第87話 海の魔物を討伐せよ!前編
海の魔物を討伐すべく、プティア王国の海岸にやって来た一行。
目星い魔物は発見出来ず、ほぼ観光になってしまっていた時、思わぬ人物が接触して来る。
ドワーフの国でゆっくり過ごした翌日、一行はプティア王国の海岸で魔物を探していた。
海岸での戦闘なら良いのだが、水中なら人生初だ。
試練も終盤、最早ボーナスステージは期待出来ない。
海岸に行く前に、プティア王国の王族に魔物の詳細を確認しようとしたのだが、討伐依頼を出す様な魔物は確認されていないと言っていたのも気に掛る。
「ブタ野……もといディオニス様、昼の海は素晴らしいものですね」
「サタナス国からは海は遠いですし、魔界の日照時間は短いから、余計に新鮮でしょう。
ヘルモス王国にも、美しい砂浜と港町があるんです。
試練が終わったら行きましょう。案内しますよ」
「是非……//」
冷静に振舞っているが、デアシアはテンションが上がっているようだ。
知性の無い魔物の襲撃は何度か有ったが、苦戦などする筈もなく、唯、時間だけが過ぎて行った。
試練というよりも、ほぼ観光になっていた一行は少し沖の方に何かが光っているのに気が付いた。
「ん?何だありゃ」
目を凝らすと、人の姿をした何かが水面に佇んでいる。
輝く海面に人間程度の物体が居ても、本来は気付けない。しかし、オリオンは気付いた。
偶然なのか、気付かされたのか……
人型の何かは、ゆっくりと陸地へ移動を始め、一行の目の前までやって来た。
「やぁ、みんな久しぶりだね!」
「リヴァイアサン!?お久しぶりです!」
不思議な事に、リヴァイアサンからは獣程度の魔力しか感じない。
リヴァイアサンの制御が素晴らしいのは皆知っているが、不自然な程希薄な存在感に子供達は違和感を感じずにはいられない。
「暫く見ない間に、また成長したみたいだね。私は君達と戦う為に、この世界へ来たんだ」
「……それで魔力を抑えてたの?」
「いや、今日はムックと同じ分裂体みたいなものなのさ。幻獣召喚されて顕現する予定だよ」
(ん?予定って何?幻獣召喚は召喚する時の魔力量で強弱が決まる……じゃあ今は入れ物の状態……?)
「君達との戦いが楽しみで、召喚される前に来てしまったんだ//
そろそろ活動に必要な魔力が注ぎ込まれるよ!」
快晴だった空は禍々しい雲に覆われ、一閃の光の柱がリヴァイアサンを直撃した。
どこか懐かしさを感じる優しい魔力、それは魔界の王の魔力であった。
幻獣召喚は一時的な契約であり、解除するには目的を達成すればいい。
しかし、目的達成だけが解除の条件では無いのだ。
召喚された先で待っているのは、殆どの場合、戦闘である。
対国家。
対神族。
そして
”対魔王”
幻獣の力は召喚者の提供する魔力量に比例する。
即ち、呼び出せるギリギリの魔力なら戦闘で死亡する事も有り得る。
死亡すれば、勿論終わりだ。
一部の例外を除き、上位の幻獣本体が降臨する事は無い。
まぁ、その例外と言うのは竜王バハムートの事で、彼女は召喚者の魔力を使い異世界へ移動→目的達成→買い物→帰宅
なんて事をしていた。
サタナス国を破壊する為に召喚されたバハムートは、契約を破棄→一身上の都合により召喚者の抹殺→魔王に接触→魔界に定住した訳だが、契約違反だ。
違反すると、捧げられた魔力量の2倍を失う事になる。
下位の幻獣ならマイナスになってしまい存在が消滅してしまう事も有るが、竜王バハムートからしてみれば小銭を失う程度の事。
呼び出せるギリギリの魔力量で圧倒的な存在感が有ったのは、本体で降臨したからなのだ。
つまり、”あの一件”に限って言えば、竜王バハムートは魔界に行き、俺に会う口実として下らない召喚に応じた訳で、呼び出す魔力量などどうでも良かった事になる。
この話は、俺を消す為に頑張って魔力を集め呼び出した悪魔達には黙っておいた方がいいだろう。
契約は結ばれ、魔力の充填が終わった。
子供達は受け入れるしか無かった。
先程まで目の前に居たのは、単なる”入れ物”であったという事実、そして今から始まる絶望的な戦闘の予感。
試練の最中、対峙した数多の強敵達。その中でも紛れもなく最強の相手だ。
「そんなに気負う必要は無いよ//
魔王様から送られて来た魔力は、15%程度だからね//」
「……みんな、油断するな!魔力がショボイとか言ってるが、これは試練だ!師匠相手にボーナスステージなんか有り得ねぇ!!」
「「勿論ですとも!!」」
リヴァイアサンの話は嘘ではなかった。
しかし、魔王の15%は桁が違う。
事実、充填された魔力は膨大と言って差し支え無い量だった。
「そうそう。相手が明らかな格下でも油断してはいけないね//
あ、従者のみんなは戦闘をサポートするだけにして欲しいな。全員を相手にするには分が悪いから」
リヴァイアサンの戦闘力は相当に低い(と本人は言っている)。しかし、当の本人は子供達との戦闘を楽しむつもりなのだ。
魔力量的には、地上で4人で挑めば勝てるだろう。しかし、相手は神も恐れる海の魔獣リヴァイアサン。
使える魔力量に制約が有るだけで、地力が本体のソレだったとしたら大事である。
「本来は教えないんだけど、特別に教えてあげるよ。
今日、戦いのステージは海中。そして、私の身体能力は本体の30%。
使える魔力は、ご覧の通りさ//」
身構える子供達の背後で、カラとセレネの思考は巡りに巡っていた。
((糞蛇が偉そうに……。コイツ……絶対ぶっ殺すっ!!))
リヴァイアサンが海に潜る前に、全員でボコボコにしてやりたい……
セレネの結界で封印し、デアシアの遠距離狙撃で意識を断つ。
そして、カラの殲滅魔法で強靭な鱗を完全破壊しエキドナが毒抜き。
からの、”武神降臨”により身体能力を大幅に上昇させたジーノによる見事な三枚おろし……
それを攻撃ステ全振りのムックによる最上位火炎魔法でこんがり焼き上げ、海蛇の蒲焼きにし、主達はソレを美味しく食する……
”いけるっ!!!!”
「オリオン様!」
「ん?お前ら、直接戦闘には参加するなよ?」
「「…………」」シュン
しかし、簡単に引き下がる様なヤワな従者達ではない。
ドヤ顔でリヴァイアサンに近付くセレネ。
「幻獣王様……我々は従者として、まだまだ未熟。恐れながら少々お時間を頂きたく存じます」
「いいだろう。明日のこの時間まで猶予をあげよう//」
「ありがとうございます」
勝手な事言いやがってと怒るオリオンを無視し、従者達は魔界へと転移して行った。
向かった先は魔界の王都、サタナス国。
「グルナ様!お久しぶりですー//」
「……お前ら、主をほったらかして何してんだよ」
「今日は、主を助ける為に此処へ来たのです!」フンスー
従者達が俺の元を訪れた目的は、”可能態干渉術式”を習得する為であったのだ。
従者が各々の主の可能態となり、超強化させるつもりらしいが、そう上手く行くわけが無いのだ。
「何で出来ないんですか!!」
「あれは、飽くまでも個から多へ。若しくは多から個へと力を供給する術式だ。
供給するにしても供給されるにしても、そこには”王”の存在が不可欠って事だ。
つまり、これは個ではなくチームとして目的達成や生存率を上げる為のものって事!
個から個への供給は想定していないの!!
だから、あの4名各々に複数の従者が居れば成立するって事ね?オケ?
現状ラクレスだけしか無理なの!分かった!?はい!解散!!」
「グルナ様!魔改造してよ!初めての愛の共同作業がしたいのです!!」
「…………」
どうやら、コイツらは自分の主を大活躍させたいらしい。
4名の中で”王”を決め、術式を使うと供給を受けた1人が大活躍する。
逆に”王”となった者が供給する側になれば、弱体化し目に見える戦果は得られない。
つまり、自分の主以外を強化するつもりは微塵も無いと……。
主を立てたい従者目線過ぎる話だ……
「あらあら貴方達。主をドーピングして勝利させるつもりかしら?なんと愚かな」
「……!?」
魔界の王妃の登場である。
何時になく、不気味な程に落ち着いた佇まいは王の間に背筋が凍る恐怖と緊張感を振り撒いていた。
「あれは国難に対する切り札。些細な事で使用が許される術式では無いのです。
それに、貴方達は勘違いしている。
サポートのし方は他にも有るわ」
「王妃様!教えてください!!」
「フッフッフッ。それは料理です。
腹が減っては戦は出来ぬ……ましてや、戦の前に振る舞われた食事が主の好物だったら……
さぞ喜び、力が漲る事でしょう!!胸キュン間違いなし!!」
「……ま、眩しいっ!!!??」
王の間は眩い光に包まれ、従者達の歪んた心を正した。
「さぁ、従者達よ!主の祖国に行き、好物のレシピを習得するがいい!!時間は有限ぞ!!」
「仰せのままに!!」
レシピを伝授してもらうべく、従者達は大急ぎで旅立って行った。
思考を鈍らせる雰囲気を作り出し、急かすように送り出した王妃アリス。
元幻獣界の王にして、全てのドラゴンの頂点……彼女の怒りは静かに燻っていた。
”愚かな従者達……だが、喜ぶがいい。
私の糧と成れる事を”
決して、魔王に悟られない様に
確実に、全てを闇に葬るのだ。
従者達の思考を操作し、主の祖国へ向かわせたアリス。
9つの世界で最強の一角である彼女の暴挙に、全ての者は唯呆然と立ち尽くした。
大自然の猛威を前に、何も出来ずに怯える人間の様に。