02 最後の晩餐 ⑦
お父さんとお母さんは外資系の企業に勤めていて、夫婦揃って今はフランスにいる。昔から仕事とお互いが一番大好きな人間で、私達兄妹のことはお互いがいるから大丈夫でしょってスタンスだった。実際、お兄ちゃんがいれば寂しいことなんて何もなかったし、魔法みたいにお兄ちゃんが作品を生み出すところを眺めているだけで全てが満たされていた。
お兄ちゃんは不器用だけどいつだって優しくて、絵を描きながらだけど私といつまでもおしゃべりしてくれた。どんなに苦しくて悲しいことがあっても『灯を一人きりにはできないから』って言って、ちゃんと戻って来てくれた。
誰よりも幸せになって欲しい人……それでも、そう遠くはない未来で、自分以外の誰かがお兄ちゃんの隣に立っていることを想像したくないと思うのは、やっぱり罪深いことなんだろう。だからって、自分の友達とお兄ちゃんの仲を取り持つなんて、そこまで自虐的なことはしなくたっていいはずだ……結果として、そうなっちゃったワケだけど。
このまま、結ちゃんの恋を応援するのが『正しい』ことなのかもしれない。結ちゃんは優しいし可愛いし、お兄ちゃんのことをあんなに好きになってくれる人なんて、そうそういないはずだ。大抵が、お兄ちゃんの作品に惹かれて寄ってきて、勝手に期待して本人を前にして勝手に幻滅してくつまらない女の人ばかりだった。
それなのに、どうしてもイヤだって心が悲鳴をあげてる。もしも結ちゃんのアタックが上手くいけば、私が手助けなんかしなくたって二人は上手くいくのかもしれない。
(……結ちゃんはいい子だもん。誰が、どう見たって)
家族にだって、どうにもならない傷がある。それを結ちゃんが癒やすことができたなら、そのきっかけになるのだとしたら、お兄ちゃんだって迷わず彼女を受け入れるはずだ。ああ見えて、根は真面目な人だから、元生徒と付き合うとしたら結婚が前提だろう。
教師と生徒。兄と妹。どちらの方が世間的に見て『おかしい』のかくらい、イヤってほど分かってる。もう何年も、現実を突きつけられ続けて、心が麻痺するくらいに疲れてる。生徒は卒業さえしてしまえば、恋愛だって結婚だって自由にできる。でも、妹は何年……何十年経っても妹だ。血の繋がりだけは変わらない。
でも、このまま二人の……ううん、例え結ちゃんじゃなくても、私じゃない誰かとお兄ちゃんの結婚を笑顔で祝福して、そのうち子供が生まれたら、お兄ちゃんに似ているその子を抱っこして、私が絶対に手に入れることのない幸せな家族を外から眺めて。
そんなのは嫌だ。苦しい。悲しい。寂しい。どんな言葉でも、埋められない。
こんなにもこの場所は、寒くて、孤独だ。
それでも、これは存在すらしてはいけない心だから……私が所属している聖歌隊は、許しと救いを与えてくれる神様のために歌うけれど、私の罪はそんな神様でも決して許してはくれない。だからきっと、これは罰だ。私が死ぬまで背負わなきゃいけない十字架だ。
この心を、痛みを吐き出す場所を、性懲りもなく探して歩き続けてる。それでも安息の地はどこにもないから……明日からまた、笑って生きなくちゃいけない。私が結ちゃんの背中を押した……だから、どんなに苦しくても目を背けずにいよう。
どうか永遠に気付かないでいて。だからどうか、そばにいて。
「好き、だよ……」
そんな非生産的な秘密が、冷たい部屋に砕けて消えた。
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