションした後は、生活する中での実践訓練となった。二人で一緒に、食事をとったり、お茶をしたり、授業を受けたり様々なことをした。ラゼレムにとってノイロは、婚約者であり初めての友人でもあった。


 最低限受けることになった王子妃教育に、普通の頭のノイロはなかなか付いていけなかった。分からなかったところは、後からラゼレムに教えてもらった。ラゼレムが何かとフォローしていても、王宮内ではやることが多すぎて、平凡なノイロはよくへとへとになっていた。ノイロは疲れが溜まると、魔力量に関係なく発光魔法の反応が遅れがちだった。


 見かねたラゼレムが協力して、ノイロは新しい魔法を組み上げた。ラゼレムの魔力暴走が起こると同時に、目潰し用の強烈な光を自動的に発し、ラゼレムが服を着終わると魔法の発動が止まる、という対ラゼレム専用の自動発動魔法だ。


 魔法が完成した時のノイロのとびっきりの笑顔を、ラゼレムはずっと忘れられずにいる。


 またノイロとの婚約が結ばれるや否や、ラゼレムの残念な体質は、速やかに大々的に公表された。ラゼレムの服弾け飛ばし体質が、露出狂体質と命名されたのはこの時だ。宰相が公式発表の場で、うっかり言ってしまった言葉がそのまま定着した。不敬に気を使って、言葉を選ぼうとはしていたのだが、選びきれずにこうなった。結局露出狂と言ってしまっているので、あまり意味はない。他の候補には脱衣体質もあったが、どう言い繕っても、ラゼレムが脱いでいることは揺るがない。


 この発表はスキャンダルになる前に、いっそカミングアウトしてしまおうという賢明な判断だった。ノイロが不利益を被らないようにという配慮もあった。おかげでノイロは高位の令嬢たちにやっかまれることなく、非常に良くしてもらっている。


 現在ラゼレムの露出狂体質は、広く国内外に知られており、ノイロと婚約していることもあって、他国から縁談の話をもってこられることはない。いくら王子でも露出狂体質はあかんというのは、各国共通の認識らしい。


 学園に入学して以降、二人には変化があった。案外普通だったメンタル面でも、ラゼレムは強くなった。露出に対して感覚が麻痺していると、言ってはいけない。そうではないはずだ、たぶん。ノイロはラゼレムの全裸を見ても、全く動じなくなった。ノイロの方は完全に麻痺してしまっている。


 また二人には特技ができた。ノイロは目を瞑っていても、布に触れただけで服の種類が分かるようになり、ラゼレムは着替えの早さが尋常ではなくなった。役には立っているが、他では全く役に立たない微妙な特技だ。


 ラゼレムといる間のノイロは、いつでも服を出せるように、常に気を張って過ごさないといけない。終始気を張り続けることは、普通のノイロには大変なことだった。ずっと気を張ったままでは、ノイロの気力がもたない。だから二人きりの時だけは、第二王子と子爵令嬢ではなく、ただのラゼレムとノイロでいようと二人で決めた。


 王立学園に入学して現在五年目、ノイロは周囲の期待に応えて、様々なものを死守しきっている。


 王立学園が休みの日、もう数えきれないほど訪れた王宮内の王族のプライベートスペースに、ドレスを着たノイロは来ていた。ラゼレムとの定例のお茶会をするためだ。二人きりのお茶会が始まると同時に、ノイロはラゼレムに苦言を呈した。


「早くその露出狂体質どうにかして」

「急にそんなことを言って、何かあったのかい?」


 ラゼレムは不思議そうに首を傾げた。


「各公爵家から養子の誘いが来て、断るのが面倒くさい」


 親切心か策略か、あるいはその両方か。普通のノイロは、そういった面倒事には巻き込まれたくない。ラゼレムとの婚約がなくなれば、養子の誘いは一切無くなるはずだ。


「受けないのかい?」

「受けるわけにはいかないの」


 婚約した当初から、ラゼレムの露出狂体質が改善すれば、すぐに婚約解消されるとノイロは考えていた。全然改善しなくて未だに婚約が続いているのは、ちょっと予想外だったりする。これから先もノイロが用済みになれば、即刻婚約はなかったことにされるだろう。だからノイロはラゼレムのことを、全然何とも思っていない。


 婚約が白紙撤回されたら、学園の卒業後に灯台で光を出す仕事をしたいと、平凡なノイロは思っている。何も考えずに光を出して生きていたい。商才がないので、商人になるのはとうの昔に見切りをつけた。


 ノイロがいくら平凡でも、ノイロの家族は全く平凡ではなかった。一代で大陸全土を股に掛ける商会を作った父、女神の生まれ変わりの母、姉や兄も普通ではなく、親戚には魔王や人外やら異世界転生者やらがわらわらいる。ノイロが大きくなって理解すればするほど、ちょっと意味が分からない。


 ノイロが非凡に憧れていたのは昔の話だ。今は平凡の大切さを思い知っている。普通万歳。平凡万歳だ。


「うむ? 僕の露出狂体質がなくなれば、養子の誘いがなくなるのかい?」


 婚約解消されたいと本人に伝える勇気は、ノイロには無かった。これ以上追及されないように、ノイロは話の方向転換を図った。


「王宮で働く人達も大変よね。しょっちゅう丸出しにしてくる奴が、職場にいるってことだから」

「最近はノイロといる時にしか、魔力暴走は起きていないよ」

「私といる時にしか最近は暴走しない。それが本当なら完全に本末転倒ね」


 原因と対策がむちゃくちゃになっている。ラゼレムの魔力暴走は心と大きく連動しているので、つまりノイロといる時には、心を大きく動かすことが多いということだ。ノイロは半笑いでラゼレムに聞いた。


「まさかとは思うけど、私のこと好きなの?」


 眩光。服を渡すノイロ。着るラゼレム。消光。


「え、なにその反応。どれだけ動揺してるの。冗談のつもりだったのに。あとボタン全部掛け違ってる。いくらなんでも動揺しすぎ」


 間違っているボタンを直しながら、ラゼレムは過去の自分を思い返した。


「僕がノイロのことを好き……? 今までの感情はずっと、信頼からくるものだと思っていた。ノイロに会えない日は悲しくなったり、ノイロに触れると胸が高鳴ったり、ノイロが褒めてくれると嬉しかったり、ノイロ以外との結婚は考えられない。そうか、これが恋だったのか!?」


 ノイロへの恋心を、ようやくラゼレムは自覚した。ちなみに学園内ではもう周知の事実だったりする。二人は気付いていないが、ラゼレムの服が弾け飛んでいるのは、ノイロと何かあった時がほとんどだ。


 じっと見つめてくるラゼレムから、ノイロは目を逸らした。


「サアドウデショウネー」


 面倒くさいことになりそうだと、ノイロは言葉を濁して答えた。ラゼレムの恋心を、肯定はしたくないノイロである。


「実は昨日、今日のお茶会が楽しみすぎて、服が弾け飛んだんだ」

「あ、嘘つき。さっき私といない時は、魔力暴走しないって言ったのに。結局私といなくても魔力暴走してるってことよね」

「昨日は久しぶりだよ。三週間は暴走していなかったさ」


 ノイロはためらって先程言えなかったことを、勢いに任せて言った。


「もういい。とにかく早くその露出狂体質どうにかして。いいかげん私を婚約者の身分から、解放してほしいんだけど」

「え、学生結婚したいのかい? 僕がノイロのことを好きと分かった今なら、やぶさかでも」


 ノイロの言葉は違う方向に解釈された。王家の権力を使えば、学生結婚も不可能ではない。放っておいてはだめだと、ノイロはラゼレムの話を遮った。


「ち、が、う」

「え、もしかしてノイロは僕と結婚したくないのかい?」

「いや服が弾け飛ぶ人とは、普通結婚したくないって」

「ノイロが嫌なら、本腰を入れてこの体質をどうにかするよ」

「まあ仮に服が弾け飛ばなくなったら、私はラゼレムの婚約者ではなくなるけどね。今の王太子殿下が本気で嫌がってるから、ラゼレムは王太子にされるだろうし。今みたいに理由が無ければ、子爵令嬢と王子の結婚は普通無理だし、まして王太子とは」

「それなら僕は、体質改善しない。このまま服を弾け飛ばして生きていくよ」


 真面目な顔でそう言うラゼレムを、ノイロは本気で止めた。


「それ自分から見せにいってることになるから。露出狂体質が、ただの露出狂になるから絶対やめて。体質改善する気ないなら、その優秀な頭を使って、破れない服でも作ったら?」

「じゃあそうしよう」

「まあそれでも、私との婚約は無しになるだろうけど」


 眩光。服を渡すノイロ。着るラゼレム。消光。


「そんなに私と婚約解消したくないの……?」


 ノイロの目は、理解できないものを見る目になっている。


「諸々はノイロと結婚できてから、必ず実現させると約束する。だからノイロは安心して僕と結婚して」


 ラゼレムの声は決意に満ち溢れていた。普通の自分に何故そこまで執着するのかと思いながら、ノイロは内心溜息をこぼした。



 ノイロがラゼレムに自覚させたことを後悔するのは、少し先の話。ノイロがラゼレムになんだかんだで絆されるのは、まだまだ先の話だ。

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