既知な未知との遭遇Ⅰ(皇女ノア視点)
(オトセン視点)
『データロード中です、しばらくお待ちください。』
それから私は皇女ノアとして母親である皇妃とメイド達を中心に甲斐甲斐しく世話された。
父親である皇帝の姿はあまり見なかったが、その理由はすぐに分かった。第一子である私のお披露目パーティーの準備だ。
何かを考えようとすると眠くなってしまうため、私は1日の大半を寝て過ごす事が多かった。
母やメイド達の話す内容からするに、父はよく私に会いに来ていたようだが、ほとんどのタイミングで私は寝ているらしい。
知能はあるのだからしゃべろうと試みても「あ~」とか「う~」ぐらいしか言えない。動こうとしても手足が使えない。指先を曲げる事は出来るんだけど…赤ん坊って不便だ。
その度に母やメイド達は喜んで世話をしてくれるのだが、なかなか泣かない私を不思議に思い始める人達もいた。その1人が父だった。
「ノアは泣かぬのか?」
「ええ、泣きませんわ。可愛らしく笑う事はありますけれど。」
父は怪訝そうな表情で私にずいっと顔を近づけた。
「?」
父はそこそこのイケオジである。母は若いが、父はこの時点で40代だろう。
母は若いために「子育てが楽で良いじゃん」と思っているようだが、赤ん坊がよく泣く事を経験で知っている父は私を心配しているようだ。おそらく部下の人達に聞いたのかな。
「……まあ良い。明日の誕生パーティーでは笑顔を振りまくのだぞ。」
かなり私に甘い事は父にも言える事だった。
そして翌朝。私はいつもより豪華なドレスを着せられた。
肌ざわりの良い白とピンクのフリフリドレス。おそろいのヘッドドレスまで付けられたのは髪がまだ少ない頭部を隠すというメイドさん達の気遣いだろう。
「まあ!可愛らしいですわ、さすが皇女様!」
「きっと今の内から出席者の皆さまが子息を紹介するでしょう!」
「あら、西南三国の御三家はそれぞれ子息に社交マナーを身につけさせるべくご挨拶に伺うそうだとお聞きしましたよ。」
「そうなのですね!確かに……あら、でもレイン領の次男様は皇女様と同い年では?」
「だから、レイン領は領主様と長男様だけのご出席ですってよ。奥様と次男様は領地に残られるそうですわ。」
レイン領…確か次男が攻略キャラで、長男の方はちょこっと話に出てくるぐらいだった気がする。
だからどんな顔かはよく知らないんだよね。楽しみ。
そんなこんなで私は母に抱えられるまま、会場のゆりかごのような椅子に座らされた。
さすが謁見の間。見慣れているけど、画面で見るのと実際に見るのとでは大違いだ。
「お~…」
赤ん坊らしい喃語が口から漏れ出る。
「ノア、きらきらが気に入ったのですか?」
豪華なシャンデリアや磨き上げられた食器・カトラリーに目をとられていると、母が優しく聞いた。隣に控えているメイドさん達、近衛兵の人達も微笑ましそうに私を見ている。
「あ!」
返事のバリエーションは少ないけど、伝わったようだ。
パーティーは何も出来ない私にとっては退屈きわまりないと思ったけどそうでもなかった。
様々な大人が両親に頭を下げに来る。そして私に何かお世辞を言って帰る。
ただ…体力は限界にきていた。眠い!
「アイデル領・辺境伯、ユタでございます。お久しぶりです、陛下、皇后陛下。」
何ですと?!
アイデルっつった?!
眠くなったのを察して、ぐぜる前にご機嫌取りに控えていたメイドさんを驚かせながらも私は目をカッと見開いた。
「おお、ユタか。そしてその両隣が…」
「はい、私の子息…妻の忘れ形見でございます。トピアスとウノです。」
両隣の小学生ぐらいの双子が両親に上品な会釈をした。そう…この内の…おそらく青に金色の刺繍が入った服を着ている方が兄・トピアス様、青に銀色の刺繍が入った服を着ている方が弟で攻略キャラの1人・ウノ様だ。
ショタの頃から顔整ってたんだな。この頃から常人より高い顔面偏差値をたたきだしてたんだな。
また一つ学びました。
「まあ、2人とも素敵な紳士だわ。将来が楽しみね。」
皇妃もべた褒めのこの兄弟だが、私は知っている。
兄トピアスはサイコパス、弟ウノは自己肯定感が低いあまりにメンヘラ化する。そして「かまってちゃん」を経由して最終形態「タナトフィリア(自殺や自傷行為に性的興奮を覚える人)」となる。
トピアス様は優秀だけどストーリーが始まった頃には既にサイコパシーのせいで、領主の継承権はウノ様に決まっている。
ウノ様は稀代の天才である父と兄とは違って、秀才である自分を認めてくれる存在がいなかったんだ。お母さんはユタ様の言う通りこの時点で亡くなっているし、従者の人達はトピアス様のサイコパシーに手を焼いているに違いない。
ウノ様に構う時間はどこにもないわけだ。ウノ様には次期領主の座を与えるというだけで強引に納得させようとしている。言い方は悪いけど、そうなる。
この3人の父子家庭の親子を見て、ユタ様は子息2人の事にあまり興味無い様子。トピアス様はもうオモチャを見るような目で他の出席者を見ている。ウノ様は皇帝と皇后の顔色を伺っている。
「っ!」
ぱちりとウノ様と目が合う。
ウノ様は困ったように微笑んで会釈した。
ウノ少年を救う事は未来の私を救済する事になる。ユタ様とトピアス様は専門の医師じゃないからもうどうにも出来ないだろう。
でもウノ様を救う事は少しだけなら出来るかもしれない。
もってくれ、私の体!睡魔に負けるな、ノア!
「あらあらノア、そんなにウノさんを見つめちゃって。ふふ、好きなのかしらね?」
じゃあそういう事にしてよ!ウノ様、受け止められる今の内にきて!
「いえ、自分なんか」 「ははっ、光栄にございます。」
ウノ様が目を伏せて答えるのを遮ってユタ様が言う。
確かにこういう場でそういう暗い事言っちゃうとシケる。特に相手は皇后で、そういう変な返しをすると失礼にあたる。だからユタ様のフォローが正しい。
仕方ない。あなたが大人になった時には主人公の女の子に愛を囁いて喜ばせるんだから、今は私があなたを囲ってあげるよ。
「う~!う~ぉ、うお!」
下手なりにウノ様の名前を呼ぶ。
ウノ様にもそれが伝わったようで、ハッとしたように私を見る。
「こ、皇女様?」
メイドさんもびっくりしている。両親も、だ。トピアス様なんか私を「こいつ面白そう」と目で語っている。おそらく彼らは私がウノという音を名前として認識している事に反応しているのだろう。
ただ、ユタ様は何となく違った。
「ふむ、皇女様は……なるほど、小さい頃からそのような考えをなさる事が出来るのですね。私が見てきた中でも指折りの聡明さを持たれているかもしれません。」
ここでトピアス様ではなくウノ様を選んだ事に感心しているようだった。
「ユタに言われると期待しても良いのだろうか!」
父が明るい声で聞く。ユタ様は国内屈指の賢者・天才とされているからだ。そのユタ様がお世辞ではなく心から認めたとなればそうとうの人材である事が保証されているのは間違いない。
「私の名を…」
そうだよ、自信持って!
ギフテッドの父親がいようが、優しくて美人な母親が他界してようが、兄がヤバイ奴だろうが、私だけはウノ様の味方だよ!
腕を上下に動かしドレスをぽんぽんとたたく。
「皇女様、落ち着いてくださいませ…」
メイドさんが苦笑しながら止めさせても、私はウノ様の目を見続けた。
ウノ様は何かを感じ取ったのか、私に対しコクンとうなずいた。
そうそう、並みよりはずっと出来る子なんだよ、ウノは。
安心すると体の力が抜ける感覚を覚えた。そのまま私は目を閉じた。
睡魔に負けてしまった…。
上手く言えませんが、
オトセンはデータロードを待っている状態です。
それと同時並行でゲームの世界であるヤクハ皇国では皇女ノアがストーリーの始まりである年齢まで成長しているって事です。