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03 民衆を導く自由の女神 ③

「質問の意図が分からない、以上。他に有意義な質問は」


 無視して視線を逸らすと、視界の隅で八神が真っ赤な顔で椅子に戻るのが見えた。悪いな、お前に恨みはないが、昔のことを聞かれるのは非常に不愉快だったりする。


「はい」


 その凛とした硬い声に、空を切るように美しく伸びた指先に、今度はお前かと溜め息を吐きそうになる。


 腰まで伸びた艶のある美しい黒髪なんて、ファンタジーか平安時代のような外見で、人形のように整っていると表現すべき造形の顔は、それこそ人形のように無表情で一種の不気味ささえある。それでも八神とはまた違った華があって、八神が赤い大輪の薔薇(ばら)なら、白菊(しらぎく)水仙(すいせん)と例えたい和服の似合いそうな文句なしの美人だ。


 このクラスの中で、八神奏より有名かもしれない人間を挙げるとしたら、彼女しかいないだろう。ただし、メディア露出はしていないから、顔を知っているヤツはほとんどいないはずだ……それこそ、一緒に仕事をしたことがあるか、小学生の時に同じコンペなんぞに出てるとか言う同レベルの化け物でもなければ。



 神代梓(こうじろあずさ)


 本名は知らなくても、ペンネーム『KOU(コウ)』を知らないヤツは、特に今の日本の若者世代ではいないんじゃないだろうか。彼女の本名を知った時には、そのペンネームの安直さに思わずのけぞってしまったが……ペンネームなんて、案外そんなものなのかもしれない。


 新時代の到来を告げたMRデバイス『レゾナンス』の登場と同時に、新星のごとく現れたアーティスト。墨象家(ぼくしょうか)……一般的には『前衛書道家(ぜんえいしょどうか)』とか『(すみ)アート』とでも呼んだ方が分かりやすいかもしれない。用いるのは、ただ黒色の墨と筆、もしくはARARTの一般的な筆ツールのみ。黒と白の美しい対比をひたすらに追求しながら、筆遣いは時に荒々しく時に繊細で、表情がコロコロと変わるのに作品を見れば素人目にも『KOU』だと分かる。


 性別も年齢も不詳、ただ発売当初からレゾナンスの日本代表のような扱いで、その『生きている墨絵』はARARTの売出しに大きく貢献していた。今となっては映画やドラマのタイトルとか、ゲームの世界観設定画、身の回りの細々とした生活雑貨だのとコラボしまくっていて、(業界の人間以外は)誰も正体を知らないというミステリアスな感じも相まって、ファンを増やし続けている。


 俺も彼女の作品で売り出されているものを『体験』したことがあるが、押し寄せる黒色の波と鮮やかな白の飛沫(しぶき)は、本当にこれが絵画の世界なのかと思うくらいに本能的な自然への畏怖と憧憬を呼び起こされた。その時に感じた自然の持つ厳しさや冷たさの側面を、閉じ込めたような視線が俺を貫く。ゴクリと唾を飲み込むと、神代は俺の言葉を待つことなく口を開いた。


「そこの小さいツインテールの人は、あなたがかつて『現代印象派』『光の魔術師』と呼ばれ、高校生にして桜花賞(おうかしょう)に手が届きかけた天才だったのに、盗作騒ぎを起こして画壇(がだん)から消えた穂高燿かと聞いているのだと思います。因みに、そのような意図の質問であれば、同じく私も回答を求めます」


 こいつの方がストレートに傷を開いてくる、更に遠慮のない悪魔であるらしい。俺達にとっての桜花賞は、決してカッコいいお馬さんが走るレースのことじゃなくて、カンタンに言えば芸術家の日本一を決めるコンクールのことだ。もっと長ったらしい正式名称があった気もするけど、公式的にも一般的にも桜花賞で名前が通ってる。


 そして俺にとっては、最悪な記憶としてこびりついている舞台の名前でもあったりして……そんな俺がトラウマに呑み込まれる間もなく、前の方に座るツインテール八神がキッと振り返って神代に向かって声を挙げた。


「何が小さいツインテールの人よ、自分も大して背なんか高くないくせに。白々しいったらありゃしないわ、この日本人形お化けっ」


 日本人形お化けとは、なかなか個性的な罵り方だなと、変なところで感心していると無表情であるはずの神代がかすかに嫌悪感のようなものを浮かべたように見えた。


「あなたのような知性の欠片(かけら)もなさそうな顔で、子供じみたツインテールの人なんて存じ上げませんね」

「へぇえ、かのご高名な『KOU』様には、私の顔なんて覚えていられないってことかしら。それとも実は、単なる芸術バカでミジンコ以下の記憶力しかないの?」


 八神が厭味(いやみ)ったらしく口にした『KOU』の名前に教室の半分以上がどよめいた。冷めた目で事態を静観してる数人は、神代梓の正体を知っていた数少ない人間、ということになるんだろう。この世界、何だかんだいって狭いからな。


「……あなたには他人のプライバシーを垂れ流すしか能がないと、自分で喧伝しているようなものですけれど」


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