疑わしきは罰せず
「やはりそうであったか…」
顎を撫でながら窓の外、何処か遠くを眺める国王に、スコールは黙って頷いた。
「そなたの夫人が毒に倒れた時も、決定的な証拠がなかったばかりにビューロー侯爵の関わりは証明する事が出来なかったのだったな…。」
「はい。隣国に逃れた主犯と見られる伯爵夫妻の足取りはビューロー侯爵領の西の森林地帯で途絶えていました…。」
「西の森林地帯…か。」
「その後、東の隣国に渡ったことは確認できましたが…。恐らく森林地帯を越えてステーリア側から船で東へ渡ったのでしょう。」
「ビューロー侯爵は何と?」
「…何も。黙秘を続けております。」
「そうか。」
「王妃様のご様子は?」
「何とも…。先程からセシリア嬢と二人で話をしているようだが…。」
「セシリア様と?」
「あぁ。セシリア嬢にはどう声をかけたものかと思っておったが。要らぬ心配だったようだ。」
「殿下とレジナルドもついておりますからね。」
「ジークフリートか…。婚約破棄をする気などさらさら無いのであろうな。」
「お二人の婚約が破棄されるのを待ち構えている者はそれは沢山おりますから…。」
王妃は侯爵が押し入った私室にセシリアを招くのを嫌がって、自らセシリアの部屋を訪れていた。ジークフリートとレジナルドはビューロー侯爵の取り調べを確認する為に丁度出て行った所で残っていたのはセシリア一人だった。
「お互いに随分と困った立場になってしまったものだ。」
王妃は父親に代わりひたすら謝ろうとするセシリアを制止するとそう切り出した。
「私もまさか16年前の件でビューロー侯爵の恨みを買っていようとは思ってもみなかった。夫人が盗賊に襲われて亡くなったというのは耳にして知っておったが、まさか私がそれに関わっていたとはな…。」
「…それは、父の一方的な言い分に過ぎません。」
「私が離宮にこもっていた訳を──その一因となったのがビューロー侯爵の存在であった事には気付いていたのだろう?」
セシリアは俯いたまま返事をせずただじっとしていた。
「ジークフリートにも何も言っていなかった。どうして…どこで気が付いた?」
「王妃様…」
セシリアは視線をあげたもののどう答えればいいのか迷っていた。どこで、と言われても自分の考えに確信を持っていた訳では無い。
「離宮に来てからか?」
「疑うようになったきっかけは王妃様が私を一人だけ呼び出されたあの時だったかも知れません。」
「やはり…そうであったか。あの時は試すような真似をして悪かった。」
王妃は蒼い目で真っ直ぐにセシリアを見つめるとギュッと唇を噛み締めた。
「私が一人で呼び出された時どう動くのかお試しになったのですか?」
「…そうだ。侯爵から何か指示を受けて動いているのではないかと疑っていた。ジークフリートに近付いたのも私に近付くように指示があったからではないかと。もしそうならば狙いはジークフリートではなく私だろう。だから万が一そなたが襲って来ても良いように、あの時はベッドは空にしてあった。」
「そうでしたか。」
「いずれにしてもあの時貴方がどう動くかで決着がつくと踏んでいたのだ。私を襲って来るのか、ジークフリートの婚約者としての立場を守ろうとするのか…。」
「王妃様が私を試されているのは分かっておりましたが…。」
「何故自分を試すようなことをするのかと訴えることは考えなかったのか?」
セシリアはあの時の状況を思い出すと密かに笑みを浮かべた。
「私、王妃様はベッドの上からこちらをご覧になっているのだと思っておりました。ですが直接お話が出来るとは思っておりませんでしたから。」
「…それもそうだな。」
「王妃様が用意されたのが何故チョコレートなのかという事をずっと考えておりました。」
「私にとってトリュフチョコレートには嫌な思い出しかないはずなのにそれをわざわざ目の前に出された──。」
「はい。少なくとも私は歓迎されてはいないと言うことは分かりました。ですが王妃様とは直接の面識がありませんでしたから、その原因は父にあるのだろうと…。」
「なるほど…。あの短い時間でよくそこまでの事を考えたな。」
「…相手の顔色を窺い、思惑を理解することだけに時間を費やして日々を送って参りましたから。」
セシリアは弱々しい笑みを浮かべると、その手をギュッと握りしめた。
「でもそこまででした。どうして騎士団に勤めている父が王妃様に警戒されているのかは分かりませんでした。それで、色々な事を考えているうちにもう何でもいいから食べてしまおうと…。」
王妃は驚いた様に顔を上げると、小さく感嘆の声を上げた。
「ジークフリートたちがあれ程貴方を心配していたのは……そういう所だったのか…?」
セシリアは少し顔を赤らめると私にはよく分かりませんと小さく呟いた。




