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03 民衆を導く自由の女神。最後に立っているヤツは誰だ?

(吐きそう……)


 こんなに緊張したことって、あったっけか。いや、そもそも生まれてこの方、緊張なんてしたことなかったかもしれない。どんなコンクールの前だって、いつも平常心だった……と言うか、ぶっちゃけ結果なんてどうでもいいと思ってたから、緊張せずにいられたんだろう。


(それじゃあ、今は?どうしてこんな、緊張してんだ?)


 人前に立つことは、今までだって山程あった。ここ数年は毎日のように教壇に立ってるし、それこそ中高合わせて全学年かつ全クラスの授業を受け持つなんて、他の教科で考えたらキチガイみたいな授業時間数を大量の生徒を前にこなしてる。それじゃあ、今までとは何が違うのか?そんなもの、本当は分かりきってることだ。


 責任の、重さ。


 俺がこれから受け持つのは『芸術科』の担任だ。本来は、実験的な制度ということで『試しにやってみるかー、んじゃ、美術の穂高くんよろしくね』みたいな軽さだったのに、集まったメンバーはとんでもない粒揃いの『芸術家』の卵、っていうか既に立派な芸術家と呼んでも差し支えないような(やから)もチラホラいる。


 ここはそのまま芸大の最終面接か何かですか、ってくらいの面子(メンツ)……それも『芸術科』なんてわざわざ幅広く名前を取ってるのに、音楽・文芸・演劇その他の人間はいなくて、見事に絵画・彫刻分野で統一されてる。


(どうしてこんなのが集まった……?)


 ただ少なくとも言えるのは、この入学してきた奴らが望んでいるのは『質の高い授業』であることは間違いない。芸術科の名に相応しい格式と、自分達の技術力を底上げして、感性を磨き、これからの世界を生き抜いていくための力を身につける。その(すべ)を与えてくれる……言わば『師匠』のような存在を求めているはずなのであって。


「クソ、本当にそうならぜってー給料上げさせる……」


 明らかに、一介の美術教師に求められることではない。まさか、あのタヌキ親父、もとい学園長はここまで見越して俺に白羽(しらは)の矢を立てたんだろうか。なまじ世話になってるだけあって、あの人の言うことには逆らえない。俺がこれまで自由にやってこれたのも、あのフリーダムな学園長のおかげなのであり、つまり言うことを聞かないと職が危うい。


(別に働かなくても生きていけるっちゃいけるけど、灯に申し訳ないからな)


 兄貴が引きこもりのニートだなんて言ったら、それこそ肩身が狭くて仕方がないだろう。俺のせいで灯がバカにされるようなことだけは避けたい、って言うならこのだらしない生活態度から改善すべきなのかもしれんが、こればっかりはなかなか直らないし。


 そんな風に現実逃避をしていても、高等部一年の教室は一歩ずつ着実に近付いてきてしまっている。それでも俺は、曲りなりにも芸術科の担任を引き受けてしまった瞬間から、教室で待ち受けているだろう生徒達の人生を、少なからず請け負ってしまったんだ。


 もはや、腹を括るしかない。芸術科に限っては高等部からの一クラスのみであり、三年間の持ち上がりで俺が受け持つことが既に決定している。つまり、泣いても笑ってもこの面子で、三年間はやって行かなくちゃならないってことだ。


「行くか……」


 他のクラスはどこも担任が揃っていて、既にワイワイガヤガヤと自己紹介が始まっている。常磐の特殊なところは、高校から編入になるのはせいぜい一クラス分くらいで、他の連中はみんな中学からのエスカレーターだって事だろう。だから、既に誰もが身内みたいな感じで、いまさら自己紹介するまでもなくグループは出来上がっている。


 それもあって、入学式も割とおざなりな感じだ。それでも、常磐に憧れて編入で入ってくる奴らは、やっぱりバリバリに緊張してるものなんであって。それが、俺のクラスの奴らはどうかと思えば、それこそ中等部から在籍してましたみたいなツラで堂々としてるどころか、何となく退屈そうな感じで欠伸(あくび)をしてるヤツまでいた。


(……まあ、緊張してるのは俺だけで、実際のところはあいつらもそんな期待なんてしてないのかもな)


 そう思うと、少しだけ気が楽になる。よく考えれば名門私立とは言っても、芸術関係で何の実績もない高校のカリキュラムに何も期待するものなんてない。ここの売りは元より自由度の高さ……更に芸術科は一般的な教科の授業コマ数が削られ、代わりに美術や音楽に割り振られるという特殊な構成になっている。


 普通の勉強は最低限できてれば良し、後は個人の裁量に(ゆだ)ねられるけど卒業資格はちゃんとくれるなんて、確かにガチな芸術家にとっては最高の環境だ。俺はちょっと、気負いすぎだったのかもしれない。いつも通りでいい……学生にとっちゃ、ちょっと適当な先生であるくらいがちょうど良いんだ。真面目で怖い先生なら、他にいくらでもいるし。


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