06 見返り美人図。他に例える作品、思いつかなくてさ。
「ナメてんの?」
その一言に、ピシリと空気が凍りついた。八神は元から強烈なヤツだと思っていたけど、ここまでキレてるのは初めて見る。いつも神代と言い争ってる時は、なんだかんだで楽しんでるような気がするし。本人に言ったらそれこそマジ切れしそうだから、言わないけど。
「センパイ、これ本気で私達に読ませようと思って持ってきたワケ?これがセンパイの人生の中で、魂をこめた一作だって本気で思って持ってきたの?」
「っ、それは……」
その言葉をぶつけられた来栖は、真っ青ってよりも真っ白な顔で、グチャグチャになりそうなくらいに強く原稿を抱き締めてうつむいていた。
「……先輩に対して、その言い草は少々酷なのでは」
珍しいことに歯切れ悪く、来栖に対してフォローを入れた神代に、当然のごとく八神は噛み付いた。
「何よ、アンタだってついこの前、似たようなことやってたじゃない。それとも何?自分が似たようなこと言って後悔してるから、遠慮ってものを覚えたって言いたいの?今回の場合、遠慮してヘタに褒めたりする方が、よっぽど失礼だと思うんだけど」
そう言って、キッと視線を神代から戻した八神に、ビクリと来栖が肩を震わせる。
「私は文章のレベルとか構成とか、そういう技術的な面で怒ってなんかいない」
「え……」
戸惑うように顔をあげる来栖に、八神は怒っていると言うよりも、むしろどこか悲しそうな顔で言葉を続けた。
「あのね、普通の高校生に技術的なレベルで、プロ並みのもの求めるほどバカじゃないわよ……どっちかって言うと、そのあたりを分かってくれてなかった方が悔しいって言うか、まあ言わなかった私が悪いんだけど。あのね、そういう意味じゃ想像してた以上に『上手い文章』だと思うのよ」
ぐい、と一歩踏み込んだ八神に、声にならない悲鳴をあげて来栖が後ずさる。八神が怒っている理由を来栖は分かっていて、だからこそこんなにも怯えているのだと思った。
「どっかで見たような展開にセリフばっかり……盗作でこそないのかもしれないけど、有名な作品の切り貼りみたいな代物。絵が専門だからって、小説なんか読まないだろうとでも思ってた?ううん、センパイはそういう性格じゃない……自分の言葉で書いた作品の方が、クオリティが低いからって遠慮でもしたの?バカにしないでよっ!」
八神の怒鳴り声に、空気が震えた。衝撃を受けたように立ち尽くす来栖に、八神はこちらの方が泣きそうな表情で詰め寄った。
「センパイの、アンタ自身の言葉で書いたものじゃなくっちゃ、なんの意味もないじゃないっ!誰かの真似したものなんていらないっ!」
「っ……」
ポツリ、と。美術室の床に、ひとしずくの涙が落ちた。
何かの言葉を閉じ込めるように、ギュッと目をつむった来栖は、涙を隠すように背を向けて走り去ってしまった。
「っ、結ちゃんっ……!」
俺が追いかける間もなく、灯が来栖の後を追って出て行ってしまう。取り残されたのは、俺と八神と神代……肌を突き刺すような沈黙が落ちる。この二人を、取り残す訳にはいかなかった。
いや、正直に言えば二人が睨み合ってるこの瞬間、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。女子高生怖い……ってか、この二人が怖すぎる。ただ、俺にも人として最低限の知能と理性は備わってるつもりだ。今ここから逃げ出したら、それこそ灯にも来栖にも申し訳の立たない、取り返しのつかない事態が待っているだろうことくらいは俺にも分かっていた。
つまり、逃げられない。
「……言いたいことがあるなら、言えば?気持ち悪いんだけど」
「それでは、遠慮なく」
ケロリとした表情で神代が頷く。今の沈黙は遠慮してたのか……大概こいつも分かりにくいな。なんだかんだ言って、神代の思考回路を分かってるっぽい八神も八神だけど。
「あの場で来栖先輩を糾弾することは、悪手でしかありませんでした。きっと、あなたの伝えたいことの、半分も伝わらなかったでしょうね。ゾウリムシ並の頭しかなくても、いつもはもう少しくらい考えて物を言うはず。結局のところ、自分を見ているようで嫌だっただけなのではありませんか?自分の抱えている矛盾や鬱屈、それを素人である来栖先輩に叩きつけたようにしか見えませんでしたが。見下げ果てた根性ですね」
「っな……」
本当に言いたい放題の神代に、八神が怒りのあまりか言葉を失う。このままでは暴発すると思った俺は、二人の間に割って入った。
「神代」
「……言葉が過ぎました。ご容赦下さい」
最近、こいつが名前を呼ぶだけで、自分のどこが間違っているのかを理解して、大人しく引き下がる習性を持っていることに気付いた。何て言うか、出来の良すぎる忠犬を持ってしまったバカな飼い主になった気分だ。いや、この例えが色々とマズいのは分かってるけど。




