02 最後の晩餐 ②
「いや、俺は『芸術部』の顧問やってるから。悪いな」
大勘違いのショックから立ち直った俺は、彼女が振り絞ったであろう『文芸部の顧問うんぬん』のお願いを呆気なく却下した。今までもこの手のお願いは何回か受けたことがあるが、どれもこの伝家の宝刀『芸術部顧問』の肩書きで切り抜けてきた。
「芸術、部……」
そんなのあったんだ、と言う顔をする来栖の認識は間違っていない。高校生活をエンジョイしていった先輩連中から、密かにエンジョイ勢の後輩へと伝えられ、知る人ぞ知るものの部員の絶えることがない『芸術部』……その実態は、部活なんてマジメにやってらんないけど、部活に入っていた実績が欲しいと言うセコい高校生の隠れ蓑である。
基本的に全員が幽霊部員で、仮の部室は美術室、活動内容は『内なる芸術性を高めるための自由な活動』と言う謎の一文を掲げているが、要するに『特に何もない』ワケであり。入部条件は一年に一度だけ集まり、作品を持ち寄ってそれらの感想を言い合って記録すること。それが唯一の活動実績になるが証拠であるモノは残るし、毎年その中から一つ二つ選んでちょっとした賞に応募しているから、そこそこの実績もあるので文句も言われない。
ただ、本当に一年に一回しか顔合わせしないため、美術室はここ数年の間は俺と中等部から入った灯、俺達兄妹の事実上独占状態となっていた。まあ、今まで一人もマトモな活動をやりたいって人間が現れなかったし、俺も顧問の仕事に追われる心配のない今の生活は気に入っているから、今の立場を捨てる気もないし活動方針に口出しする気もない。
「あの、その、ご迷惑はかけないので……部の運営とか、私がちゃんとやるのでっ……だから、顧問を兼任してもらうことは、できませんかっ!」
すごすご引き下がるかと思ったが、以外にも食い下がった来栖に、俺はもしや面倒なのに当たってしまったかと内心溜め息を吐きながら、首を横に振った。ちなみに期待、じゃない……想像していた告白ではなかったショックで、テンションは六割くらいカットだ。
「そもそも、文芸部とかこの学校じゃレアだと思うけど、部員になるってヤツは集まってるのか?最低五人は必要だけど」
「えっ、そうなん、ですか……」
どうやら人数規定も知らなかったらしい。俺はサボり部、もとい芸術部存続のために、一番気にしている五人のラインだから良く覚えている。
文芸部がレアな理由は、この学校にはリアルに作家として活動している連中が多いからである。もちろん、文芸部発行の同人誌になんて関わってる暇もないし、そんな筆の無駄遣いはしない『いわゆるガチ勢』である。
そこをあえて文芸部を作りたいと言い出したってことは、そんなプロに憧れて小説を書いてみて、誰かの感想は欲しいが友達に読ませるのは恥ずかしいから、同志の集う部活なら大丈夫だろうと思ったが、文芸部が存在しないことを知って、その脚で突っ走っていかにも部活の顧問なんてやってなさそうな俺のトコに来たって感じか。完全に憶測だけど。
「五人以下なら同好会に格下げで、生徒会の非公認だから部室はないし部費はないし、もちろん顧問もつかない。悪いけど、力になってはやれないな……もし部員が集まったら、どこの顧問もやってない先生の紹介くらいならしてやるけど」
まあ、集まらないだろうなと思いながら、そんなもっともらしいセリフを吐いてみる。
「そう、ですか……」
ちょっと泣きそうな顔をされても、もう俺は揺るがない。女子高生に夢は見ないと心に誓った身だ。シュン、として黙り込んでしまった姿に、ちょっと心が揺らいだりなんて事は断じてしていない。
「っ、穂高先生っ」
「うおっ……な、なんだ」
バッと顔をあげて身を乗り出してきた来栖に、思わずのけぞってしまう。先生、お前のスイッチの入り方が分からないぞ。女子高生怖い。
「私を芸術部に入れてくれませんか」
「ほぇ……?お前、今さっき文芸部って言ってただろう」
俺がごくごく当たり前のことを指摘しても、来栖は最初の小動物っぷりを忘れてしまったのか、揺らぐどころか真っすぐに俺を見つめて来た。
「その、よく考えたら私のやりたいことって、ゼッタイに文芸部である必要なくて……むしろ先生が文化系の部活の顧問なら、そっちの方がゴニョゴニョ……」
(っ、見かけによらず、押しが強いなっ)
むしろお前のやりたい事って結局なんなんだとか、俺が顧問である必要性はどこにあるんだとか、色々と気になるところはあるがツッコんだら自分が後悔しそうな気がして、諦めるように説得する事に全力を注ごうと思う。
「あー実はな、あんまりちゃんと稼働してない部活っていうか、幽霊部員がほとんどで活動自体はあんまりないっつーか、いや全くないってのが本当だけど……その、お前がやりたい事がなんなのか分からんが、何にせよ入部しても特に何もメリットはないと思うぞ?俺もそんなに面倒見てやれないしな……」
ついついうっかり自分から『仕事はしていません』と暴露してしまうが、こうなったらヤケっぱちである。俺の……いや、芸術部のダメダメさ加減をアピールして、ぜひともお引取り頂こうと謎の気合いを入れ直した矢先だった。
「それなら!」
なぜか目をキラッキラさせて身を乗り出してくる来栖に、俺は本日二度目ののけぞりを経験した。運動不足すぎて背骨がバキバキ言っている。地味に痛い。
「私がちゃんと、部員を集めます!部活の方針とか、活動とか……あんまりよく分からないけど、ちゃんと考えてやってみせます!だから、芸術部への入部を認めてもらえませんか!」
「だが……しかし……」
渋ってはみせるものの、だがしかし以外の有効な言葉は何も出て来ない。断る理由がないのである。そもそも、やる気に満ちあふれる生徒を止める手立てなんぞ、俺は持ち合わせていない。今までそんな生徒いなかったからな、困ったなと思っていると、変なスイッチが入ってしまったらしい来栖は熱意をこめて言い切った。
「小説も、広い意味で考えれば『芸術』ですよね!」
「お、おう……」
そして俺は、完膚なきまでに敗北した。
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