男心女心
夕方、国王の執務が終わっているであろう頃合いを見計らってジークフリートはその部屋を訪れた。案内されて入った執務室では、スコール公爵と共に既に酒を飲んでいる父の姿があった。ジークフリートとレジナルドがそうであるように、父とスコール公爵もまた主従の関係であるとともに幼馴染だから、こうして酒を飲みながら過ごすこともよくあるのだろう。
「スコール公爵もいらっしゃったのですか。」
「あぁ、ジーク。話があるそうだが、二人きりの方が良いならスコールには外してもらおう…」
「いえ、それには及びません。」
国王とスコール公爵は顔を見合わせるとまた座り直し、グラスを傾けた。ジークフリートは用意された席に腰を下ろしながらこの2人が何処まで状況を把握しているのか考えを巡らせていた。
「それで…?」
「はい。単刀直入に申し上げますと、私の話とは姉上とレジーの今後についてです。」
国王は参ったと言うように手を上げるとスコール公爵を見やった。
「陛下と私も今その話をしていたところなのです…。」
「お二人も…ですか?」
「あぁ、ジーク、どうやらお前も大体の事情を知っているようだな?」
「…多分そうだと思います。父上たちは、姉上がレジーをステーリアに連れて行きたいと言っていることをご存知ですか?」
「ほう、リーナが?…それは、知らなかった。」
「リーナ様はどういうお考えでそのような?」
「私とリアのそばにレジーを置いておくのは可哀想だから、と。少しの間距離を置くのがいいのではないかとそう言っていました。」
「言いたいことは分らんでもないが。リーナは…そこまでしてレジーを手元に置いておきたいのか?しかしそれではフェルナンド殿下に対して余りにも失礼ではないか…?」
「それにリーナ様のお気持ちもいつまでも整理がつかないでしょう…。」
「私もそう思います。それにレジーは姉上に付いて行くとは言わないでしょう。」
「…それは…スコール、お前はどう思う?」
「息子は…。そうですね、まだ気持ちの整理はついていないようですが…それでも、ジークフリート殿下の元を離れる様なことはないと思います。」
国王は少し嬉しそうに笑った。
「ジーク、お前随分となつかれているな?」
「父上、笑っている場合ではないでしょう?レジーがこの先どんな覚悟で私の傍にいるつもりなのか…。」
「殿下、そこはもう仕方がありません。セシリア様に関しては息子の一方的な感情に過ぎないのですから…。しかしいずれは、大切な人が幸せになる所を一番近くで見守られたことを誇りに思える時が来ることでしょう。」
「スコールの言う通りだ。時間はかかるだろうが…レジナルドは心配ないだろう。…問題はリーナの方だ。」
スコール公爵もその言葉に頷きながら顎に手をやり何かを考えはじめた。
「リーナ様は息子にまだお気持ちを伝えられていないのですね?」
「立場をわきまえているから伝える気はないとそう言っていました。」
「王女という立場をわきまえている…ということですか。でも気持ちを伝えて答えを貰わないことにはどうやったって前に進む事などできない。」
「こうなったら、もう本人たちで気の済むまで話し合わせるしかなかろう?」
「姉上とレジーが直接…ですか?」
「リーナが納得するにははっきりとした答えを聞くしかないだろう。まぁ恋の傷の一つや二つ、若い者たちはあっという間に忘れてしまう、そういうものだろう?」
「…」
「陛下、失礼ながら殿下はまだ傷を負われた事がないようで…」
スコール公爵は国王のグラスに酒を注ぎ、二人で楽しそうに笑っている。
「これは、またジークはレジーに先を越されるな!」
「…誰もが通る道と言う訳ではないでしょう?」
「いや、私の経験から言わせていただきますと通らない者は極稀ですな。」
「…」
「そもそも、初恋の相手と相思相愛になって婚姻まで結べる王が今までの歴史上何人いたと思う?」
「父上…またそんな訳の分からない事を…。」
「殿下、陛下は貴方を羨んでおられるのです。自分の初恋が実らなかったからといって──」
「スコール!それは違うぞ!」
程よく酒が回ってきたのか二人の話がおかしな方向に向かい始めた。
ジークフリートは仲良くじゃれ合う二人を見て、自分にも将来レジナルドとこの様に酒を酌み交わす日が来るのだろうかと考えていた。もちろん、そう遠くない将来にその日は来るはずだ。その時は傍で優しく微笑むセシリアも居るのだろうか?いや、酒を男二人で呑む時はセシリアは遠慮して入ってこないだろうか?──いずれにしても、そこにリーナの姿はないのだろう。
レジナルドとは幼い頃からいつも一緒に過ごしてきた。それがいつの間にかお互いの立場というものをわきまえるようになり、リーナの幼い恋心も次第に諦めへと変わっていった。
セシリアが現れるよりもっと前、レジナルドはリーナが強く望むのならば一緒になってもいいと考えていた時期があった。このことはジークフリートの他には誰も知らないはずだ。しかしリーナがレジナルドを強く求めることは一度もなく、結局最後までその婚約者候補にレジナルドの名前があがることもなかった。
今このタイミングでリーナがその思いを伝えた所で、レジナルドがいい返事をするとは思えなかった。しかしリーナがレジナルドへの思いを残したままステーリアに嫁ぐという事はあってはならない…。




