皇女ノアは騎士のテイムに成功した!
「皇女様、何も恐れる事はございません。何なら斬りつけてくださっても構いませんのに。」
「っ!!」
ルシーズ、この頃から忠誠心異常じゃない?まあ、「綺麗な皇女様」で大量虐殺するぐらいだもんな。
逆にこのぐらいが正しいのかもしれないって、開発部であの後内容を更新したのかも。それか、私達がバッガーをやる前に原作にあった記述なのかな。
「斬りつけませんよ、あなたが私を守るように、私もあなたを守ります。」
安心させようと優しい言葉をかけると、ルシーズは困ったように微笑んだ。
「皇女様…何とお優しい!」
「皇帝陛下の寛大なお心、皇后陛下の凛とした振る舞いをしっかり受け継いでいらっしゃいますな。」
周りの客人が言うけど、私はルシーズの目を見た。
私は力も知識も無い。それでもルシーズを守らなきゃ。ルシーズにあんな事させないように。
「騎士・ルシーズよ、皇女の守護騎士として忠誠を誓い、いかなる時もその身を捧げるか?」
アトラスが言うと、ルシーズは「はい」と答えた。
「では皇女様、剣を箱にお戻しください。」
「はい。」
箱に戻す。
「では騎士・ルシーズよ、剣をしまいなさい。」
「はい。」
ルシーズが箱にあった剣をしまう。刃が擦れる音がしない。
「以上で誓約の儀を終了とする。ご参列の皆さま、皇女様と守護騎士ルシーズの将来を祝福して拍手を願います。」
アトラスが高らかに宣言すると、会場をあふれんばかりの拍手が包んだ。
拍手が止むと、剣の入っていた箱とティアラを戻した箱が下げられた。
「続いて、皇女様12歳の誕生パーティーに戻ります。ご参列の皆さま、ご自由にご歓談ください。」
アトラスが言うと、皆一斉に動き出したので、私は毎年のように私のために用意されていた椅子に座った。ルシーズが当然のように私の隣に立つ。
「まあ、順応が早いわね、ノア。」
お母様が仰る。まあ…このシーンをガチで50回以上繰り返しているから、とは言わないでおこう。
「ええ、贈り物に剣が入っていた事と剣がとても重かった事には驚きましたが…他のご令嬢の皆さんがよく守護騎士の話をされていらっしゃったので、気持ちの準備が出来ていたようです。」
これは事実だ。社交や単純に交流の意味でのお茶会の場で守護騎士の話をよくしている。
「ノア、その男は中央騎士団に所属する職員全てに武術・学術・面接を課した中で選んだ1人なのだ。必ずお前の助けになってくれるだろうが、ルシーズを完全に使いこなせるようなおの事励め。」
お父様の仰る事には一理ある。ルシーズは優秀で忠誠心が強くて理想が高くて…それでいて、全てを捨てられるような儚い人だ。彼を止めなければならない事だって何度もあるだろう。
「はい。」
その後、私への贈り物を王都・地方関わらず貴族や商人が挨拶がてらに持って来た。ひと段落終わった所で私は用を足しに立ち上がった。
そしていつものように女性の近衛兵を見つけて話しかけるつもりだったけど、そこで思い出した。
振り返ると、ルシーズが付いて来ていた。
「ごめんなさい、忘れてた…」
「いいえ、私が皇女様に付いて来ておれば問題ございませんから。」
うん、それにしても…存在感無さ過ぎだよ、あなた。
「皇女様、お花摘みですか?」
今まさに話しかけようとしていた女性騎士…リサさんが寄ってきて小声で聞いた。
「あっ、はい…お願いします。でもルシーズ…」
振り返ると、ルシーズはいなかった。目線を女性騎士に戻す帰りにルシーズが真横に移動していた事に気付く。
「え?」
思わず声が漏れた。ルシーズ…だるまさんが転んだを子供達と遊んだら絶対泣かせる。強すぎる。
この人に忠誠心があって良かった。普通に暗殺者に向いてるもん。
「あっ、ルシーズ騎士、入り口の方で待機してください。中は私が護衛を務めさせていただきます。」
「はい、分かりました。」
そこは女性騎士で良いのね。何か安心した。
3人で廊下を歩く。
「えっと…お父様が仰っていたように、リサさんもルシーズが私の側に寄って行ったの、見ていたんですか?」
気になった事をリサさんに聞いた。彼女は入り口にいたから見ていたはずだ。
「ふふ、私が気付いたのはルシーズ騎士がドアの前から入られた時でしたよ~。それまで近づかれたの、全く気付きませんでした。」
「え?」
声を上げたのは私ではなくルシーズだった。
「えっ?」
リサさんも困り気味にルシーズに返す。
「私…ずっとドアの前で待機している間、リサ騎士の背中が見えていましたよ。」
「え?それだったら私も気付きますよね…」
「死角にはならないはずです。そしてリサ騎士はご婦人を前の方に誘導する以外でそこから全く移動していなかったでしょう?」
リサさんがコクコクとうなずいた。
「えっ、全く気付きませんでした…私、騎士失格でしょうか…」
「いいえ、そんな事はありませんよ。私の前を2度通り過ぎたのに私が急に現れてびっくりされていた騎士もいましたし。全体から見てもリサ騎士は気付くのが早かった方でしょう。」
中央騎士団の中でも精鋭を集めた近衛兵ですら気づかないなんて…ルシーズ、強くない?
えっ、乙女ゲーの時はバッドエンドの破壊力しか見てなかったけど、何か元々からチートじゃない?
「そ、そうなんですね。」
「ルシーズ、すごい!」
「お褒めいただき光栄でございます。」
そしてトイレの前に着いた。ルシーズにはその辺で待ってもらい、私とリサさんが中に入った。
「はあ~…しかし、噂には聞いておりましたがあんなにすごい方だとは…」
「リサさん、知り合いじゃないんですか?」
「いえ、部署が違ったのでお会いしたのはつい最近ですね。私は近衛兵ですから宮内部ですが、ルシーズ騎士は今まで中央騎士団の防衛部に所属されていましたので。」
防衛部…確か、王都全体の警備や侵攻とかクーデターの防止と災害関連を担う役割なんだったっけ。警察や自警団、消防署、門番とか色んな組織と関わる書類仕事も多いお仕事だ。
「確か1年半ほど前に北部軍から中央騎士団に移ってきたんじゃないですかね。」
うん、元々北部軍出身なのは知ってる。
「ビエナ辺りですね。」
「そうです、よくご存じですね!まさにビエナ出身なんですって!何かあるんでしょうね、あの辺りの方々に伝わる、獲物に気付かれないための狩猟に関わる身のこなし方とか。ホントすごかったな~。」
リサさんはルシーズがビエナ出身である事を良い意味で捉えているようだ。でも中にはリサさんのように「区別」するのではなく、「差別」する人だっている。
ビエナはヤクハ国の北端にあり、昔からヤクハ皇国と同盟を結んできた山岳民族(碧眼族)の旧国地域だ。今はヤクハ皇国の所領で自治区扱いになっているが、少数民族かつ厳しい気候のため農耕を営めない事から食糧を得る手段が狩猟採集に偏っており「野蛮人」扱いをされる事が多い。
そんなビエナ人の中にも差別はあり、特に多数派を占める青い目・青い髪・白い肌の碧眼族ではない移住者は疎まれる事があるらしい。僻地独特の閉鎖的な面もあるらしい。黒い瞳と銀髪のルシーズは…そういう意味でどこに行っても差別の対象となってきただろう。
用を足してトイレから出ると、ルシーズが2人の騎士に囲まれていた。
「皇女様もお可哀想に、ただ優秀というだけでどこに行っても差別対象の男なんかくっつけられて。」
「や、やめなよ。」
1人はルシーズに絡んでいて、もう1人は止めようとしているらしい。
無視していたルシーズだが、私に気付いた様子で、少し目に光を戻すと私の側についた。
「ルシーズを侮辱できる立場ですか?」
私がさっきの絡んでいた方に言うと、彼は苦笑した。
「皇女様こそ、こんな男を傍につけていて侮辱されないとでもお思いですか?」
「おい!ホントにやめろって!」
「そうよ!ビン、あんた、最終選考で負けたから悔しいのは分かるけど、皇女様を侮辱するような真似はやめなさいよ!」
本格的にもう1人とリサさんがその人を止めようとした瞬間だった。
どさ、とその人は倒れた。
「え?」
「ジャン騎士、お手間をかけますがビン騎士の処理をお願いします。」
「はっ、はい!」
ルシーズを見ると、涼しい表情だった。
「先程の隙があれば2回は確実に頭部を5センチ四方に切り刻めると、お伝えください。」
「はい…えっ?」
ビンさんを抱え上げたジャンさんがルシーズに聞き返す。周りにいた使用人や騎士の人達も手足を止めてルシーズを見ている。
「ルシーズ?」
私が聞き返すと、ルシーズは微笑んだ。
「皇女様に対する侮辱的な発言や私の業務に著しく支障をきたすような行動をする者は、私の判断で排除しても良いと陛下から許可をいただいております。というより、皇女様の威厳を保つための私の義務でもございますね。」
そ、そうなんだ…。
「ご安心なさいませ、皇女様。私は先ほど彼の両肩を脱臼させて気絶させただけです。でも次からは容赦しないつもりでございます。頭蓋骨に関係なくまっすぐ肉を切る事が出来るような剣を別に用意しておきます故、決して手間取るような真似は致しません。」
サイコパシーではなく、忠誠心からきてるんだよな、この人。
とんでもない人材をプレゼントされたものだ。お父様が「ルシーズをちゃんと使うために頑張りなさい」みたいな事を仰った意味を痛感してしまう。
オトセンがチートを外したので、まだルシーズはノアの気持ちが読めず忠誠心のままに暴走します。