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13 パラソルをさす女 ⑦

「……奨励賞って、なに?」

「……分からん」


 かくして俺達は、真っ白に燃え尽きていた。


 いわゆる桜花賞……正式にはなんたらかたら(略)桜花賞の大賞は、赤の他人が持って行った。正直に言って順当な実力者だったから、見た瞬間から八神も神代も、太刀打ちできないのは分かっていたらしい。


 俺が燃え尽きているうちに、八神と神代が二人仲良くもらって来たのが『奨励賞』などという聞いたこともない代物なのであって。いや、聞いたことはあるが、少なくとも桜花賞にそんなものが存在したことは知らなかった。


 あのファンキー爺さんが、やけにご機嫌でウインク飛ばして来やがったのはこの所為か、と気付いたのも後の祭り。とにかく俺と同じように燃え尽きた八神と神代と、三人で支え合って、どこをどうやってか、俺達の根城であるこの美術室にまで帰ってきたのであり。


「そもそも、桜花賞に桜花賞以外の銀賞とか会長賞とかある、っていうのも知らなかったんだけど」

「それは元からある……ってかお前、桜花賞以外がアウトオブ眼中すぎだろ」

「芸術家なら頂点を目指してナンボよ。当然でしょ」


 いや、多くの芸術家にとっては、桜花賞の周辺の賞だけでも喉から手がでるほど欲しいヤツだと思うぞ……


「奨励賞に関しては、先生もご存知ないのですか?」

「なかった、けど……さっきネットで検索したら、過去に数件の事例はあるらしい」


 なんでも、新進気鋭かつ挑戦的で、前途有望な若者に贈られる賞らしい。何そのフワッとした判断基準。まあ、芸術関係の賞なんてそんなもん……なのか?


「で、これをくれた意図って何よ……」

「……おととい来やがれ、でしょうか」


 首を傾げる八神と神代に、俺はべっちゃりと机に張り付きながらも、思わず元気よくツッコミを入れてしまう。


「いや、なんでお前らはそう喧嘩腰なの?なんか芸術ナンチャラ協会に恨みでもあんの?普通に『頑張りましたで賞』とか『頑張ってくださいね賞』的な扱いだろ。考えてもみろよ、高校生で初参加の桜花賞で入賞したんだぞ?よく分からん賞だけど!」

「そう、よね……よく分からない賞だけど」

「そう、ですね……よく分からなくても、桜花賞に付随する賞ですし」


 微妙な沈黙が落ちる。確かに高望みしすぎというか、身内の贔屓目(ひいきめ)もあるのかもしれないが、こいつらには銀賞くらい分かりやすい賞をあげて欲しかった、とは思う。実際、二人の作品と銀賞作品を並べてどっちを取るか?と問われれば、完全に趣味の世界とでも言うべき差くらいしかなかったワケで。


 だからこそ、だ。



「くや、しい」



 絞り出すような声が、落ちた。


 見れば八神が俯いて、肩を震わせていて。泣いて、た。



「確かに……桜花賞を持っていった方には『勝てない』と思いました。でも、だからこそ」


 そこで言葉を切った神代は、あふれそうな何かを留めるように、震える手で顔を覆った。


「どうして、あれしか出来なかった、のでしょうっ……あんな、あんな表現が、せかいにはあった、のにっ。どうして……」


 どうして、自分はたどり着けなかったのか。どうして、自分に描ききれなかったのか。自分が一番近い場所でこの美しい世界を見ていて、誰よりも上手くそれを(とど)めることができると、そう信じていたものが裏切られる瞬間。


 高望みしすぎだとか、分不相応だとか、そんな外野の声は知らない。俺達に、性別も年齢も立場も、何もかもが関係のないことだ。ただここにあるのは、誰が一番美しさに近い場所にあるのか、ただそれだけだ。どれだけの真摯(しんし)さで向き合い、その美の本質を読み取り……そして人の心に届くように描けたか。ただ、それだけのこと。


 自分の絵は、あれ以上には人の心に届かなかった。そのことを、力量の差を、誰より理解しているのは自分自身だ。だからこそ、こんなにも悔しい。悲しい。痛い、くらいに。


「っ……あぁ……」


 涙が、こぼれた。後から後から、みっともなく顔がぐしゃぐしゃになっても。


「なに、アンタが、泣いてんのっ……」

「そう、ですよ。せんせい……っ」


 俺の涙にもらい泣きのもらい泣きで、二人もまた涙が止められなくなって。



 その時、ガラリとドアの開く音がした。



「奏ちゃん、梓ちゃんっ、結果は……って」


 飛び込んできた来栖が、俺達の惨状に全てを察したのか、言葉を切って駆け寄ってくる。


「二人とも、頑張ったね……頑張った、ねっ」


 更にもらい泣きが一人分追加され、俺達は肩を寄せ合って馬鹿になったみたいに泣き続けた。これまで溜め込んでいた、何もかもを吐き出すみたいに。何も考えないで、済むように。また明日、立ち上がって歩き出すために。



 じりりりりっ



 俺にしか聞こえない、電話のベルが耳の奥で響く。灯だ。


「どうした、あかりっ。今ならお兄ちゃんがっ、なんでも、うけとめてやるぞぉっ。ううっ。ぐすっ……」


『え、ちょっと、どうしたのそのテンション……いや、何となく察したけど、ごめん今ちょっと構ってあげられない。でも、なんでも受け止めてくれるなら、まあ助かるかな』


 珍しく早口になって電話口でまくしたてる灯に、何かがあったと察して思わず涙が引っ込んだ。俺の雰囲気がガラリと変わったのが影響したのか、他の三人の泣き声もピタリと止んで。



「どうかしたか」




『いや、緊急事態じゃないんだけど……私、フランスに行くことにしたから。それで、しばらく日本に戻らないし、色々バタバタすると思うけど、よろしくね。それだけ!』




 一瞬、思考が停止した。それは、それって、十二分に。




「緊急事態じゃんかぁああああっ!」




 *





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