時の流れと逆らう君達へ
新潟県妙高山には古くから鴉天狗による人さらいが伝来されており地元の公民館では行方不明の人達を決して忘れてはいけないという事で茶色く変色した新聞の切抜きを額縁に入れて掲示していた。
マシューにもかつて同級生が小学生の低学年の頃に団地の公園で遊んでいたのを最後瞬間にして蒸発して烏の羽だけが残っていたという事件があった。勿論その新聞も今でも掲示してあり地域の祭りがある度にマシューは公民館の新聞に目を瞑り手を合わせていた。
祭りに顔を出し地元の友達とも久し振りに過去話に華を咲かせていたマシューに違う友達が近寄って来てこう言って来たのだった。私の...私の...子供が帰ってこないの。
えっ。言葉に詰まるマシューだった。
昨夜元気よく遊びに行ったんだけど、神隠しにあった様に物音ひとつせずに煙の様に消えたみたいなのよ。警察にも通報し、情報提供してもらう為にここにもビラを貼りに来たのだったという。顔色の優れない彼女にマシューはきっと大丈夫だよと優しい言葉を掛けた。
その晩、実家に泊まったマシューは屋根の上の足音で目が覚めた。猿だろうか何だろうか?分からない二足歩行の様に歩いてる感じがする。モゴモゴの全ては聴き取れないが呪文を唱え出したのが聞こえた。...兵・闘・...・烈・...・前...兵・闘・...・烈・...・前。何やら九字護身法を唱えてる様だ。そして音だけではあるが大きな翼を羽ばたかせ飛んで行った。間違いない鴉天狗だ。マシューは全神経を研ぎ澄ませ飛んでいった方角を地図で調べた。間違いない妙高山だ。
翌朝マシューは自身の帰宅を見送り父と祖父に鴉天狗について聞いた。鴉天狗は剣術に優れ源義経を育て上げたという逸話まであるらしい。簡単には倒せない。怨霊でない為木刀は通用しないというのであればどうしたものか。すると祖父が神社の奥の奥に隠し戸棚から一本の刀を取り出した。小烏丸太刀という真剣で両刃の銘の刀だ。鴉天狗は動きも速く霧烏という刃先が当たりそうになる寸前に敵の背後に回り込むというカウンター技を繰り出すのだという。その技を凌ぐ事が出来るのがこの刀小烏丸だ。祖父に刀に術を掛けて貰い残影術を使える様になった。相手がカウンター技を使うのならこちらもカウンター技をという算段だ。
祖父に礼を言い、妙高山へと向かった。標高2,454mにもなるこの山は日本百名山にも選出される程の登山でも人気の山だ。しかし鴉天狗が住処にしているということは地域民族学者か古くからこの地域の住人しか知らない。
刀を途中から杖代わりに何とか山頂付近まで登って来た。するとどこからともなく臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前とはっきりした口調で九字護身法が聞こえた。しかし辺りを見渡しても奴の姿は分からない。いつ襲ってくるのか分からないので鞘から刀を抜き臨戦態勢に入った。
雷鳴が轟き降雪の足場の悪い中、奴は術を使い無から突然現れた。キエーーーという奇声と共に斬りかかる鴉天狗だがマシューも剣術の達人ハラリと避け鴉天狗の刀の上に飛び乗った。マシューの小烏丸が斬りかかる寸前刃は空を斬り烏の羽が宙を舞った。奴がカウンター技を使ってきたのだった。
互いに間合いを取り睨み合いの際、マシューは気付いた。コイツ鴉天狗ではない。天狗のお面を被り烏の羽を猛禽類の翼の形をした絡繰に貼り合わせて一本歯下駄を履いた人間だったのだ。声からして成人の男性の様だ。今度はそいつからマシューに向かい刃を振り上げた。刹那、マシューの居合切りが天狗の面を斬り裂いた。天狗の面から現れた顔は少し幼さの残る身に覚えのある顔で行方知れずのZAKUROだった。突然現れた旧友との再会に涙が溢れた。ZAKURO!私だマシューだ!しかしZAKUROには伝わっていない。それどころか鴉天狗による術なのだろう赤目を患っている。赤目は己の意思疎通を出来なくする術の一つであり、術を掛けたものの言われた通りの動きしか出来なくなる術だ。
ならば斬るまでだ。
マシューは強く自分に言い聞かせZAKUROも刃を構え睨み一気に走り出し刃が強く交じる度に火花が飛び散り、竜闘虎争の如く激戦だった。
刃は互いに人肌に触れる事なく、触れようとしたならばZAKUROは烏の羽が舞い散る霧烏というカウンター技を使い対してマシューは残影術を使いZAKUROが突き刺したと思いきや背後に回り込み翻弄させつつ刃を振った。
死闘を繰り広げる両者だったが決着は突如現れたのだった。
流星がZAKUROの背中に当たったのだ。流石に光の速さを避ける事は出来ずかなりの痛みでうずくまってしまったZAKUROだった。流星はバウンドして同じ様なスピードで空に戻っていった。呆気に取られるマシューはあれはなんだったのだろうかと途方に暮れた。
こうして今でも両親の間ではあの流星はなんだったのだろうと2人が出会った日の夜に毎回この話をしているのでした。