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03 民衆を導く自由の女神 ②

 高等部一年F組……それが、俺の受け持つ芸術科のクラスだ。他のクラスとは異なり新設されたこともあって、かつては社会科準備室とか言う部屋だったのを改装したらしい教室は、他から微妙に隔離されていて静寂に包まれていた。


(まあ、そうだよな。知り合いなんて、いたとしてもライバルだろうし……一年とは言っても高校生なんだから、騒ぐようなヤツもいないよな)


 小さく息を吸い込んで、ドアに手をかけ、一息にガラリと開けた。


「っ……」


 言葉を、失う。呼吸の仕方を、忘れそうになる。


 それは暴力的なまでの、視線の圧だった。誰もが沈黙を守り、俺を……俺だけを見つめている。いや、値踏みしている、という表現が恐らくは正しい。自分にとって目の前のこの男は敬意を払うに足る人間なのか、自分の三年間を預けるに相応(ふさわ)しい人間なのか。


 ふざけるな、と思った。俺だってこんな場所に、好きこのんで立ってるワケじゃないし、仕事でもなけりゃやってられるかと思う。そうだ、これは仕事だ……俺の仕事は、こいつらを上手く手懐(てなず)けて飼い殺しの、平均的な高校生にすることじゃない。


 グッと息を飲み込んで、教壇に上がる。不思議と心は凪いで、頭は澄み切っていた。ああ、帰ってきた、という感覚がある。それがどこなのかは、分からなかったが。


「芸術科の担任になった、穂高燿だ。美術担当、ちなみにこの常磐の卒業生でもある」


 かすかに意外そうな反応が返る。中学が公立出身ならOBが教師になって戻ってくる、なんて経験もなかなかないのかもしれない。


「まずは、入学おめでとう。お前達が何を目的に何を期待して、この新設された芸術科に足を踏み入れたのか、それぞれの事情は知らない。だが、この先の三年間が実りあるものであるように願っている……最初に告知されて理解しているとは思うが、芸術科の担任と美術の担当は、持ち上がりで俺が受け持つことになった。同じ教師だけに習い続ける危険性も考慮して、外部講師も頻繁に招くことにはなっているが、基本的にイヤでも俺と顔を合わせ続けることになる。そのことに関しては、問題なく通達が行っているな?」


 バラバラと頷きが返ってくるのを確認する。少なくとも、俺が受け持ち続けることを知らずに入ってきた、という顔はなさそうだ。


「それでは、三年間よろしく頼む……何か質問はあるか」

「はい」


 決して大きくはないのに、教室中に響き渡るような声だった。その内容がどうであれ、耳を傾けなくちゃいけないような気にさせられる、そんな感じの雰囲気がある。


 その顔は、調べるまでもなく知っていた。勝ち気な瞳に、自信に満ち(あふ)れてピンと伸びた背中。高校生で実在したのかと、ある意味感心させられそうになる見事なツインテール。幼さの残る顔立ちにもかかわらず、既にカリスマ感をバリバリに(かも)し出していると言う、矛盾したような存在。それとも何も知らなければ、素直に小生意気そうだが可愛い顔だな、とでも思えたんだろうか。


 ただ、恐らくこの教室に座っている者で、彼女のことを知らない人間はいないはずだった。つい数秒前まで、俺が浴びていた視線の矢を一身に受けて、何一つ気にならないかのように堂々と立っている。その姿は、今の俺にはただ眩しく、遠い存在かのように思えた。




 八神奏(やがみかなで)


 この教室の中では、まず間違いなくトップクラスの有名人だろう。その名前は、俺達のような美術畑の人間なら誰でも知っているというだけじゃなくて、一般的にも広く名前と顔が売れていた。中学生にして円熟したルネサンス期の巨匠のような絵を描く、ある意味気持ちの悪いくらいの天才で、その見た目の良さも相まって『天才』だの『天使』だのともてはやされており、メディア露出も多い新進気鋭〈すぎる〉芸術家だ。


 名前ばかりが売れて、評論家連中や頭の固いジジイ共からは酷評されてるが、有名税ってもんだろう。一度彼女の絵を目にすれば、どんなヤツでも黙らざるを得ない。見る人間が見れば、分かる……年齢に見合わない技術の裏付けと、そこに描かれた天上の美の凄みが。


 なんでこんな有名人が俺のクラスに紛れ込んでいるんだ、と嘆いた生徒その一である。



「……なんだ」



 俺の自己紹介と業務連絡のどこに質問なんざする余地があったのか、と逆ギレしそうになるのを押さえて、少し警戒しつつチラリとツインテールに視線を向ける。



「先生は、本当に『あの』穂高燿なんですか」



 来た。美術畑の人間が来るなら、知ってるヤツもいるかと思って警戒していたが、まさか初日から公衆の面前でぶつけてくるかチクショウ。そう思っていると、ツインテール八神奏に集まっていた視線が、一気に俺の方へと戻ってくる。


 まさか、と一つの可能性を思い至るが、その可能性は考えたくなかった。俺は顔が引きつりそうになるのを必死に(こら)えつつ、良く分からないというすっとぼけた顔を作ってみせた。



「俺は生まれた時から穂高燿だが」


「っ、そういう意味じゃありません。ごまかさないでくれますか」



 真顔で視線を送ると、八神は小さく息を呑んだ。



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