04 我々は(中略)どこへ行くのか ②
(この二人さえ、いなければ)
あなた達がお兄ちゃんを追いつめさえしなければ、過去を思い出させたりなんかしなければ、お兄ちゃんは声を荒げたりなんかしないで今まで通り穏やかでいられたのに、何の代わり映えもしない日々だとしても、少なくとも死ぬよりも苦しい思いをしながらボロボロになって生きなくても済む平穏を、ようやく手に入れたばかりだったのに。
あなた達が、何もかもを壊しにきたんだと。あなた達さえいなければ、と。私の方が泣き叫んで怒鳴りつけたい気持ちで、頭がおかしくなりそうで。
(それでも、私はこの人を守らなくちゃいけないから)
ここで私まで理性を手放してしまったら、お兄ちゃんの立場はもっと悪くなってしまう。ただでさえ、今の状況は最悪だ。教師が生徒に向かって暴言を吐いて、更に生徒を泣かせて自分はトラウマのフラッシュバックで気絶なんて、考えるだけでも最悪の状況……ここが、お兄ちゃんのホームでなかったら、の話だけど。
まだ、大丈夫。私が上手く立ち回れば、お兄ちゃんは悪者にされずに本当に小さな事件で済む……それこそ、何年も経ってから思い出して、そんなこともあったねなんて笑えるような結末に。ここ常磐なら、お兄ちゃんの事情を知ってる先生は沢山いるし、彼らは味方だ。
見たトコ、泣いてる二人も本当にお兄ちゃんのファンみたいだし、こちらを悪者にして親を連れてきて、お兄ちゃんを追い出しにかかったりしたいワケじゃないはず。それなら、事がこれ以上大きくなる前に『お互いのすれ違いだった』ってことで、穏便に解決するべきだ……私が、そうしてみせる。
私ってこんなに悪だくみ、って言うか計算の早い人間だったっけ、ってくらいの速さでそこまで考えると、比較的落ち着いているらしい黒髪ストレートの女の子に声をかけた。
「学年主任の永井先生か、副校長先生を呼んできてくれる?」
「えっ……その、保健の先生とかじゃなくて、ですか」
私は一瞬そちらも考えたけれど、すぐに頭を横に振った。話を広げないで最短の説明で状況を理解してくれる人、この場に始末をつけることが出来るくらいの権限がある人、それからお兄ちゃんを運べるだけの体力がある人なんて、この二人くらいしかいない。学園長は、ちょっと特殊枠すぎて、逆に事が大きくなりすぎてしまう。
「あの保健医、イケメンなだけで腕力ないからダメ。いいから、早く!」
「っ、はいっ」
私の勢いに押されて、その子が走り去っていく……と思ったら、ビックリするくらい早く戻ってくる。騒ぎを聞きつけて近くまで来ていたらしい永井先生が、女の子を抜かしてこちらに駆け寄ってくる。
「穂高さんっ……穂高くんは」
紛らわしいけど、先生方の私達の呼び分けは大体がこれだ。
「いつものです」
もう、これで通じてしまうレベルでは、永井先生と私達兄妹の関係はそこそこ深い。
「原因は、そこの二人ですか……」
苦い表情になる永井先生に、私は原因が分かってるんじゃないか、と思わず睨みつけてしまう。その視線にビクリとした先生は、それでもこの場の優先順位が分かっているのか、意識を失ったお兄ちゃんを担ぎ上げながら、器用に生徒達を散らしていく。
「穂高先生は、ただの貧血です。心配いらないから、私に任せて教室に戻りなさい」
さすがベテラン教師と言われているだけのことはある。落ち着いた感じで追い払われた野次馬も、永井先生が言うならという感じで道を開ける。
「そこの二人は、次の休み時間になったら私の所に来なさい。事情を聞かせてもらいます」
頷く二人に踵を返して、あまりお兄ちゃんの重さを感じさせない速度で永井先生が歩き出す。もう結構なお年のはずだけど、健康でいらっしゃるよなぁと少し落ち着いた頭でそんなことを考えていると、先生が重い息を吐いた。
「やっぱり、重いですか?他の先生を呼んできた方がいいですか?」
「いえ、逆ですよ……怖いくらいに、軽いんです」
どこか泣きそうな表情で、永井先生は呟いた。
「私達は、この子が一番苦しかった時に何もしてあげられなかった……その罪滅ぼしってわけじゃないですけど、私にできることなら何だってしてあげたいと思ってます。でも、この子はまだ、こんなにも軽くて、相変わらず目を離したら、フッてこの世から消えてしまいそうで……って、いつも済みません。妹さんなのに、こんなこと言って」
私は首を横に振った。永井先生の言いたいことは、私にもよく分かる。それどころか、いつでもその心配をしながら生きている、なんて言ったらこの先生はきっと苦しそうな顔をして、もっと自分を責めるんだろう。そういう人だと、お兄ちゃんも私も知っている。
「先生は兄のこと、十分すぎるくらい助けてくれてますよ」
「そうだと、いいんですがね……今回の件、原因は分かっています。分かっていて、手を貸さなかった我々の落ち度でもある。相談してくれない穂高くんも、穂高くんですけれどね」
私は何だか私が知ってるのと話が違う、と首を傾げた。
「兄は、初日に副校長先生のところに行って『あの二人どうにかしろ』って直談判したって言ってましたけど?それで『なんとかする』って言ってた、って」
本当は『あのクソ親父、やる時はやるけど、基本的に俺より適当でやる気ないからアテにならん』とも言ってたんだけど。私の言葉を聞いて、永井先生はそこはかとなく微妙な、それから頭痛を堪えるような表情を浮かべた。そして、その気持ちも、よく分かるんだよね……




