08 ホラティウス兄弟の誓い ③
「なに、寝てんのよっ、このスカポンタンっ」
八神さんの怒鳴り声に、神代さんが『いま、寝てなどおりませんでしたがなにか』みたいな表情でパチリと目を開ける。ちなみに、お兄ちゃんはまだ寝てる。
(って、言うか……スカポンタンって、なに)
相変わらず、謎言語すぎる。お兄ちゃんも言ってたけど、八神さんも神代さんも、互いを罵る言葉にかけては語彙力のほとばしりが、とどまるところを知らないんだとか。なんてムダなんだろう。
「アンタよ、アンタ。神代梓……この前、私に謝ってきたでしょ?あれ、どういうつもり?」
え、そんなことあったの、と私も結ちゃんも目を丸くする。神代さんの方はと言えば、何でもないことのように首を傾げる。この子も、大概マイペースだよね……
「言葉通りの意味ですが?私はあなたと仲良くしたいのです」
うわ、そういうこと真顔で言っちゃうんだ……と。なんとなく、神代さんと八神さんの反りが合わない根本的な理由が、今の会話だけでも垣間見えた気がした。
「あぁぁぁああ、もう、アンタはそういうヤツね。分かったわ。でも、私は今さらアンタと仲良くなんて真っ平ごめんよ。なに、墨も絵の具もダメなら、仲良くクレヨンでも持ってお絵描きしてろって言うの?怒りも憎しみも闘争心も放棄して、子供みたいに無邪気にしろって?絶対にイヤよ」
正直、私もその絵面は想像したくないとすら思う。軽くホラーだ。
だけど神代さんは、八神さんのそんな言葉に傷付いたような表情を浮かべてうつむいた。それを見た八神さんも、どこか気まずそうに顔をしかめて、苛立ったように声をあげた。
「ああもう、どいつもこいつも!いちいちウジウジしないで面倒くさい、話が進まないじゃない?まあいいわ、そんなに私と『お絵描き』したいなら付き合ってあげる。神代梓……芸術家らしく、私と『アート』で勝負しなさい」
「……つまり、ボコボコにされたい、という願望がおありだと?」
コテリ、と首を傾げた神代さんに、八神さんが怒りのあまり顔を赤くしたり青くしたりした。さすがにその気持ちは何となく分かる。これはキレるでしょ……
「あのねえ、なに私を被虐願望ありの変態みたいな扱いしてくれちゃってんのよ!私はね、アンタと良い加減に決着つけたいの。このどっちが上なのか分からない状態でモヤモヤしてるのがイヤなのよ」
「……だから、私とは仲良くできないと?」
本気で意味が分からない、という感じで首を傾げる神代さんに、本当にこの子は分かってないのかもしれないとようやく気付かされる。八神さんの苦い表情を見ると、その性格のことはよく分かっていたみたいで、だからこそイライラしているのだということが思い切り伝わってくる。むしろよくそれでここまで付き合ってこれたな、と逆に感心してしまう。
「ほんっとうに、話通じないわね……そもそも、アンタはどんな風に仲良くしたいのよ」
「どんな風に……」
そんなこと考えてもみなかったと言う風に、顎に手を当てて神代さんが考え始める。意外にも八神さんはじっとそれを待っていた。なんだ、と思う。仲が悪そうに見えて、ちゃんと上手くやってるんじゃない、と。
「普通の友達のように、親しく会話を交わす……現状のように顔を合わせるたびに罵り合わない、ことでしょうか?そもそも普通の友達がいないので、どんなものかも良く分からないのですが」
「アンタ、堂々と言い切ったわね……私だって少しは友達いないの気にしてんのに」
ボソリ、と呟かれた八神さんの言葉に、思わず顔が引きつりそうになる。いや、友達いなそうだなとは思ってたけど、本当に二人して『ぼっち』だなんて。
「でも、それって私じゃなくちゃいけないワケ?アンタの言うように、仲良く『友達ごっこ』するだけなら、別に私じゃなくても……正直、誰でもいいでしょ。そんなものに成り下がるつもりは、毛頭ないわ」
いつものことだけど、とんでもなく傲慢なことを言ってるな、と思う。でも、八神さんの言いたいことはよく分かった。誰でも取っ替えの効く、教室で仲良くおしゃべりするだけの、悪く言えば薄っぺらい関係の方が正直に言うと楽だ。本音も何も言わないで、ただ穏やかに楽しく時間を浪費するためだけの相手。
でも、そういう種類の友達だけに囲まれて生きるのは、さびしいと私は思う。虚しい、って言った方がいいのかもしれない。私だって今更、例えば結ちゃんにとって『誰でもいい相手』になるのは絶対に嫌だと思う。相手にとって特別でありたい、そんな醜く思えて躊躇ってしまうような願望を、八神さんが迷いなく口にするだけで肯定されたような気がした。
「ごちゃごちゃ言ってないで描きなさいよ、アンタ芸術家じゃないの?その誇りすら捨てるってワケ?」
八神さんの分かりやすい挑発に、神代さんは小さく息を吐いて、それでも耳元のヘッドセットにそっと手を触れた。
「レゾナンス・コネクト」
呟かれた言葉に、八神さんが満足そうな表情を見せる。
「センパイたちは立会人ね。まあ別に、単なる『お絵描き』だし、途中参戦して描いたっていいから」
私と結ちゃんはひたすらコクコクと頷きながらも、絶対に参戦することだけはないだろうと思った。
「それじゃ、いくわよ」
八神さんの言葉に、私達も背筋を正した。きっと、これまでの人生で一番真剣な気持ちで、その言葉を口にした。




