表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/32

第7話 静かな朝と騒がしい疑念

調査の朝は静かに始まる――でも、その奥には。

 夜が明けた。

 鳥の声と共に、村の一日が始まる。


 昨昼の襲撃は、誰にも被害を出すことなく収束した。

 集落の外れ、放牧地の一角での戦闘だったこともあり、避難していた村民たちの多くは、異変の詳細にすら気づいていない。


 戦闘を終えた俺たちは、村長の提案でそのまま村へ戻り、再び村長宅の一室を借りて休息を取った。

 幸い、避難していた村人たちに被害はなく、大きな混乱も起きなかったらしい。


 静かな朝だ。けれど、俺の胸の内は波立っている。


(あのとき、何が起きた──?)


 剣を振るった。斬った。倒した。

 それはいつものことだ。けれど、違った。

 腕に走った感覚。刃を通じて伝わった光。


 確かに、青白い雷が剣に宿った。

 意図していないのに、発現した“力”。


 あれは……本当に、俺のものなのか?


 コンコン、と扉がノックされる。


「おはよう、コバルト。朝ごはんできてるよ」


 エルムの声だ。

 努めて明るい声色だけれど、どこか気遣いが混じっていた。


「……ああ、すぐ行く」


 着替えを済ませ、食堂へ向かう。

 村長と村長婦人、その息子ゾイル、そしてエルムがすでにテーブルについていた。


 席につくと、村長が笑顔で迎えてくれた。


「おはようございます。昨夜はゆっくり眠れましたかな?」

「ああ、おかげさまで。騒がせてしまってすみませんでした」

「とんでもない。村を守ってくださったんですから」


 村長が柔らかく笑う。


 そのとき、隣にいたゾイルが少し声を落として言った。


「……実は、戦闘中の様子、物見台から何人かが見ていました。村の若い衆が“俺たちも行く!”って、クワやスキを持って加勢しようとしてたんです」

「……それで?」

「僕が止めました。あの戦いは、戦いに不慣れな者が入れる場所じゃなかった。けど、皆、自分の村を守ろうとしてました。……心配してるんです、今後のことも」


 ゾイルの声には、誇らしさと責任感がにじんでいた。


 俺は小さく頷いた。


「俺たちが引き受けた依頼だ。必ず、原因を突き止めてみせる」


 朝の光が、食卓のパンとスープを優しく照らしていた。

 けれど、その温もりの裏に、まだ残る“異物”の気配は消えていなかった。


 夫人は湯気の立つスープを前に、俺に向かって穏やかに微笑んだ。


「昨昼は本当にありがとうございました。おかげで、村の者に被害は一切出ませんでした」


 婦人の目には、心からの安堵と礼がにじんでいる。


「まだ安心はできません。調査は続けます」

「ええ、承知しています。ゾイルにもできるだけ協力させますので」


 ゾイルは真剣な面持ちでうなずいた。


「昨日のことがあって、若い衆の間でも“何があったのか”って話になってます。みんな、自分の村のことだからって……落ち着かないみたいで」


「……それだけ、この土地を大事に思ってるんだな」


「はい。だからこそ、僕もちゃんと役目を果たしたいと思ってます」


 言葉はまだ青いが、その瞳には覚悟が宿っていた。

 その真っ直ぐさに、自然と胸を張って応えたくなる。


 食卓には、香ばしいパンと具だくさんのスープ、炙ったベーコン、そして冷たいティカバ産のミルク。

 平穏な朝の光景が、昨日の戦いが夢だったかのような錯覚すら呼び起こす。


 だが、忘れるわけにはいかない。

 この村の“日常”を守るためにこそ、俺たちはここにいるのだ。


 食後、ゾイルの案内で俺とエルムは再び調査に出発する準備を整えた。

 村長宅を出たところで、彼女がふと歩幅を合わせてきた。


「……コバルト」

「ん?」

「昨日のこと、食卓じゃ話せなかったけど……聞いていい?」

「……ああ」


 歩きながら、俺は言葉を選ぶ。

 言いづらい。でも、話さなきゃならない。


「戦ったとき……何かが、俺の中で騒いでた。力が勝手に流れ込んでくるみたいに。あれは……俺の意思じゃない」


 エルムは黙って聞いていた。

 しばらくして、ぽつりと口を開いた。


「やっぱり、“反応”だったんだね。私も見てた。剣に宿ってたあの雷、完全に“発現”してた」

「……偶然だと思うか?」

「思わない。タイミングが良すぎるし、反応の質も普通じゃない。“何か”がきっかけを作ったとしか思えない」


 彼女の声は、学者としての冷静さと、友人としての優しさが混ざっていた。


「魔力じゃ説明がつかない。でも、確実に“力”だった。……それだけは、確かだよ」


 その言葉が、不思議と心に落ち着きを与えてくれた。


 これが何なのかはまだ分からない。

 けれど、俺一人で抱え込む必要はない。

 そう思えたのは、きっと彼女の存在があったからだ。


***********************************************************************************


 午前の陽が、村の空気をゆっくりと温めていく。

 濡れた牧草の匂いが、土と風に溶けて広がっていた。


 ゾイルの案内で、俺とエルムは昨日戦闘があった周辺を再び訪れた。

 村の外れ、放牧地の柵沿い。牛や羊の姿はすでになく、今朝は近づけていないのだという。


「昨夜の戦いのあと、一応こっちには誰も入れてません。痕跡が残ってるかもしれないと思って」


 ゾイルが真面目な顔でそう言った。


「助かる。できるだけ“手が加わっていない状態”を見たいんだ」


 俺はうなずきながら、草地の一帯を見渡した。

 昨日、あの白目の魔物が跳びかかってきたあたり。踏み荒らされた草がまだ乱れたまま残っている。


 エルムは地図と採取記録を手に、地形と照らし合わせながら歩を進める。

 その動きに迷いはない。魔法学の研究者としての、確かな“職人の手付き”だった。


「……ここが、魔力の反応が途切れた地点ね。昨日も一度通ったけど、今朝は空気の質が微妙に違う」


 彼女が低く呟いた。

 その横顔は冴えていて、どこか戦闘中よりも緊張しているようにも見えた。


「やっぱり、痕跡が残ってるか?」

「残ってる……けど、すごく微弱。まるで拡散させられたみたいな反応なの」

「自然に拡散したんじゃなくて、何か“消された”って感じか?」

「その可能性、あるかも。……ねえコバルト、これ見て」


 エルムが草をかき分け、昨日戦った一角のすぐ傍を指差す。

 地面の色が、周囲よりわずかに沈んでいた。


 俺はしゃがみこみ、指でその土をすくい取って、鼻先に寄せる。


「焦げた匂い……魔力の残り香とはちょっと違うな。もっと“鉄っぽい”」

「うん。私もそう思ってた。……なんていうか、自然界の反応じゃない。無理やり何かを変質させた跡」

「生体変質……錬成系の魔術か?」

「可能性はあるけど、あの個体の行動からして“完全制御”はされてなかったと思う。失敗作、あるいは試作段階かも」


 俺はわずかに目を細めた。

 失敗作──なら、作った奴がいるということだ。


「……ゾイル」

「はい?」

「この村の近くに、研究施設とか……実験用の離れみたいな建物って、何かあるか?」

「いえ、公式には聞いたことがありません。ただ……少し離れた森の奥に、昔、開拓が中止された集落跡があると聞いたことがあります」


 ゾイルの言葉に、エルムが目を上げた。


「それ、場所わかる?」

「はい。案内できます」

「午後はそこを見たい。下調べなしに踏み込むのは危険だけど……ここに何があるのか、もう少し確かめたいの」


 その声は静かだったが、決意に満ちていた。

 昨夜の戦いで命を懸けたからこそ、見過ごせないものがある──そんな意思が、彼女の背に見えた。


 俺は小さくうなずいた。


「わかった。昼までにここを一通り調べて、午後はその集落跡へ行こう」


 集落跡へ向かう前に、俺たちは午前の調査を終えることにした。

 エルムは探知魔法を小まめに切り替えながら、記録と地図を照らし合わせている。


「……この辺りの反応は昨日とほとんど変わらない。濃度は落ち着いてきてるけど、やっぱり普通じゃない」


 魔力濃度の“異常な残り方”。

 魔物の痕跡とは思えない、不自然な拡散。

 それらが示すのは、“力”の種類そのものが異質であるということだった。


「村に入ってきた魔物が、偶然この土地を通ったってわけじゃなさそうだな」

「うん。なんていうか、あの魔物、はじめから“このあたりを拠点にしてた”みたいな……そんな感じ」


 エルムは指を広げて地図の上にかざすと、魔力の反応を点で示していく。

 昨日から今日にかけての記録が幾重にも重なり、不気味な曲線を描いていた。


 ちょうどそのとき──ゾイルがやや離れた場所から声を上げた。


「コバルトさん、こっちを見てください。……これ、土の色が違います」


 俺とエルムが駆け寄ると、ゾイルが指差した先の地面には、円形に枯れた草がぽっかりと空いていた。

 その中心、わずかに地面が盛り上がっていた。


「焦げた跡か?……いや、これは──」


 俺は剣の柄尻で軽く土を突き、表層を払う。

 出てきたのは、赤黒く変色した金属片のようなものだった。


「これ……金属?」

「鉄、じゃない……魔道金属の反応がある。しかも、加工されてる」


 エルムがそっと指先で触れると、微かに青白い光が走った。

 それはまるで、“反応すること”が前提で仕込まれていたかのようだった。


「何かの“装置”の破片……それとも、“注入具”みたいなものかも」

「つまり、あの魔物……誰かの手で作られていた可能性があるってことか」


 エルムは黙って頷いた。

 ゾイルも言葉を失ったまま、土の上にしゃがみ込む。


「これ、村の人には……」

「伝えないほうがいいな。まだ断定はできないし、下手に不安を煽るのもよくない」


 俺の言葉に、ゾイルはきりっと表情を引き締めた。


「わかりました。僕の口からは何も言いません。でも、今日の午後……絶対に何か掴みましょう」

「ああ。そうする」


 俺は立ち上がり、空を見上げた。


 陽は少しずつ傾き始めている。

 空気はまだ穏やかで、風は清々しく、雲も澄んでいた。


 ──けれど。

 この静けさの裏に、確かに何かが潜んでいる。


 それが何かは、まだ見えない。

 だが、“兆し”は確かに現れはじめていた。 

何もない静けさが、一番こわいのかもしれませんね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ