目覚め
──まだ頭が痛むし目を閉じていたいのに…。
「セシリア嬢…?」
誰かが優しく呼んでいるのが聞こえる。
ゆっくりと目を開けると明るい窓を背後にジークフリートがこちらを覗き込んでいた。
「…殿下?」
気のせいか少し目を潤ませ、ジークフリートはその両手でしっかりとセシリアの右手を包み込んでいた。
「目覚めたようだね、よかった」
「私…どうして…?」
ジークフリートはセシリアの手を口元に寄せると、ゆっくりと口付けた。
「──どこまで記憶が?」
セシリアは右手にほんのり当たったままの唇が気になってしまい、またもや頬が熱くなるのを感じた。
「殿下とお茶を飲んでいて席を立とうとした所まで…」
「そうか…。君はあの後気を失った。今は翌日の昼に近い時間だよ。」
「翌日?」
丸一日もこうして寝込んでしまったというのか――?
セシリアは事態が呑み込めずに、じっとジークフリートを見つめていた。
「チョコレートが原因だ、君が、侯爵家が用意した…。あの後直ぐにレジーが戻ってきたので調べさせたら薬が仕込んであった。」
薬がチョコレートに仕込んであった?侯爵家が殿下のために用意したものにそんな細工がしてあったとなれば侯爵家はただでは済まないはずだ…。
「…薬、それは本当に?」
「あぁ、確かに。だが心配するな、まだこの事は内密にしてある。それに私は…チョコレートを食べなかった。」
「ですが…」
不安になりジークフリートを見上げると、片手で髪をサラリと撫でられ自然に額に口付けられた。
「?!」
「侯爵家には連絡してある。しばらくこちらでゆっくりとしていけ。大丈夫、貴方のことは私が責任を持って守るから。」
責任を持って守る…。薬を盛った張本人に対してはおかしい言い回しだ。それに王宮でゆっくり過ごすなんて、そんなこと到底出来そうにない。
「私、戻らなければ…」
そう言って身を起こそうとすると一瞬目が眩んだ。
「セシリアっ…!」
離そうとしていた手を再び強く握られ、その声に体がビクリとしてしまう。
「殿下…」
「大丈夫?まだ薬の効き目が完全には消えていないんだろう。…それに、貴方を侯爵家には帰さないよ。」
そう優しく囁くジークフリートの目の奥に、怪しい光が見えた気がした。
2月前入学したばかりの学園は4日間授業があってその後3日休みを繰り返して学期が進んでいく。多くの貴族子女が通っているので休日にもそれぞれが茶会に催し物にと忙しく過ごすからだ。セシリアが王宮で茶会をしたのは休みの初日だったから今日は休日2日目…。
侯爵家では一体何が起きているのか、何のために誰を狙ってチョコレートに薬など仕込んだのだろうか?恐らくチョコレートを準備したのは義母だ。レイラは薬の入ったチョコレートを殿下に差し上げるつもりだったのだろうか?…そもそも2、3個食べたセシリアが1日頭痛で寝込む程度の薬など何の意味があるというのか?
頭が痛いのはきっと熱があるせいなのだろう。王宮の、客間らしき場所のベッドの上で考えても考えても答えの見つからない事をひたすら考え、何時の間にかまた眠っていたようで、セシリアが再び目覚めたのはその日の夜遅くのことだった。