第3話 ティカバ・プリン
複合魔法の才女もスイーツには勝てない!?
冒険者ギルドでエルムと再会してから1週間、依頼元である農村「ティカバ」に到着した。臨時パーティとして依頼を受諾したのち、装備品や資材の準備に5日、馬車での移動に2日かかっている。
本当は準備期間をもう少し短くすることもできたが、エルムから「採取する素材のリストアップに少し時間をかけたい」との申し出を受け、この日程となった。もともと自分だけじゃ受けなかったであろう依頼、異論はない。
ティカバは肥沃な大地が栄養価の高い牧草を育て、広大なエリアで放し飼いにされた牛や豚や鳥がすくすくと育っている。この恵まれた環境がティカバに多くの良質な畜産物(食肉、牛乳、乳製品、卵など)をもたらした。
ティカバ産を求める声は王国内のあちこちで年々大きくなっており、今や王都で出回る畜産物の大半はティカバ産である。周辺地域との交易も盛んになりつつあり、農村としては裕福であった。
「んんん〜〜〜っっっ!! 着いたね。空気が美味しいっていうか、さわやかな感じがする」
馬車から降りたエルムが大きく伸びをしながら言った。
「まずは村長のところへ行こう。近況を知りたいし、依頼内容に齟齬がないかも確認したい」
「ぇー、せっかくこんなのどかなとこに来たんだし、ちょっとくらいのんびりしていこうよ。ほらほら、あのお店の看板見てよ! 『ティカバ牛のミルク100%使用、ティカバ・プリン』だって!! 王都じゃ朝から並んでないと食べれないんだよ!?」
溢れんばかりのスイーツ愛を語るエルム。
「……うん、気持ちは分かった。でも、村長のところが先。10日くらいは滞在するから、1度と言わず何度か来れると思うよ」
「そう、何度も来れるのね? 憧れのティカバ・プリンを何度も……ふふふふ……」
エルムの意識がどこか遠くに行ってしまった。その表情は恍惚としており、実に幸せそうに見える。現実に戻すのも何だ躊躇われたので、そのまま引き連れて村長宅へと向かうことにした。
すれ違う人に道を尋ねること数回、村長宅に無事たどり着いた。ティカバで見かける他の家と同じく木造の平屋だが、大きさは他に比べて3倍ぐらいはある。庭先で薪を割っている30代半ばの男性に声をかけた。
「すいません、冒険者ギルドの依頼でやってきましたコバルトと申します。村長に取り次いで貰えますか?」
「父なら中にいると思います。少しお待ちください」
村長にしては若いと思ったが息子だったのか。
彼は手斧を足元の切り株に立て掛けると、首からかけた布で額を拭いながら家屋に入って行った。あまり時間を置かず、再び彼が扉のむこうから姿をあらわす。
「お待たせしました、どうぞお入り下さい」
部屋に通されると応接セットのソファに座るよう促される。向かいの席には村長と思われる初老の男性が座り、こちらの様子を窺っていた。
「 失礼します。私は冒険者ギルドの依頼でこちらに伺いました、コバルトと申します」
「まぁまぁ冒険者殿、そう固くならずに。村長のゾイです。冒険者ギルドの依頼というと、家畜被害の調査を受けてもらえるので?」
「はい、こちらが依頼書です」
そういうと俺はギルドの受諾証明が押印された依頼書を取り出し、村長に手渡した。
「確かにティカバから出した依頼です。いやぁ、ありがたい。こんなに早く受諾してもらえるとは」
今回の依頼の場合、調査範囲はティカバの周辺全域となる。放牧範囲を含めると広大な範囲となるため、探索スキルの有無が依頼達成の成否に大きく影響を与えると言っていい。俺が単独で依頼を受ける踏ん切りがつかなかったのもそこに原因がある。
探索スキル持ちの冒険者は交易キャラバンの護衛、あるいはダンジョン攻略など、基本的に長期間にわたる依頼を受けることが多い。探索スキルを要する依頼は探索スキル持ちとタイミングが合わない限り受諾されず、そのため依頼の達成料は同難易度のものに比べて高い傾向にあった。
「今日はもう日も暮れますから、活動は明日からでもいいでしょう。取り掛かるにしたって、あらかじめ話しておかなきゃならん事もありますしね」
そう言うと村長は壁際の棚から琥珀色のボトル、それとグラスを2つ手に取り、1つをこちらに差し出した。
「長話には酒が欠かせなくてね。ひとつ、お付き合いいただいても?」
「喜んで」
横で「毎食プリン……毎食プリン……」と不気味につぶやき続けるエルムを尻目に俺と村長は酒を酌み交わし、ティカバの夜は更けていくのであった。
エルムは優秀な子なんです。ちょっと甘いものが好きなだけです。きっとそうなんです。