第97話 御伽の世界7
自室に戻った魔女は、魔法の鏡に問い掛けた。
衛兵の話では、制止しようとする騎士達を、まるで意に介さず、自宅から出掛ける様に牢屋と城下町を行き来したそうだが、その様な猛者ならば、その名が自分の耳に入らない訳が無い。
「鏡よ鏡、あの男は何者だい?」
「あの男は、異世界の住人。
あの男は、異世界の魔王」
魔女は思い出した。
古文書に記されている、悪魔とも違う邪悪な存在……魔界の支配者”魔王”。
他の世界へ進軍し、我が物にしようとする忌むべき存在が、まさか自分の国に居ようとは……。
本来ならば、全戦力を集結し、今すぐにでも討ち取らなければならないのだが、魔女の思考は少しズレている様だ。
”魔王の力……是が非でも手に入れたい”
その方法を考える前に……どうしても確かめたい事がある。
”この世界で誰が一番美しいのか”である。
「鏡よ鏡、この世界で一番美しいのは誰だい?」
「この世界で一番美しいのは、アリス、リリア、ディーテ。
この3名が等しく最も美しい」
「…………」
(生きておるではないか……)
「鏡よ鏡、その女達は何処に居る?」
「不思議の国。
アリス、リリア、ディーテは不思議の国に居る。
カーラも一緒に居る。少しは心配しろ。世界で4番目」
何という幸運。
不思議の国の女王とは仲がいいのだ。
暫しの思考の後、魔女は不思議の国の女王へ手紙を書いたのだった。
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一方、魔界の森の街では。
子供達から兵員の選抜を任されたベレトとミダスは、御伽の世界へ派兵する部隊の編成を行っていた。
今回の戦地は異世界。王妃達が行方不明となり、魔王が囚われの身となる未曾有の事態だ。
そこには、強力な敵の存在がある事等、容易に想像出来た。
サタナス国には600万の兵員が配備されている。
その中で、普段、警察機関的な業務に従事している兵士を除き、志願兵を募った所、500万の兵士が名乗りを挙げたのだった。
ベレトとミダスは、第1陣として500万の兵士の中から1万名を選抜し、統合能力特殊作戦軍を編成したのだ。
広大な敷地に整列する兵士達。
一糸乱れぬ立ち姿は、紛れも無く精鋭揃いだ。
そんな兵士達に、ミダスから檄が飛んだ。
「聞け!!役立たず共っ!!
お前達は、役立たずにも関わらずっ!!のこのこ志願してきたっ!!頭の中身はちゃんと入ってるのかっ!!ピクニックじゃねぇぞっ!!
何処で何をするのか分かっているのかっ!!?」
『我々は異世界へ行き、王と王妃を救出しますっ!!』
「その通りだっ!!
王子と王女は、先程異世界へ渡ったっ!!
此処に集まっただけで!!役立たずの出番は無いかも知れねぇぞっ!!いいのかっ!!?」
『構いませんっ!!』
「とんでもない化け物が居るかも知れないぞっ!!お前等みたいな役立たずは真っ先に死ぬだろうっ!!いいのかっ!!!」
『死にませんっ!!我等、魔王軍は最強ですっ!!』
「よしっ!!
お前等は、物覚えの悪いグズで役立たずの集まりだっ!!
一度しか言わないから良く聞けっ!!
目的を達成し、全員で帰還せよっ!!
その寝惚けた面を引っ叩く俺の楽しみを奪うなっ!!分かったかっっ !!!」
『イェッサーッッ!!!』
転移する先は、王子と王女の近くになる予定だが、万が一合流出来なかった場合は、ベレトと、デアシアの後任として特殊部隊長となったテイトが一個旅団づつを指揮する事になる。
無事合流出来れば、子供達と従者の指揮下だ。
第2陣として、魔導機甲師団と魔導歩兵師団を投入するらしい。
この第2陣は、兵站線や退路の確保等、後方支援を行う予定だが、状況次第では敵の主要軍事施設を遠距離砲撃で破壊する。
因みに、第三陣まで予定していた様だ。
万が一の事態に備えて準備させていたらしいが、その兵員数は150万、そして大量の大型魔道兵器……
俺や王妃達は勿論、王子や王女が命を落とす様な事態が発生した時の報復用であり、最早民間への被害は免れないだろう。
それは、まさに魔王軍による異世界焦土作戦であり、第三陣の派兵がない事を祈るばかりだ。
この様に、魔界では派兵の準備が着々と進んでいた。
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流石は魔女だ……ぶっ飛んでやがる。
箒に跨って、そのまま宇宙の彼方へぶっ飛んで行ってくれればいいのに……
王の間を出て、牢屋に戻った。
時刻は正午、夕食には肉料理を用意しろとは言ったが、まだまだ時間がある。
退屈だったので、本を持って来させ読書を楽しんでいた。
読書をしていると、巨大な地震が発生し、城は大きく揺れた。
御伽の世界は、地震が頻発するのだろうか?
気にせず読書をしていると、今度は念話が来た。
子供達からだ。
”パパ!?生きてる!?怪我はない?”
”クロエ!?どうして御伽の世界に居るんだ!?”
その時、俺は初めて今回の救出作戦について知るのだが……
ミダスが張り切っていると聞いて、嫌な予感しかしないのは何故だろうか……
オリオンは国の防衛を指揮する為、魔界に残っているそうだが、他の3名は御伽の世界の何処かに潜伏している。
ならば、救出作戦を最後の試練とするのも良いかも知れないと思い、俺は戦力外に徹する事にしたのだ。
御伽の世界は開発されてはいるが、未知の領域な訳だし、達成条件に”全員で”とも書いていないのだ。
”2時間程拷問されたが、何とか大丈夫だ……生きてる”
”拷問!?すぐに助けてあげるっ!!”
”まだダメだ!ママ達が、地下の迷路か国か分からない所に居るんだ。地上に出てくるのに少し時間が掛かる。今動くとママ達が危険だ”
”分かった……暫く情報収集するから……絶対に死んじゃダメだよ?”
大丈夫!ピンピンしてますとも!
その翌朝。
兵士達に買って来させたカラスのパンを食べていると、俺は再び魔女の元へ連れて行かれた。
「答えを聞かせてもらおうか?」
そこには、やはり王の姿は無く、魔女のみだ。
「……情夫になるぐらいなら、一生牢屋で構わない」
「意地を張るな……私と共に過ごせば、死んだ妻の事など直ぐに忘れられよう……」
そう言うと、魔女は俺に魔法を掛けた。
徐々に遠のく意識……その魔法は強力な思考操作系だったのだ。
「湯浴みをさせ、この者に相応しい召し物を用意せよ」
遠くで聞こえる魔女の声。
まるで人形の様になった俺を見て、魔女は不気味に微笑んだ。
着々と進む魔王救出作戦。
しかし、クイーン グリムヒルデの元には、それを妨げる様に武闘会の参加者である各国の猛者と兵士達が集結しつつあったのだ。