01 赤と青と黄色のコンポジション ②
灯から送られてきたメッセージを開封すると、タイトルは『お買い物メモ』で『かりゅうコンソメ』『タマネギ』『ラップの小さいやつ』と生活感あふれるラインナップになっている。
「食べ物は冷蔵庫にちゃんと入れてね。私、帰るまで『レゾナンス』はずしちゃうから、連絡できないし……ちょっと心配だけど」
そう言って、灯はトントンと耳元のヘッドセットを指差して見せた。
「わーってるよ」
ひらひらと手を振ると、灯は怪しむように俺の顔をまじまじと覗き込んでくる。
「大丈夫かなぁ……お兄ちゃんズボラだから『冬だし大丈夫だろ』とか言って、レジ袋に入れっぱなしで放置して、この前アイス溶かしてたし。先生のくせに、時々バカだよね」
「……忘れろ」
俺が何一つ反論できずにガックリ肩を落とすと、灯はくすくす笑いながら不意に真剣な表情になった。なんだ、と思わず身構える。
「明日からお兄ちゃんも『担任の先生』なんだし、しっかりしなきゃダメだよ」
「お前は俺のかーちゃんかよ」
妹なりに愚兄(俺)のことを心配しているんだろうが、正直言うとその手の話は聞き飽きた。校長も言ってたし、副校長も一年の学年主任も言ってたし、生徒にも言われたし、レア枠だとおばちゃんの藤村先生とか用務員のおじさんとかも言ってた。
ちなみに本物の『かーちゃん』であるウチの母親からは『それはともかく、高くて美味しい和菓子とか、お出汁とかカレー粉とか海苔とか送って』と電話越しに言われて切られた。夫婦共々フランス在住である。
「お母さんはそんなこと、お兄ちゃんに言ってくれないでしょ。もっと妹に感謝してよね」
さすがと言うべきか、完全に図星だ。俺は(今日の晩飯のために)無言で手を合わせて拝むと、それすらも見透かされているのかジットリした視線を送られる。
「とにかく!起こしてあげられないから、もう昼寝しちゃダメだからね。お兄ちゃん放っとくと夜になるまで寝てそうだし……明日の準備でもしてなよ」
「準備、っつってもな……」
ガシガシ頭をかきながらボヤくと、灯の視線の湿度がどんどん上がっていくのを感じて冷や汗がつつっと流れる。兄としての威厳なんぞあったためしはないが、なんとなく何かを弁明しなければ立つ瀬がないような気にさせられる。
「まあ、そのなんだ。諸々の事務手続きみたいな面倒事は終わってるから、正直言うとやることなくてな」
「もう……それだって永井センセに怒られてでしょ。先生達から『穂高君にしっかりするよう言ってくれ』ってボヤかれる私の身にもなってよ。お兄ちゃん、高校の時から何も変わってないって藤村先生はホワホワ言ってたけど、それって大人としてどうなの?」
永井先生は一年の学年主任にして俺の元担任、藤村先生は国語担当だったおばちゃん先生である。俺の職場事情がここまで家族に筒抜けだと、恥ずかしいどころかいっそ開き直るレベルだが、どう考えても現役高校生である灯の方がしっかりしている。
「はいはい、俺もお前をお手本にして頑張るよ」
「それで良いから、ちゃんとお仕事してね『先生』?新入生達のためにも、明日の準備はきっちりしておくこと。担任の先生は仕事増えるんだから、その確認でもしといたら?後はスピーチとかお兄ちゃん苦手なんだから、ドン引きされないように練習しといて」
「はーい」
それこそ小学生みたいな(ただしやる気はマイナスひゃくパーセント)返事をすると、今度こそ灯はドアに向かっていく。
「あ」
振り返る灯に、まだ何かあるのかと首を巡らせる。
「お菓子、買っていいのは三個までだから!」
……俺は小学生かよと、本気で思った。
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