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04 我々は(中略)どこへ行くのか ⑤

「あっ、ごめんなさいっ。先生に対して失礼でしたよね……」


 アワアワと謝り始める結ちゃんに、お兄ちゃんはヒラヒラと適当に手を振った。


「いや、全然気にしてないから」


 そこは気にしてよ、お兄ちゃん……


 思わず溜め息を吐きそうになる私の心境も知らずに、お兄ちゃんは机に突っ伏してだらしない姿勢になりながら、首だけ器用に動かしてこちらを向いた。



「そんなことより、来栖は何してんの?」



 そんな世間話(せけんばなし)にもならない一言をかけられただけで、パッと花の咲くような笑顔を浮かべる結ちゃんに、私は忘れかけていたモヤモヤが再発して複雑な心境になる。そんな心を押さえつけながらお兄ちゃんを見ると、いつものごとく表情筋が完全に死んでいて、ちょっと引いた。今の結ちゃんのキラキラスマイルにも屈しないなんて……


 まあ、教師としては()(とう)なのかもしれないし、私だってお兄ちゃんが結ちゃんにデレデレしてるよりは精神の安定が(たも)てるんだけど、男としてどうなのかとは心配になる。お兄ちゃんが誰かを、何かを『かわいいな』『キレイだな』って思う心は、もう死んじゃったんだろうか。そうだとしたら、それはどうしようもなく悲しいことだと思う。


 そんなことを、私がつらつら考えている間にも、世界の時間は進んでいる。



「ポスターを作ってるんです」

「へえ……ちょっと見せてみ」



 お兄ちゃんの言葉に、結ちゃんがおずおずとポスターを掲げてみせる。


「ほぉん、うまいもんだ」


 その言葉に、思わず気になって結ちゃんの手元を覗き込むと、そこには結ちゃんらしいと言うべきか……見るとなんだかホッコリするような、かわいらしいパステルカラーのポスターがあった。


「もっと芸術性の高いポスターがいいかなって思ったんですけど、そんな技術もアイデアもなかったので……」

「ううん、すっごくカワイイと思うよ。結ちゃんって、こういうセンスもあったんだね」


 私が素直に思った通りのことを口にすると、結ちゃんが真っ赤になってブンブンと首を横に振った。


「うぅ……なんかやっぱり恥ずかしいよ。でも、ここでくじけてちゃ、部員も集まらないよね。頑張らなきゃ……って、あっ。勝手にこんなことしちゃって済みません!方針としても、あんまり芸術に興味のない人に来られても困っちゃいますよね……?」

「いや、もうお前の部活なんだから、お前の好きにすりゃいいよ」


 ふわり、と欠伸をしながらお兄ちゃんが言った。そう、結ちゃんが活動を全面的に自分の力でやると宣言したとかで、お兄ちゃんは『じゃ、部長やる?』なんて気軽さで、とりあえず役職だけ部長ってつけていた三年の先輩から、あっさり結ちゃんに部長の権限を移していた。いつもそれくらい仕事頑張ればいいのに、って思うけど、これはゼッタイに自分が楽できる匂いみたいなのを嗅ぎつけたんだと思う。今だって完全に結ちゃんを身内だと思ってダラけまくっている……こういうところを見ると、何となく複雑だなあと思う。


「うぅ……それじゃあ、生徒会の方にお願いして廊下に貼らせてもらえるように許可取ってきますね?」

「うんうん、好きにしろ……俺はちょっと昼寝する」


「はい、おやすみなさい」


 いや結ちゃん、嬉しそうにしてるけど、そこの不良教師はいま堂々とサボり宣言してたんですよ。分かってるのかなぁ、と思いつつも、恋をすると人はどこまでも盲目になるんだろうかとも思う。そう思ったことは、完全にブーメランとして私に戻ってくる。


「いってきます!」

「いってらっしゃーい……」


 気合い十分に出ていった結ちゃんを見送って、私は音のない溜め息を吐いた。正直……やっぱりしんどい。でも、ここの空気は気に入ってるし、何よりお兄ちゃんと一緒にいられるから、なかなかここを出ていく踏ん切りもつかない。結局、ずるずると芸術部に居座ってしまっている。


(私も、完全に盲目だぁ……)


 そんな自分が、イヤになる。どうしてあんなダメ兄のことを、好きになんてなってしまったんだろう。たまに無精(ぶしょう)ヒゲだし、だらしないし、生活能力皆無だし、いい歳して他の先生達から怒られまくってる不良教師だし。ダメなところなんて、あげたらキリがない。


(でも、優しいし、たまにかっこいいし、なんだかんだ言って面倒見いいし)


 そういう、お兄ちゃんの『良い所』は全部私だけが知ってる。知ってればいいって、ずっとそう思ってたのに。子供みたいな独占欲が、自分でも恥ずかしいと思う。それでも、この人のそばにいたい。誰よりも、近くに――


 昼寝を決め込んでいるはずのお兄ちゃんの方に視線を向ければ、バチリと真正面から目が合った。


(なっ……)


 心臓がウッカリ止まってしまいそうなくらいに驚いた私の内心も知らないで、お兄ちゃんはいつも通りの淡々とした瞳で私を見ている。いつの間にか、その目がふっと柔らかく笑って、お兄ちゃんは机に突っ伏したまま口を開いた。


「どうした?」


 その声がどうしようもなく甘くて、優しくて。そう感じるのは、たぶん私の妄想とか補正とかのせいだけじゃないんだろう。今きっと、どうしようもなく甘やかされている。


(うれしい……)


 気をつけてないと、だらしなく顔がニヤけてしまいそうな気がする。理性なんて捨てちゃって、なついた猫みたいにゴロゴロ甘えてみたいような気持ちを、あふれないようにぐっと閉じ込めて、私は笑う。




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