チョコレート
先日学園でとある伯爵令嬢がジークフリートに菓子を手渡している現場をたまたま目にする機会があった。令嬢が去った後、ジークフリートはその菓子をそっとレジナルドに譲っていたのだ。
「何だか彼女には申し訳ない…けど、まぁジークは嫌いだもんね 、特にチョコレート!」
甘党のレジナルドは遠慮なく受け取ると中身を確認しながらそれはそれは嬉しそうだったのだ…。
「…ありがとう。」
「あ、あの、私、チョコレートが…その…本当に大好きで…よろしいですか?」
そう言うや否や箱に手を伸ばし、チョコレートを続けざまに2個、3個と口に運んだ。──この際、行儀作法などといったものに構ってはいられない、一刻も早くこの菓子を何とかしなければ殿下に申し訳ない。
ジークフリートはいきなりのセシリアの行動に目を見張っている。
「そんなに好きならば、私の分もどうぞ。」
蒼色の瞳を細めて少し笑いながら、ジークフリートはチョコレートを箱ごとこちらに寄せてくれる。そして紅茶を1口飲むと、改めて楽しそうにセシリアを眺めた。
「セシリア嬢はチョコレートの他に、何が好きなの?」
「好きな物…」
慌ててチョコレートを飲み込み、さらに紅茶を口にしながら考える。
「本…でしょうか。邸でも学園でも、ほとんど本を読んでおりますし。」
セシリアは、年頃の令嬢ならば当然参加しているであろう茶会や街での買い物に縁のない生活を送っていた。学園と侯爵邸との往復、それがセシリアのほとんど全ての世界。どうしても断れないお茶会に年数回参加するだけ。それ以外の華やかな場は侯爵家では義母と妹の担当となっている。とはいえ邸ですることにも限りがあり、セシリアは日々気を紛らわせるかのように本を読み過ごしている。最近では読む本も無くなってきたせいか、西の隣国ステーリアの本にまで手を伸ばしている。おかげで東西の隣国の言語は読み書きならば不自由しないほどになっていた。
「確かに、教室では本を広げているのをよく見るな…」
ジークフリートは常に取り巻き達に囲まれ忙しそうにしているようなイメージがあったのに、一体いつ見ていたのか。学園でセシリアは目立たないようにしていたつもりだったので意外だった。
もう一口紅茶を飲んでみるが、心無しか顔が火照って来たような気がする。
「セシリア嬢?」
「…はい?」
頬に手を当ててみると異常に熱い。こちらをまっすぐに見つめるジークフリートの視線から逃れるようにセシリアはチョコレートの箱を意味もなく見つめた。
「…顔が赤いよ?」
ジークフリートの目がまた少し笑った。
「…なんだか、お天気も良いので暑くなってしまったようです。」
「そう?ここは風がないからね。少し庭園を歩こうか?」
ジークフリートはすっと席を立つとエスコートするようにこちらに手を伸ばしてくる。何となくまだ照れくさくて戸惑っていると更に此方へと近付いて来た。
「セシリア嬢?」
おかしい――ただ椅子から立ち上がろうとしただけなのに足元が覚束無い。顔が熱いだけでなく、なんだか目眩がして一気に身体中から汗が噴き出すのがわかる。
「で、殿下…」
背後で椅子が倒れる音がする──そこでセシリアは意識を手放した。