04 我々は(中略)どこへ行くのか ④
『穂高妹。頼むからどうにかしてくれ、この問題児……』
放課後。
珍しく本気で困り果てている副校長先生に呼び出された私は、すっかりヘソを曲げてしまっているらしいお兄ちゃんの引き取りを、泣きそうな顔で頼まれた。女の子達との間では、主任の永井先生と副校長先生が取りもって、無事に話がついたらしいので、私は安心してお兄ちゃんを美術室へと引きずっていくことになった。
『よぉく、言って聞かせますので!』
そう言ってニコニコしながらペコペコ頭を下げて、これ幸いって感じでスタコラ逃げ出そうとするお兄ちゃんの首根っこを引っ掴み、今ここに至る。
「それで、今回はそもそもこんな事態になる前に、どうしておけば良かったの?」
「副校長のオッサンなんて、テキトーな奴に任せないで、他の先生達にも相談して何とかしておくべきだった」
ガックリと肩を落とすお兄ちゃんに、私は力強く頷いた。そもそものお兄ちゃんの敗因はそこだ。相談すべき相手を間違ってる。確かに副校長先生は頼りになる時は、ものすっごく頼りになるけど、やる気のない時はトコトン駄目な人だ。
そして副校長先生がやる気を出すのは、こっちが丁寧に説明して、現状どれだけ困っているのかを正確に把握してくれた時だけ。つまり、テキトーにしか説明しないお兄ちゃんと、テキトーにしか話を聞かない副校長先生は、こういうナイーブな問題を解決するのに恐ろしく相性が悪いんだよね……
「それじゃ、他の先生達にも相談するためには、普段からどうするべき?」
「普段から、話しかけられてもイヤな顔しないで交流しておかないとダメだ。イヤだけど」
一言余計である。私がニッコリ笑うと、お兄ちゃんは冷や汗を浮かべながら視線を逸らした。そういうところが、副校長先生と似ている。
「それじゃ、それがどうしようもなくて、誰も頼りにならなかった時は?」
「イヤな過去だからって逃げ回って説明を放棄しないで、あいつらと向き合うべきだった。そもそも俺の言葉が足りてないから、あいつらは追いかけるしかなかったのかもしれない」
ここまで冷静になれれば、もう十分だろう。女の子達との間では、いちおう話に蹴りがついたらしいし。私がふっと気を緩めて『話は終わり』と笑いかければ、お兄ちゃんは心底安心した感じで、空気の『ぷしゅう』って抜けた風船みたいに椅子にへたり込んだ。
「お疲れさま」
コトリ、と。
目の前に置かれた、湯気の立つマグカップに私は思わず泣いてしまいそうになる。
「はい、先生もどうぞ」
「ううっ、ぐすっ」
お兄ちゃんなんか、泣いてるけど。
「ありがとー結ちゃんっ。ごめんね、こんなことさせちゃって……」
「ううん、私が飲みたかっただけだから。誰かにお茶いれるのって、なんか新鮮で楽しいし」
フワリ、と笑ってくれる結ちゃんは、やっぱり天使に限りなく近い存在だと思う。
猫さんのマグカップに入ったレモンティーを飲んで、ホッと一息。ほとんど酸っぱくないどころか、合成のニセモノくさくて甘ったるいレモンもどきの味が、ちょっとクセになる。お母さんがフランスから送ってくる無駄に高い紅茶の茶葉は、お兄ちゃんは好きみたいだけど、庶民の舌な私にはおいしいのかどうかも分からないから、こういう分かりやすい味の方が好きだ。
「おいしい……」
しみじみ呟きながら、縁側のおばあちゃんみたいにズズズっとお茶をすする。レモンティーだけど。春になったとは言え、まだまだ気温はそんなに高くないから、温かい飲み物が身体に染みる、なんて思ってるのはオバサンくさいかもしれない。どうしよう。
「良かったあ」
ニコニコしながら自分のレモンティーに口をつけてる結ちゃんを見ると、私はオバサンでもなんでもいいやって気分になってきた。結ちゃんが美術室に来るようになってから、まだ一週間くらいしか経ってないけど、もうすっかりここの空気に馴染んでいる。って言うか、結ちゃんが溢れさせている『ホワホワオーラ』に私達兄妹が骨抜きにされてる感じだ。
もう、恋のライバルがーとか、親友を裏切っちゃってるような感じでどうしよーとか、私の恋心ーとか、そんな感じのあれこれで悩んでいたのがバカバカしいくらい。
「二人とも、いつもこんな感じなの?」
「えっ、なにが?」
完全に思考がトリップしてたので、さっきまでどんな感じの話とかシチュエーションだったのかをとっさに思い出すことができない。
「えっとね、こうやって見てると、灯ちゃんの方がお姉さんみたいだなーって」
よく言われる。
それを反射的に口にしなかった自分を、褒めてあげたい。でも、結ちゃんが口にしたことは、昔から私達がよく言われていることだった。でもそれって、今となっては『先生』であるお兄ちゃんの威厳的にどうなの、って思うので一応否定するようにしてるんだけど。
結ちゃんは、既に私が美術教師・穂高燿の妹なんだってことを知っている。最初こそ驚いていたし、それこそ私とお兄ちゃんが占有している美術室に入るのも遠慮してたんだけど、私もお兄ちゃんも『気にしないでいい』って言ってからはこんな感じだ。




