進みの遅い時間
王妃が離宮に住まいを移すと、レジナルドもまた選択を迫られた。もはや王宮にとどまれと勧めてくれたその人がいないのだから公爵邸へ帰るべきなのだろう。しかしそんな風に思い悩むのは時間の無駄だった。
「お前は私の傍にいろ。」
「そうよ、レジーはずっとここで暮らせばいいのだわ!」
姉弟二人からの命令だ、レジナルドは喜んでその言葉通りにした。一人っ子のレジナルドは公爵邸へ帰っても遊び相手がいないのだからつまらない。王宮では客人が来なければ自由に過ごすことができる。それに、なにより王宮ではお茶の時間というものがあるのだ。午後のひと時、腕のいい料理人が作った甘い菓子を食べることができるなんて子供には夢のような生活だ──普通ならば。
しかし公爵夫人が毒に倒れた茶会以降、ジークフリートは甘いものを口にしようとはしなかった。
──ジークの盾になる。
王宮でのお茶の時間になると、決まってレジナルドは一番に菓子を口にした。リーナとジークフリートはそれを見て初めは固まっていた。茶会と違って王宮で出される物に毒など入っていないことは確認されている。しかし三人ともが本当は怖かったのだ。レジナルドは自らが毒見のまねごとをすることで姉弟の警戒を解こうとしたのだった。
やがてリーナはレジナルドに見習ってまた菓子を口にするようになった。対してジークフリートは時間がかかった。本来甘いものを好まない性質だったのかもしれない。ようやく口にするようになっても、ほんの少しを食べるとそのまま残りをレジナルドにくれるようになった。
「お前が食べたほうが菓子も喜ぶ。」
「えぇ?菓子が?料理人の間違いじゃないの?」
「あら、料理人は誰が何を食べたかなんてわからないのじゃない?残したかどうかは見るかもしれないけど…。」
「そこは侍女が報告するだろう?ほら…」
ジークフリートが示した先にはケーキの横に並べられたクラッカーやチーズの盛り合わせがあった。酒のつまみのようなそれは甘いものを食べないジークフリート向けに用意されたのだろう、そういえば最近よく見るような気がする。
「そうなの?じゃ、このケーキ俺もらってもいいの?」
「レジーは甘いものばかり食べているとまた虫歯になるわよ?」
「大丈夫だよ!まだ新しい歯は生えてる途中だし、虫歯は抜けちゃったからもうないんだよ。」
嬉しそうに二個目のケーキに手を伸ばすレジナルドを見て、姉弟もまた嬉しそうに笑った。リーナのケーキももう半分以上がなくなっている。ジークフリートの目の前には侍女の手によって新しい皿が準備されたがそれはいつまでたっても空のままだった。
「そういえばジークは王太子になったから今度ステーリアに行くんだろ?父上が言ってた。」
「隣国だからな、初めての公式訪問先に決まったんだよ。レジーも行くんだろ?」
「もちろん、父上が陛下について行くらしいから一緒に連れてってくれるって。楽しみだな~!」
「私はお留守番なのにずるいわ!」
「リーナ様の代わりにいっぱい美味しいもの食べてきてあげるよ、お土産はジーク担当ね!」
「レジーも一緒に選ぶんだぞ?」
「ところで…レジーはステーリア語を喋れるの?」
レジナルドはリーナのその言葉に笑顔のまま凍り付いた。
「…ステーリア語?」
「とっても難しいのよ!」
リーナはどこか勝ち誇ったような笑顔を見せ胸を張った。
午後の光に照らされ窓の外には噴水が煌めいている。幼い子供たちの間には一見穏やかな時が流れているように見えた。しかしこの時の三人は時間をかけてゆっくりと記憶を優しい色で塗り替えている最中だったのかもしれない。




