第1話 オーガ・キラー
読み専でした。初めての投稿作品です。
のんびりペースで執筆したいと思います。
※この話には後の伏線となる“異変”が含まれます。
「……まだだ。何かが足りない」
休むことなく一角ウサギを屠りながら、思わず毒づく。今さら初級者向けの魔物をいくら倒しても、得られる経験なんて知れている。
剣の腕はとっくに中級者の粋を越え、今やゴブリンならひと振りの剣圧だけで屠ることができた。
俺が通ったあとには、希少部位も切り取られないまま放置された一角ウサギの残骸が無数に転がっていた。子供でも討伐できる魔物に何を期待するというのか。
そんな事は自分でもわかっている。たまたま遭遇した群れに当たり散らしているだけだ。
ふいに、左手首につけた銀色の腕輪から声が聞こえた。
『分相応というものがあるだろう』
外側についた水色の宝玉が声に合わせて明滅している。
「だからって、このまま何もしないわけには……」
この意思を持つ腕輪・シアンは我が家に代々伝わる家宝だ。なんでも昔、ご先祖様が先の大戦で数々の武勲を打ち立て、ブルーの姓とともに国王陛下から下賜されたそうな。
『では聞くが、何をそんなに焦る?』
「……焦ってるわけじゃない。ただ、何かが引っかかってるんだ」
『引っかかる、とな?』
「剣を振っているとき、まれにだけど……動きに妙な“前借り感”というか、間合いを詰めた感触がズレるときがある」
「……あのとき、鬼神族を斬った時も──変だった」
剣が、自分の意志じゃない何かに押されるように動いた感覚。
手に残った熱。焼けつくような、でも確かに“力”の感触。
『主殿がまだ名づけておらぬ“力”が、時折顔を覗かせているのやもしれん』
『それに気づき、向き合う日が来る。そのときこそ、真に“己の剣”を手にすることになろう』
「……あれは運が良かっただけだ。剣技のみで鬼神族と渡り合う機会なんぞ、何度もあってたまるか」
『ふむ、謙遜か。だが周囲は“鬼神族殺し”などと持て囃しておるぞ?』
「そんなの、実態を知らない奴らの戯言さ。……でも、剣が勝手に動いたような気がしたのも確かだ」
『それを“まぐれ”と処理するのは、少しばかり惜しいな』
もともと平民だったご先祖様は、ひょんなことから当時の騎士団長に腕を買われ、王国騎士となった。
通常、騎士団に入るには厳しい選抜試験を受けなければならない。そして受験には貴族の当主または上級騎士の推薦が必要となる。上級騎士はよほど飛び抜けた素養がない限り受験者を推薦する事などないため、団員は貴族の子女やその関係者が圧倒的に多かった。
しかし何事にも例外というものがある。
騎士団長が団員候補を推薦し、王族が承認した場合、推薦を受けた者は選抜試験なしに入団することができる。
この団長推薦で入団した騎士は飛び抜けて優秀な者がいる一方、出自に関係なく試験を受ける必要もないため、一部の貴族には不評であった。
平民上がりの騎士をよく思わない一部の勢力によって、激戦区にばかり送り込まれるご先祖様。
ところが彼は数々の悪意をものともせず快進撃を続け、いくつもの戦功を重ねた結果、終戦時の特別褒賞で男爵へ叙爵、つまり末端とはいえ土地持ち貴族にまで出世してしまったんだから驚きだ。平民上がりの騎士イージアンが、ブルーの姓と共に意思ある腕輪シアンを国王陛下から賜ったのはこのとき。
その末裔が俺、コバルト・ブルー。当代ブルー男爵・インディゴの次男にあたる。
『同世代の剣士では突出した技能を持ち、その剣技は鬼神族を相手取っても単独で撃破する……なぁ、鬼神族殺しよ』
「……」
数々の武勲を挙げた名門といえば聞こえは良いが、古参貴族から「成り上がりの脳筋貴族」と揶揄されていること位は承知している。
剣術ぐらいしか取り柄がなく冒険者として生計を立てている次男の俺はともかく、父上や長兄・ターコイズの評価としては見当外れだ。
特に兄上など「馬鹿だと思われてるほうが都合がいいじゃないか」と悪評を逆手に取り、ことあるごとに古参貴族たちを手痛い目に合わせているのだから。
表向き領主の補佐ながら、領地経営を実質的に回しているのも兄上だ。王都学院時代に築いた様々なコネを駆使し、政務を立派にこなされている。
『良いではないか、主殿。闘気や魔法に頼らずとも、純粋な剣技のみで敵を圧倒できるのだから』
「……あれは本当に、“俺の剣”だったのか。今はまだ、分からない」
『ほう?』
「あのとき──剣を振った瞬間、一瞬だけ、腕の奥が痺れるような感覚があったんだ。熱を帯びるというか……剣が、自分の意志じゃない力で走ったような。俺の中に、何か違うものがあるような気がして」
『気づこうとしなければ、教えたところで意味はない。だが主殿の“違和感”こそが、兆しというものだ』
闘気は生命エネルギーを操る技術、魔法は魔力によって超常現象を発現する技術だ。父上は闘気を用いた剣の名手、母上は結婚するまで王都の魔法研究所に勤めていた。圧倒的ではないにしろ、両親の持つ能力はどちらも一般的な平均を軽く上回る。
ところが俺はこの2人の間に生まれながら、どちらの才能も受け継がなかったようだ。闘気を纏うことはできず、魔法も発現しない。だからこそ、剣術だけを必死に磨いてきた。
『周りもそう思ってくれていると良いがな』
シアンの声は、どこか遠回しでいて、やけに現実的だった。
剣しかない自分を、周囲がどう見ているのか──そんなこと、本当はとうにわかっている。
“努力してきた”なんて言葉を、嘲笑とともに片づけられることくらい、何度もあった。
「だからこうして……」
『地道に鍛錬を積んでいると? その心意気は買うがな、物事には限度というものがあるぞ?』
「はっきり言ってくれ。俺の剣はもう……限界に達したのか?」
『否。今の主殿が一角ウサギごときをいくら狩ったところで、何も得られんという話だ。少なくともハイオークぐらいでなければ。あれはタフで図体もでかいからな。十体ほど斬ってようやく、筋肉に問いかけられるぞ?それでも二桁は狩らねば話にならんよ』
……あれは、すべての始まりだった。事の発端は2週間前に遡る。
背景説明が何かクドいし話が全然進まない(苦笑)
次回、幼馴染み登場の回想予定です。
※補足:過去のオーガ討伐には“異変”が隠されていた可能性があり、今後につながる布石となっています。