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02 最後の晩餐 ④

 相手は女子か……もしくは。


「もしかして、先生?」


 コクリと頷く結ちゃんに、私は思わずまた大声で叫びながら突っ伏したくなった。またそんなイバラの道をわざわざ……とは言っても、好きになる人なんて理性じゃなかなか選べないのが現実だ。これは改めてしっかり話を聞かなくちゃ、と姿勢を正して結ちゃんと向き合った。


「……好きになったのはね、体験入学の時なんだ。色々あったけど……やっぱり一目惚(ひとめぼ)れ、だったのかも。ぶわぁって身体が熱くなって、この人のことをもっと知りたい、その目が見ている世界を見たい、近くに行きたいって」


 それはもう、立派な恋の話だった。やわらかいピンク色に頬を染めて、幸せそうに好きな人のことを思い浮かべている結ちゃんを見ていると、どうしてか私の胸の奥がギシリと(きし)む。私もこんな風に、好きな人のことを好きだと言えたら、なんて。


「それまでは常磐のこと、高校から入るなんて友達できなかったらどうしようって……頭いい人とか、何かが得意な人とか、そういう『トクベツ』な人がいっぱいで、ちょっと怖いなって思ってて。お母さん達は『名門常磐』って言って、すごく勧めてくれてたけど、私は普通の公立高校に行ければいいやって思ってた。でもね、そういうの全部ふっとんじゃった……何があってもいい、この人の近くで三年間過ごせるならそれでって」


 結ちゃんは熱のこもった瞳でそう語って、でもすぐにそれは風船みたいにしぼんでしまう。


「でも、入学してから何度も会う機会はあったのに、全然話しかけたりなんてできなかった。それどころか、この気持ちを知られたら迷惑かけちゃうんじゃないかとか、周りにバレたらどうしようとかって事ばかり考えちゃって、自分がどんなに臆病な人間なのか思い知らされただけ……」


 こういう時、なんて言えばいいんだろうって思いながら、何を言っても不正解な気がして結局なにも言えない自分が、どうしようもなく情けなくて悔しかった。


「それなのに、何も出来てないのに……話しかけることもできないくせに、気持ちばっかり大きくなってくの。迷惑かけるだけだって分かってるのに、もう好きだって告白しちゃえば楽になれるんじゃないかとか、バカなこと考えたりして」


 そこまで一息に言葉を並べた結ちゃんは、黙り込んでしまった私に気付いてハッと顔を強張らせた。


「ごめんね、こんな話……先生相手にこんなこと、やっぱりヘン、だよね……」

「そんなことないっ」


 私は思わず、今日一番の大声をあげて身を乗り出していた。私の声に、カフェにいた他のお客さんがビクリとして振り返るけど、そんなの構っていられない。それだけは否定させられないし、認められない……それに頷くってことは、私自身を否定するのと同じことだから。


「誰が何て言ったって、その気持ちは絶対に間違ってなんかいない!確かに、相手にそれを押し付けたら迷惑かもしれないけど……でも、想うだけなら。心だけは、自由なはずでしょ」


 それはほとんど、私の心の叫びみたいなものだった。いつもは押さえつけている、それでも本当はぶちまけてしまいたいと思っている、心の奥底にしまいこんだ私。そんなエゴの塊で、正しさも思いやりも一つだってない言葉。口にしたそばから後悔が始まる……私ってば、どうしていつもこうなんだろう。


「ごめん、勝手なこと」

「っ、ううん、嬉しかった!」


 その声に、うつむいた顔をあげる。結ちゃんは、どこか泣きそうな顔で笑ってた。


「私、ずっと間違ってる、いけないことだって自分を責めてて、ずっとずっと苦しかった。でも、灯ちゃんが話聞いてくれて、間違ってないって言い切ってくれて、すごく気持ちが楽になったよ……そう、だよね。想うだけで、私が好きなだけでいいって、そう思ってた。それなのに、どんどん欲張りになっちゃって『それ以上』が欲しいって思ったから、きっと苦しくなったんだよね」

「……別に、欲しがったって良いじゃん」


 私は何かに背中を押されるようにして、そんな言葉を口にしていた。頭ではそんな無責任な言葉を押し付けるなんて良くないって分かってた……それでも止められなかった。目を見開く結ちゃんに、私は今度こそ自覚を持ってエゴを叩きつけた。


「確かに私達はいま高校生だし、相手は大人で先生で、結ちゃんの気持ちは迷惑になるかもしれない。でも、卒業したらどうなる?」

「あっ……」


 そう、それはとても簡単なことだった。卒業すれば、年齢差は変わらないかもしれないけど、少なくとも先生と生徒ではなくなる。


「たったの二年だよ」


 それは私達の感覚では『二年も』と言うべき時間なのかもしれない。それでも、私の言葉に結ちゃんが息を飲み込むのが分かった。そう、可能性は、ゼロじゃない。


「その二年後のために、いま何ができるか考えた方がよっぽど気楽だし、何より楽しいんじゃない?相手の先生は、結婚してるワケじゃないんでしょ?」

「う、うん……前に、他の子から聞かれて『彼女すらいない』って答えてた……」


 結ちゃんにとっては好都合な展開だけど、それはそれで寂しいなと内心苦笑しながら頷く。


「それなら、チャンスはいくらだってあるよ」

「すごい……」


 何かがぷしゅう、と抜けたみたいに結ちゃんは椅子にへたりこんだ。


「私、どうしようってグルグル悩んでばっかりで、未来のことなんて考えてもみなかった……でも、そうだよね。可能性は、限りなくゼロでも、ゼロじゃないのかもしれない」


 私はうんうん、と頷いた。それはまさしく、私が伝えたかったことそのものだった。


「そうだよ、今のうちに出来る限り距離詰めておかないと。卒業してからーなんて悠長なこと言ってても、そもそも生徒でいられるうちに仲良くなってなかったら、卒業しても気軽に遊びに行ったりなんてことも出来ないじゃない?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 僕の青春どこにあったんだろ。 (「・8・)ドコ? なかったよ! (;´∀`)…ァハハハ…ハハ
2020/05/16 09:23 退会済み
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