聞きたいこと
酷く喉が乾いたのでゆっくりと身体を動かしてみる。今度はもう目眩が起きることもなかった。
ベッド脇に水が置いてあるのが分かる。さすがに王宮で用意された物に何かが入っていると疑うのもおかしいのだが、なんとなく飲んでいいものか迷ってしまう。ベッドに腰掛けたまま手を伸ばしグラスを手に取るとじっとその中身を見てみる。
「…冷たい」
一口口に含むとゆっくりと飲み込んだ。大丈夫、おかしなところはなさそうだ。昼から寝入って居たはずなのに何故枕元のグラスの水が冷たいのか、それも不思議ではあったが喉の乾きには逆らえず一息に飲み干した。
グラスを持ったままほっと息をつくと、自然と目が窓の外にいった。外は既に暗い。この部屋はどうやら2階にあるようで、昨日茶会をした庭園と噴水が暗闇の中にうっすらと見えた。
――コンコンコン
小さいノック音がしたと思えば、返事も聞かず扉が細く開かれた。
「…起きていたのか?」
ほの暗く灯された明かりにジークフリートの明るい金髪が煌めいてみえた。
「ジークフリート殿下?」
「気分はどう?」
「ありがとうございます、休んでいたおかげで大分良くなりました。」
「熱があったのだ、喉が乾いたのでは?それに食事もとっていない、何か口に出来そうなら用意させるが…?」
ジークフリートの心配する様子に逆に申し訳なく感じてしまうが、遅い時間なので食事は辞退すると軽食とジュースが運ばれてきた。
これではどちらが薬を盛った側なのか分からない。まるで重病人のような扱いだ。自分の置かれている状況が未だよく分からず、テーブルの向こうに座るジークフリートの様子をそっと伺うとしっかりと目が合ってしまった。
「何?聞きたいことでも?」
「いえ、そういうわけでは…」
何から聞けばいいのか咄嗟に思い浮かばず、慌てて目をそらすと、グラスを手に取りジュースを口にする。
「じゃあ、私から聞いてもいい?」
ジークフリートはテーブルを回り込むとセシリアの隣に腰掛け、笑みを消して真剣な表情で向き直った。
何かが始まる予感がしたセシリアは、グラスを置いて小さく頷くと座り直した。するとジークフリートは一瞬躊躇した後、覚悟を決めたようにセシリアの右手を取り、服の袖を肘近くまで捲ったのだった。
「…?」
セシリアの右腕にはくっきりと青く痣がついている。
「この痣は何?」
「これは…何時の間にできたのでしょう?気付きませんでした。」
ジークフリートは優しく痣を撫でると、目を細めた。
「気付かないほどの小さなものでは無い、倒れた時に君を診た侍医が私に知らせてくれたよ。少し前に負った打撲だろうと、それもかなりひどい。」
「打撲…ならばきっと転んだ時についたのでしょう?」
「…侍医は貴方の身体には他にも傷跡があったと言っていたよ?――セシリア嬢、一体、何を隠している?」
ジークフリートに取られた右手をそっと抜こうと動くと逆に引き寄せられ、白いシャツに顔を埋める形になる。
「殿下!」
「ジークでいい。…ねぇ、リア、侯爵家で一体何が起きているんだい?」
髪を優しく梳かしながら抱きしめられ、頭にやわらかな唇を感じる。
──どうしてこんな事になっているの?
王都にある侯爵家の邸に父はほとんど帰って来ない。物心ついた頃には父は騎士団にある宿舎で寝起きをし、執務の為に邸に戻るのも月に一度、騎士団の仕事が休みの日の午後少しだけになっていた。
必然的に邸を取り仕切るのは侯爵夫人となった義母となり、社交を含め表向きの用は何故か全て義母とレイラの2人がこなすことになっていた。義母はセシリアに厳しく、機嫌の悪い時にはほんの少しの事で逆上し、手を上げることもしばしばだった。
そしてそれを見て育った妹のレイラもやがて義母に倣うかのようにセシリアに当たりだし、時には手を上げ、物を投げつけられもした。
初めのうちは抗議し、避けていたセシリアだがそうすると益々状況が悪くなることに気付くと、成されるがままその場をやり過ごすようになってしまった。もちろん侯爵家に仕える者も自分達に害が及ぶのを恐れてか、見て見ぬ振りだ。
この腕の痣も、もう何時誰に付けられたものだか覚えがない。大きなケガという訳でもないのでそのままにしていた…。
「…リア?話すつもりはない?」
「殿下…」
シャツ越しにジークフリートの体温を感じる。セシリアは自分が真っ赤になっている自信があった。
「分かった。話すつもりがないのならこちらで少し調べさせてもらうよ、いいね?」
「それは――」
「ダメとは言わせない」
ジークフリートは抱き寄せる手に更に力を込めると、セシリアの首筋に顔を埋めた。
「――リア、君を守りたいんだ」
耳元で囁くようにそう告げられると、何と答えていいのか分からず、ただただされるがままになっていた。