第90話 家出した妻を連れ戻そう!
旅行に行くなら、今まで行ったことのない土地に行ってみたいものだ。
俺は、空いた時間に邪神界を訪れていた。
「ちーっす!」
「魔王ではないか、久しいな。夫婦喧嘩でもしたか?」
「まぁ、そんな感じかな。早くご機嫌取りをしないとマズい状況になってしまってるんだ。そこで旅行に行こうと思うんだが、オススメある?」
地上世界は殆ど制覇し、魔界はサタナス国から離れれば離れるほど原始時代の様になり、凶悪な悪魔しか居ないと分かっていた俺は、アンラ・マンユを頼ったのだ。
「ふむ、滞在中に見るもの全てが目新しく新鮮であって欲しいというのは納得ぞ。
御伽の世界に行ってみるか?
別次元だが、行けなくはないぞ?現地の通貨も用意してやる」
「御伽の世界?」
「お前の前世で”童話”として語り継がれていた物語の世界だ」
この世には9つの世界があるらしいが、どうやら、今回紹介されたのは不思議の国のアリスやヘンゼルとグレーテルの様な童話の世界が入り乱れた所らしい。
前世では、俺が知らないだけで世界各地に多くの童話があったはずだが、どうせなら有名どころの世界観が広がっていてもらいたいものだ。
「1つ問題が有ってな。
その世界を支配している国がある。
その国の王は傀儡、実権を握っているのはクイーン グリムヒルデという厄介な魔女だ。
此奴には近付かぬ方がよいだろう」
「魔女?ありがとう気を付けるよ」
余談だが、機嫌を早く治してもらいたい理由が辛い……
アリスが城を飛び出した翌日。
「リリア様から伝言だよー」
「伝言?」
ムックがリリアからの伝言を預かって来た。
普段なら、ムックを介して電話の様にやり取りをするのだが、その日から伝言に変わってしまった。
”厳正なる抽選の結果、夕食をご用意出来ませんでした……”
「…………え?」
(抽選って何?)
何の冗談かと思いながら城へ戻ると、伝言通り夕食は無かった。夕食を食べた痕跡はあったのにだ。
アリスが城を飛び出してから3日、俺が当選する事は無かったのだ。
そこで、俺は地上世界の妻ディーテの元へ向かった。
「グルナおかえり。どうした?まだ魔界で過ごす期間だろ?」
「どうしてもディーテの手料理が食べたくなって……来てしまったんだ」
「そうなのか?でも抽選ハズレてるぞ?」
「くっ……」
地上世界でも食事に有り付けないばかりか、この謎の夕食抽選システムは、ほぼ無関係の者まで容赦無く巻き込んでいたのだ。
「グルナよ。最近、夕食が抽選になってしまってな……全く当たらないのだ。
お前のところは変わりないか?
パーシスも抽選になってしまったらしいが」
「抽選?うちは普通の夕食だけどな!ハハハッ
2人とも何かに嫌われる様な事したんじゃないのか?」
「心当たりがないな……うむ、どうしたものやら」
地上世界の魔王も巻き込まれていたのだ。
(オルフェ、パーシスすまねぇ、アリスと刹那は仲良しだったし、メリアとアリスは主従関係だからな……巻き込まれた理由は、俺の心をへし折る為の生贄ってとこだろう)
普段なら、とても美味しく感じるサタナス国の飲食店だが、1人で食べるソレは何とも味気無かった……
頬っぺに米粒をつけた黒ムックとシェイドが城の中をウロウロしている。
毎回当選している様だが、精霊は強運揃いなのだろうか。
いや、そんな馬鹿な話は無い。
結局、1週間で心が折れてしまった俺は、アンラ・マンユに転移の術式を教えてもらい、3名の妻達と御伽の世界へ旅行に行くことにしたのだ。
来週、4連休を取ってはいるがアリスが帰って来なかったら意味がない。
早速、捜索を始めようと部隊を編成していた時、妙な噂話を耳にする事になる。
”サタナス国の外れの森に、謎の生命体が集結している”
謎の生命体は、魔界の至る所に生息しているが、群れる事は無い。
獲物を襲う時や、何者かに同種が襲われると、何処からともなく現れ集団行動をとるが、基本的には単独行動だ。
俺は、アリスの捜索をしなくてはならないので、謎の生命体の異常行動の方は調査団を編成し現地へ向かわせたのだ。
アリスは、念話をシャットアウトしつつ魔力を抑えて潜伏しているのだが、本人が思っている程抑えられていない。
なので、大き目の魔力を探知しては現場に向かうという地道な作業の繰り返しだ。
捜索部隊は、魔界を飛び回っていた。
……………………………………………
その頃、アリスは。
「果物が食べたい!//」
「…………//」
「ふかふかのベッドが欲しい!!//」
「…………//」
謎の生命体を手懐け、配下にしていたのだ。
言葉は話さないが、理解は出来る謎の生命体達。
アリスは、体長50cm程のモフモフな謎の生命体と生活していた。
獲物を仕留めて来るのは勿論、簡単な日曜大工程度は可能な謎の生命体は、どうやらアリスが王妃だと知っている様だ。
とても嬉しそうに指示に従っている。
そんな謎の生命体の集落に、サタナス国の調査団が到着したのだ。
「謎の生命体の数は凡そ600。しかし、集落と思しきエリアには巨大な魔力反応が1つ有ります。
我々では手に余るかと……」
「……手ぶらで帰る訳にはいくまい。
現地の様子を撮影し、魔王様に報告せねば」
高度な潜状技術を駆使し、集落に侵入した兵士は証言する。
「集落に侵入すると、大きな広場を囲むように粗末な家屋が建っていました。
驚く事に、その広場の中央には粗末ながらも豪華な祭壇の様なものが作られ、アリス様が祀られていたのです」
連絡を受けた俺は、その様子を確認した。
ムックの様に動画ではなく静止画だが、そこには謎の生命体に作らせたであろう大きなソファーの様な椅子に撓垂れ、肩もみしてもらい、運ばれてくる酒と果物を飲み食いし、大きな団扇で扇いでもらうアリスの姿が捉えられていたのだ。
(……マジかよ)
早速、謎の生命体の集落に行ってみた。
集落に入ると、魔王の出現に怯えつつもアリスを守る様に立ち塞がる謎の生命体達。
「旦那様!何しに来たの!?私は頭を冷やしてる最中なの!まだ帰る気になれない!!」
(頭を冷やしてる最中だから、まだ帰る気になれないとは?一体どう言う事なんだ……)
アリスは、俺に水着姿を披露するチャンスを潰したとリヴァイアサンにイチャモンを付けて始末し、俺と子供達に怒られて城を飛び出して行ったのだ。
態度が少しおかしい気がするが、食事が抽選になり、周りにも悪影響が及んでいる状況を早急に解決したい俺は、何としても今日アリスを連れて帰らなくてはならない。
「水着姿を披露してくれようとしていたアリス達の気持ちに気付いてやれなくてすまなかった……
俺は、不器用な性格だから中々言い出せなかったが、実は彼此十数年間見てみたいと思い続けていたしバケーションも必要だと思っていた!」
「……そんなのウソよ!!みんなの予定を調整しようとした事なんて1度も無かったじゃない!!」
次の瞬間、膝を付いて謝る俺に、謎の生命体達が襲い掛かって来た。
素早い動きで取り囲み、袋叩きにしているつもりだろうが、正直モフモフしているだけで気持ち良かった。
「私は帰らない!みんな!果物採りに行くよ!!」
「待ってくれっ!実は連休取ったんだ!」
「!!?……連休?」
「4連休だ。地上世界の王族にも根回ししてディーテも4連休になってる……夫婦水入らずで旅行に行こう!!」
「……旦那様が連休取ってくれるなんて……泣」
「アリスが行かなかったら何の意味も無いんだ……行ってくれるか?」
「行くっ!!//」
この、クソしょうもないやり取りの末、アリスは城に戻って来たのだ。
戻って来た日から、夕食は抽選ではなくなり、もれなく用意される様になった。
そして、城の裏手に謎の生命体居住区が建設される事になったのである。
無事、アリスを連れ戻した魔王。
王妃達は大はしゃぎで旅行の準備を始めていた。
子供達は従者を連れて、各々修行の旅の最中だ。夫婦水入らずの楽しい旅行が、今始まる。