04 我々は(中略)どこへ行くのか ③
「また、副校長お得意の『アレ』ですか。穂高くん、実は副校長に似たんじゃないかと思うんですよね」
今の副校長先生は、お兄ちゃんの担任だったことがあるらしい。当時から仲がいいのか悪いのか分かんない感じで、ずっとケンカみたいな会話ばっかりしていたらしい。今もそれは変わってないみたいだけど、結局仲はいいんだと思う。でも、副校長先生って外面は割と良いんだけど、口約束が適当で人の話あんまり聞かないのでも有名なんだよね。懐に入れた相手に対しては口も悪い。悪い人じゃない、とは思うんだけど。
(お兄ちゃんが教師やってるのもビックリだけど、あの人がよく副校長先生なんてやってられるなぁ……)
多分、最低限の職務のことだけはキッチリ覚えていて、それ以外のことに関しては全てがテキトーな極端すぎる性格なんだろう。なんだって、この学校はお兄ちゃんを始めとして、変な先生しかいないんだろう……お兄ちゃんの世代を育てたのが、その先生達だからかな。
「いつもいつも、大人の事情に巻き込んで申し訳ないですが、副校長の説得に協力お願いします。あの人、へそ曲がりなので」
先生なのに、私に頭を下げる永井先生に、私は慌てて手をパタパタ振った。
「そんな、私の家族のことなのでっ。それに、へそ曲がりなのは兄も同じですし」
「……あの二人、本当に似た者同士と言うか。巻き込まれる我々の身にもなって欲しいものです」
「あはは……」
遠い目をする永井先生に、私は苦笑いすることしかできなかった。
かくして、保健室にお兄ちゃんを寝かしつけた私達は、その足で副校長室に乗り込んだ。普通の生徒だったら『副校長』って名前だけでビクビクしちゃうかもしれないけど、何年もお兄ちゃんと副校長先生の間のトラブル(って言うか痴話喧嘩?)の仲立ちなんてことしてれば、もう慣れたものなのであって。既に親戚の困ったおじちゃん、みたいなポジションの人だと勝手に思っている。たまにウチに来たりするし。
「失礼します、永井です」
『どうぞ』
「失礼します、穂高です」
『穂高ぁ?』
この対応の差である。思わず噴き出しそうになるのを堪えながら部屋に入ると、副校長先生はバツの悪そうな表情で笑った。この人は昔から私に弱かったりする。
「済まん、穂高妹の方だったか。つい反射的にな。どうした、兄がまた何かやらかしたか?」
そしてこの言い草。気持ちは分かるけど、今回悪いのは確実に副校長先生の方だ。私が腕組みしてジットリとした視線を送ると、先生は落ち着かない様子で視線を右往左往し始める。多分今頃、私が怒りそうなことを必死に思い出そうとして、心当たりがありすぎてどうしようと慌てているに違いない。
「穂高くんを追い回している、二人の女生徒がいたでしょう。その二人との間に、少々トラブルが発生したようでして」
永井先生が、淡々と事実だけを説明するのを、私は黙って聞いていた。私の役目は、その後にある。かくかくしかじか。
「何だとっ、穂高のヤツ、生徒にそんな暴言を……これだから、教師としての自覚が足らんといつもいつもっ。今回ばかりは見逃さんぞ、あいつ!」
あーあー、やっぱり怒った。あっという間に沸点に達しようとしている副校長先生も、その性格をよく分かっていれば、それからその怒りが自分に向いていなければ、大して怖いものじゃない。永井先生も、もはや慣れたもので落ち着いている。
「副校長先生」
「なんだ、穂高妹の頼みでも、今回は絶対に譲らないからな!俺とあいつの問題じゃなくて、生徒とあいつの問題だ」
「先生」
私がもう一度呼びかけると、先生の目の焦点が私に合って、ちょっとだけ落ち着くのが分かる。
「その話なんですけど、先生のところに兄が相談に来たらしいですね」
「あ?ああ……来ていたかもしれん」
やっぱりこの人、ちゃんと話聞いてなかったなと溜め息を吐きたくなる。
「その時に、先生が『なんとかする』って約束したって聞きましたけど」
「なっ……」
そしてこの顔、自分でそんなことを言ったって、完全に忘れてましたって顔だ。
「そもそも『芸術科』の件も、兄にとって非常に繊細な問題だってことは、理解された上で抜擢されたんですよね?もちろん兄は拒否したはずですが『万全にフォローするから』と言うことで、むりやり押し切られたと聞きました。それなのに、兄が今回困っているのを知っていて、助けて下さらなかったんですか?」
「うっ、それは……」
「先生達のこと、信じてたのに……」
ここは、女子高生の武器を使うべき時だ。私が目を潤ませると、副校長先生は目に見えて慌て始めた。
「その、確かに俺達のフォローが足りていなかった。だが、穂高の態度が教師として問題のあることは」
「はい、それはもちろん分かってます。だから、兄の悪いところは、ちゃんと叱ってあげて下さい。私、副校長先生がずっと兄のこと見捨てないでくれているの、本当に感謝してるんですよ?兄も、口にしないだけで、きっとそうだと思います」
「穂高……」
ちょっと感動した感じで呟く先生に、あともうひと押しとニッコリ笑う。
「でも、兄ばかり悪者にはしないであげて下さいね。二人に追い回されて、本気で参ってたんですよあの人。あの二人の生徒さんにも、ちゃんと反省させて、兄と仲直りさせてあげてくれますか?」
「ああ、約束する」
今回ばかりは、このテキトーな先生も真面目に受け止めてくれたらしい。万事において適当だって言うだけで、矛盾するようだけど元はと言えば教育熱心な先生だったりする。だから、後は任せておいて大丈夫だろうと、そう思ってたんだけど……
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