02 最後の晩餐 ③
(もう……!お兄ちゃんてば、なんでそこで押し負けちゃうワケっ?)
私はベッドの上をゴロゴロと転げまわりながら、声にならない悲鳴をパンダさんの枕に吐き続けていた。
お兄ちゃんは今日の結ちゃんが、思い立ったが吉日で何の前触れもなくやって来て、いきなり顧問を頼んだように見えてるのかもしれないけど、本当はふかぁーい(そこまで深くないけど)事情があったりする。
そしてその真相を知ってるのは私だけ……と言うか、お兄ちゃんの話が本当なら私が背中を押したことになる。つまり、私は自分で自分の首を締めてしまったバカ……?
「わたし、バカだぁぁ……」
情けない声をパンダさんに吸い取ってもらいながら、私はついこの間の出来事を思い出していた。
高校生にもなると春休みの過ごし方は人それぞれだと思うけど、私はどっちかって言うと家でのんびりダラダラ過ごすタイプで、あんまり外に遊びに行こうとは思わない。たまに外へショッピングとか出かけたいなーって思うと、友達よりもまずはお兄ちゃんに声をかけちゃうくらいには、自他共に認めるブラコンだったりする。
高校生にもなってキモい、とか面と向かって言う人とは友達付き合いをお断り申し上げてるけど、実際みんな心の中ではそう思ってるんだろうな。私も自分で自分の思考回路にドン引きすること、割とあるし……それでいいやと思ってるのが問題なんだろうけど。
(って、そんなのはどうでもいいの!)
それはともかく、今は結ちゃんのことだ。こんな風にグウタラなブラコンでも、仲の良い友達と遊びに行くくらいのことはする。その中でも結ちゃんは特に仲良しな子で、ちょっとだけ背伸びしたオシャレカフェに行って、一日中おしゃべりする仲だ。
私にとって友達は三種類あって、まずは学校でおしゃべりするだけで十分な友達。次は一緒に遊びに行く仲だけど、ワイワイ楽しみたいだけで別にお互いのことを深く知りたい、とは思っていない普通の友達。最後が普段話してるだけじゃ足りなくて、何時間カフェで話していても言葉の尽きない一番仲良しな友達。
そのカテゴリに属している数少ない『仲良し』の結ちゃんとは、彼女が高等部から常磐に入ってたった一年の付き合いだけど、中等部からの持ち上がりの友達よりもずっと信頼して色々話してる気がする。
いつもフワフワして優しくて、その笑顔を見たら思わず守りたい!って思っちゃう感じの女の子……そう思う男子も一定数いるみたいで、私の知ってる限りで三回は告白されている。けれど、そういうのを断るのが苦手そうに見えるのに、いつだって泣きそうな顔になりながら、それでもキッパリ断っているのを意外に思ってた。その真相を、私はこの春休みに知ることになった。
*
「えっ、結ちゃん好きな人できたのっ……?」
思わず大声を出してしまった私に、結ちゃんは真っ赤になってアワアワしてしまう。
「灯ちゃん、声……声おっきいよぉ……」
消え入りそうな声で、ますます小さくなる結ちゃんに、私はハッと我にかえって椅子に座り直した。深呼吸……って、高校生にもなって好きな人とか、本来はこんなに驚くことじゃなくて、はやし立てるくらいはするかもしれないけど珍しくもない。
ただ、結ちゃんに限っては話が別だ。クラスの女子が恋バナとかしていても『みんな素敵な恋してるんだね』とホワホワ笑うばっかりで、いつもニコニコみんなの話を聞いているスタンスだった結ちゃん自身の恋バナ!そういう野次馬根性を抜きにしても、友達にようやく春が来たことを素直に喜んで応援したい、っていう気持ちが強い。
「いつから?どんな人?ってか、私の知ってる人?」
思わず身を乗り出して、全力で質問攻めに突入する。結ちゃんはそんな私の勢いに、困ったような笑顔を浮かべて、それでも丁寧に答えを返そうとしてくれる。そういうところが『いいな』って思うんだよね。
「えっとね……実は、常磐に入学する前から好きなんだ」
黙っててゴメンね、とションボリする結ちゃんに、私はぶんぶんと首を横に振る。恋バナと言えば女子高生の鉄板な話のネタみたいになってるけど、本来は自分の心の中で一番大事にしておきたい、やわらかくてあったかい秘密のはずだ。実際、私だっていつも『私には縁遠い話だなー』ってごまかしてる。私の場合はごまかさなきゃいけない『事情』もあるし。
「友達だからって、何でも言わなきゃいけないワケじゃないんだから。結ちゃんが言いたいことを、言いたい時に言ってくれればいいし。聞く準備はいつでもオッケーだけど」
「うん、ありがとう。灯ちゃん」
フワリと笑う結ちゃんに、この子に好きになってもらえる男子は幸せ者だなあと思う。
「それで、常磐に入る前ってことは、中学の時から好きってことでしょ?それじゃ、私の知らない人か……」
そうなると、応援するって言っても本当に話を聞くくらいのことしかできないな、と思いながら言うと、途端に結ちゃんの表情が暗くなった。
「それがね、たぶん灯ちゃんも知ってる人だと思うんだ」
「え……どゆこと?」
私は必死に頭を働かせた。私と結ちゃんが共通で知っていて接点のある男子……いや、女子って可能性もあるけど、とにかく接点のある人間。私は常磐の中等部からエスカレーターで進学、結ちゃんは外部から高等部に進学。普通に同級生か先輩の男子が好きだって言うなら、暗くなる必要もないはずで、となると言いにくい相手。