第95話 御伽の世界5
「私達は、旦那様との旅行を楽しんでるの!!邪魔しないでよ!!」
怒る竜王アリス。
出発する前に、攻撃魔法は勿論、暴力全般厳禁だと言い聞かせたのだが、怒りながらも、ちゃんと言い付けを守っている。
殺しに掛かる気配の無い怒ったアリスは、とても可愛らしいのだ。
しかし、そんな可愛いアリス達に対し、騎士達は剣を抜き、更に威嚇し始めたのだ。
「お前達……俺の妻に刃を向けるという事が……どういう事か分かっているのであろうな?」
(だ、旦那様がキレちゃう!私には暴力全般厳禁って言ってたのに!)
煙草を吸う女はちょっと……とか言う奴に限って、自分は煙草を吸っていたりする。
世の中そんなものだ。
漸く、俺の方を向いた騎士達。
俺の見た目は、二十歳前後で丸腰。魔力も限界まで抑えていたので、何の脅威にも感じなかった事だろう。
数名の騎士は、俺を取り囲み喉元に剣をチラつかせた。
「童が……自分の命が風前の灯だという事ぐらい、この状況を見れば馬鹿でも分かるだろうに」
「いや……俺は大馬鹿野郎だからよく分からねぇ」
親指の指節間関節を使った、良く握り込まれた神速の回し打ち。
斜め後ろへの衝撃波の様な足刀。
当たった事さえも気付かない、飛燕の飛び回し蹴り。
顬に打ち込まれた回し打ちは、兜はおろか頭蓋をも破壊し眉間の位置までめり込む。
背後へ放たれた足刀は、鎧など意に介さず心臓を押し潰し、飛び回し蹴りは騎士の頭部と胴体を分断した。
様に見えた。
顬への打撃を受けた騎士団長は、数年後、癒えない恐怖に震えながら証言した。
「えぇ、間違いなく死にましたよ。
目の前に、兜の破片が舞っているのが見えました。その後は、視界がブラックアウトし冥府を彷徨ったのです。
深淵の縁を漂う私は……何かこう……巨大な手の様なものに無理矢理引き揚げられたと感じました。次の瞬間、私の意識は戻り……無傷で現場に立っていたのです。
まぁ、兜は砕け散っていましたけどね」
打撃の直撃と同時に、上位の回復魔法も叩き込む。
命を絶つ間も無く、修復し回復させる。
だが恐らく、騎士達は”死”を体験しただろう。
「緊急事態が発生しているぞ?対処しなくていいのか?」
無数に居る騎士達は理解出来なかった。
団長と2人の同僚は、確かに惨殺された様に見えたのだ。
しかし、人形の様に立ち尽くしてはいるものの、潰された頭部と胸部は勿論、引きちぎられた首も無傷であり、鎧のみが無惨にも破壊されていたのだから。
呆気に取られる騎士達だったが、まだ戦意喪失とまでは至っていない様だ。
見せしめに、もう1人始末しよう。
少し離れた所に居た騎士の人中に、ややスピードを落とした一本拳を打ち込む。
またしても、兜は砕け散り、その勢いは減衰する事なく、拳は後頭部を突き破った。
「ヒィィ!!」
腰を抜かす騎士達。
始末しようとは言ったが、先程と同じ様に回復魔法も発動しているのだ。
死んではいない。
蚊帳の外状態でイライラしている所に、妻達に刃を向ける暴挙で更にムカついたのもあるが、俺は旅行を楽しみたいのだ。
コイツらを生かして城に戻し、俺の事を報告してもらう。
そして、それなりの規模の部隊が編成されて、捜索が始まるまでに数日掛かるだろうと予想している。
その数日の間に旅行を楽しみ、捕まる事無くおさらばするのだ。
しかし……
「あんた達!こっちよ!!」
「え?カーラちゃん!ちょっと!」
カーラは、逃げるチャンスと思った様だ。
アリスの手を引き、駆け出してしまった……
その数分後。
リリアから念話が来た。
”だんな様?林を抜けて少し行った所で、カーラちゃんが穴に落ちてしまいました。少し深い穴みたい……”
(ったく、あの子は何してんだ……)
”カーラを任せていいか?俺はコイツらに説教してから行くよ”
”はーい//”
「さてと……貴様等、よくも旅行の邪魔をしてくれたな……」
1列に整列させ、全員を正座させる俺。
斬首されると思い、怯える騎士達。
中には、覚悟を決めて静かに目を閉じる者も居た。
「殺しはしない。が……
城に戻り、主に報告するのだ。
100や200じゃ死体の山が出来るだけだろうとな!!」
そして、俺は全員のみぞおちに軽めのトーキックを見舞ってやったのだ。
「グフッ!!……。」
「……ッッッッ!!」
「お、お前は……一体何者だ……ハァハァ」
悶えながらも、問い掛ける騎士。
「越後の縮緬問屋だ」
「「……?」」
何それ?みたいな顔をしていたので、もう1発づつ喰らわしてやろうかと思ったが、妻達が心配だ。
俺は、カーラと妻達が走って行った方へ歩き出した。
林を抜け、暫く進んだがカーラが落ちたという穴は一向に見付からない。
”みんな無事か?穴が見当たらないんだが……”
”……………”
念話は通じなかった。
俺は、黒ムック通話を試みた。
黒ムックは、過去だろうが未来だろうが、別次元だろうがお構い無しなのだ。
”みんな、聞こえるか?”
”あ!旦那様だ!良かった、念話がつかえなくて困ってたの!”
”黒ムック回線なら大丈夫みたいだな。今、穴を探してるんだが見当たらないんだ”
”グルナ、穴は塞がってるらしいぞ!”
”何だって!!?”
妻達の話では、カーラを助ける為に穴に入ったところ、足を滑らせて自分達も落ちてしまったそうだ。
穴の底はクッションの様に柔らかく、怪我は無いらしい。
カーラを背負い穴を登ろうとしていた妻達の元に、人語を話す服を着た兎が現れ、穴は塞がっている事を告げたそうだ。
出口が有るか聞いたところ、有るらしい。
その出口とは……
クイーン グリムヒルデの城に隣接した森だそうだ。
”すぐに出れそうなのか?”
”うーん、すぐには無理みたい……”
”じゃあ、何時でも合流出来る様に、魔女の城で待たせてもらうよ。気をつけてな”
”はーい//”
妻達は、魔王である俺の心配などしていない。
しかし、俺は妻達が心配で心配で仕方無かった。
折角の旅行を台無しにした挙句、こんなにも不安な気持ちにさせやがって……
俺は3人妻が居るから不安も心配も3倍なんだぞ!!
絶対に許さん……
せめて、地上に出て来た妻達が危険に晒されない様に、魔女の国の軍事力を無力化しておこうと思う。
俺は、先程解放した騎士達の元へ戻った。
一方、林の中で治療を行っていた騎士達は困り果てていた。
女達を見失い、丸腰の男に壊滅させられたなど、一体何と報告したらいいのか……
虚偽の報告等以ての外、しかし、銀髪の男に言われた通り報告すれば首が飛ぶだろう……
いや、事実をありのまま報告するしかあるまい……
団長が覚悟を決め、城へ移動しようとした時、1人の騎士が叫んだ。
「ヒィィ!縮緬問屋が帰って来た!!」
「何だと!!?」
見逃してくれたのではないのか?上げて落とす作戦だったのか!?
どういう意図だったかは分からないが、2度目は無いだろう。
そうだ。アイツは古文書で語り継がれている”悪魔”とやらに違いない。
神と敵対する存在。
その悪魔と交渉出来るかは分からないが、せめて、私の首1つで……せめて部下の命だけは……
思考を巡らせる団長の目の前には、銀髪の悪魔が迫っていた。
「お前等……1列に整列して正座しろ……」
「!!?」
はじまる……
また、あの地獄が始まる……
青褪める騎士達。
しかし、目の前に立つ銀髪の悪魔は、思いもよらない言葉を口にした。
「お前達、手ぶらじゃ帰れないだろ?
俺を拘束して、城に連れて行け」
「え?」
「女達は逃走するも、深い穴に落ちて死亡。
妻達が死に、発狂してしまった夫を証拠として拘束した。
俺は、演技で少し暴れるかも知れんが……
まぁ、お前達の首は飛ばないだろう」
「はぁ……」
こうして、俺は道に迷うことなく魔女の城へ行く事が出来た。
………………………………………
その頃、魔界では。
魔王様達の身に何かあったら、連絡をお願いしまーす!とベレトから言われていた黒ムックは、ベレトにありのままを報告していた。
「王妃様達が行方不明になりましたー」
(※黒ムックは嘘は言っていません)
「えっ!!?」
「魔王様は魔女の城で拘束されてますー」
(※黒ムックは嘘は言っていません)
「なんと!!」
「このままだと大変な事になるかもですー(魔女の城が)」
この緊急事態に、すぐさま幹部達が招集された。
勿論、修行中だった子供達もだ。
「状況を報告します。
黒ムック様からの情報によると、王妃様3名は旅行2日目、突如発生した大穴に滑落し現在まで行方不明、魔王様は魔女に捕らえられ非常に危険な状況にあるそうです」
「そんな……パパ、ママ無事でいて……お願い」
静まり返る会議室。
重い空気の中、ベレトが口を開いた。
「王が不在の今、魔王軍の指揮権はオリオン様、クロエ様……お2人に有ります」
「…………クロエ。ラクレスとディオニスを連れて異世界へ行け」
「オリオンはどうするの!?」
「俺は、城に残る。万が一の時、セレネの防御は国を守るのに不可欠だ。それに俺達に使える転移魔法じゃ、野菜の大量輸送も出来ないんだ。異世界に軍を送るのは無理だ」
オリオンは、異世界での捜索には赤ムックの力が必要だとも考えていた。
本当は行きたいが、我儘を言っている時ではない。強く握り締められた拳は、オリオンの心境を物語っていた。
「何やら面白そうな話をしておるな」
邪神アンラ・マンユである。
近々、王位継承を行うと小耳に挟んでいたアンラ・マンユは魔界の新たな支配者として、誰が相応しいか見極める良い機会だと思っていた。
「軍を送りたいなら、少し時間が掛かるが巨大な転移門を創ってやれん事も無いぞ?」
「………。アンラ・マンユ様!お願いします!!」
幹部の1人、ベレトが発した言葉……
”魔王軍の指揮権は2人に有る”
恐らく、一度に転移出来るのは数名づつだと分かっての発言だろう。
しかし、その言葉からは、主の危機に居残りなんて御免だ!という想いが滲み出ていた。
クロエは、その想いを汲み取る様に、真っ直ぐに邪神を見つめ、そして、深く…深く頭を下げた。
「良かろう。
子供達よ、装備を整えて御伽の世界へ行くがいい。此方の準備が整い次第、お前達の元へ軍を転移させてやろう」
魔界で、こんなに大事になっているなど知る由もない俺は、魔女の城……その地下牢獄で暴れに暴れていた。
動き出した魔王軍。
救出作戦は、やがて御伽の世界との全面戦争へ突入していく……