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04 我々は(中略)どこへ行くのか。長ったらしいけど、核心突いてる。

「はぁ……」


 私がこれ見よがしに溜め息を吐いて見せると、お兄ちゃんは縮こまっていた身体をますます縮めてカメみたいになってしまった。それでも今日は、さすがに見逃してあげるワケにはいかない。何しろ、副校長先生から頼まれちゃったんだもの。


「何て言うか、お兄ちゃんって時々ものすっごく考えなしだよね……」

「……面目ない」


 本気で落ち込んで、キノコっていうよりもコケが生えそうなジメっと感を垂れ流してるお兄ちゃんが、ちょっとかわいそうになってくる。それでも今日の私は鬼軍曹、とまでは行かないけど、腕組みをしてお説教をしなきゃいけない立場だ。


「確かに最近、お兄ちゃんがノイローゼ気味なくらい『あの子達』に悩まされてたのは分かるけど、教師としてっていうより人として言っちゃいけないことがあるでしょ」

「……ごもっともです」


 頭を机にすりつけそうな勢いでビクビクしてる姿は、学年主任とか副校長先生の前ではケロっとした顔でお説教を聞き流していた姿を思い出すと、ちょっと複雑なものがある。妹に怒られる方が怖いとか、どんだけシスコンなの……私も全然人のこと言えないんだけど。


「お兄ちゃんの言葉のどこが間違ってたと思う?」

「生徒に対して『嫌い』とか、傷付けるような言葉を、どんなにイライラしてても言うべきじゃなかった」


 私は頷いて、この後どうやって話を収めるべきかと頭を悩ませた。そもそも、お兄ちゃんが入学式からこの一週間くらい、お兄ちゃんの『過去』を知っている女の子二人に追いかけられて、精神的に参っていたのは知っている。


 他の人から見れば『たかだか一週間』『相手は女子高生だろ』『教師のくせに』なんて言われそうだし、実際お兄ちゃんも直接言われてると思う。それどころか、トラウマのせいで人間不信な人だから、誰かに後ろ指をさされてるって幻聴が今も聞こえてるに違いない。


 この学校の先生達も、お兄ちゃんのそういう事情を知ってるから、必要以上に厳しく言ったりしないし、お兄ちゃんの扱いが良く分かってる私に任せてきたのであって。私だってかれこれ四年は常磐の生徒としてここにいるんだし、今までもこんなトラブルがないワケじゃなかった。でも、あんなに感情をむき出しにして怒鳴ってるお兄ちゃんなんて、もしかしたら初めて見たかもしれない。



 つい数時間前の出来事だ。



 *



『お前らみたいなヤツが、虫唾(むしず)の走るくらいに大嫌いだ……もう俺に付き(まと)わないでくれっ!』



 その、叩きつけるような怒鳴り声が、私には悲鳴にしか聞こえなかった。その声を聞いて駆けつけた私が見たのは、明らかに女子高生に向けるべきではない、手負いの獣みたいな殺気を放ちながら、それでも必死に理性を繋ぎ止めようと、何かを探し求めて視線を揺らすお兄ちゃんの姿。


 そして『あの日』のように、目が合った。その瞬間、何かの糸が切れたように崩れ落ちていくお兄ちゃんに向かって、私は必死に手を伸ばした。もう、あの時みたいに何も出来ずに、お兄ちゃんが壊れていくのを見ているだけの子供じゃないと、自分で自分に証明したかった。そうじゃなきゃ、私も一歩だって前に進めそうもなくて。



「お兄ちゃんっ!」



 ここが公衆の面前で、しかも学校だとか、そういうことが何もかも頭から吹き飛んで、とにかく私は必死だった。とっさに抱き留めて、曲がりなりにも成人男性のくせに細くて軽すぎる身体が、それでも私にはどうしようもなく重くて。



「うっ、あぁ……ひっく……」


「そ、んな……ごめんなさいっ、ごめんなさい……」



 オロオロして、小さな子供みたいに泣き出してしまった女の子達に、この二人がお兄ちゃんの愚痴っていた『天才少女』だとすぐにピンと来た。こんな状況じゃなかったら、思わず見とれちゃいそうなくらいに二人ともカワイイ。


 ただ、お兄ちゃんの過去を知ってるどころか、ファンなのかライバルみたいに思っているのか、お兄ちゃんにとっては思い出したくもない過去のことを、(わめ)き散らしながら追いかけてくるなんて話を事前に聞いていたら素直に可愛い後輩とは思えない。お兄ちゃんも、悪魔か悪夢みたいなヤツらだとボヤいていた。さすがにそれは言い過ぎだって私も思ったけど、本当のところは言い過ぎでもない事態なのは、目の下にクマを作って完全に参ってるお兄ちゃんを見れば分かるから、苦笑することしか出来なかった。


 あの時に行動を起こさなかった私自身にも責任を感じるけど、それよりもこの後輩二人組の方がずっと許せないのは確かだった。目の前でお兄ちゃんが倒れたのがショックだったのか、それとも投げつけられた言葉がショックだったのか、今も泣き続けている(それどころかヒートアップしてる)女の子達に、私はどうしようもない怒りを感じていた。


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