第82話 勇者パーティーVS魔王軍 中編
遂に決戦の日。
大澤ケンジ率いる勇者パーティーは、装備を整え、魔王城を目指した。
これから始まるであろう”親殺し”という試練を前に、道中、誰一人として言葉を発する者は居ない。
その頃。
王の間には、3名の王妃と魔王オルフェ夫婦が集まっていた。
その表情は、何故かとても明るい。
「グルナよ、楽しみだな」
「あぁ、色んな意味で楽しみだよ。完成したばかりの魔法を試すには持ってこいの舞台だからな」
時刻は、13時38分。
突如、王の間に時空の揺らぎが生じる。
現れたのは、黒曜石の鏡。
その鏡から、黒い霧が溢れ出し何者かが姿を現す。
テスカトリポカ、ザガン、バラム、ヴィネ、パイモン。
そして、彼等を束ねる魔王バエルである。
アンラ・マンユ情報では、メテオラという人間の世界……大澤ケンジの転生した世界を滅亡させた魔王だ。
大澤ケンジは、転移魔法の失敗で魔界へやって来た。
本来は魔王バエルの城に転移する筈が、俺達の住む魔界にケンジは飛ばされたのだ。結果、魔王バエルは討伐される事無くメテオラを支配したのだ。
(まぁ、ケンジの手に負える相手では無い様だが……)
「異世界の魔王よ、楽しんでもらえたかな?」
「俺の妻の件か?その節は、どうも……」
互いの魔力がぶつかり合い、王の間は光が屈折してしまう程の強烈な殺気と膨大な魔力で溢れ返った。
暫しの沈黙の後、魔王バエルの側近パイモンが口を開く。
「なかなか面白い催物だったであろう?
妻を意図も簡単に攫われる様な間抜けでは、楽しむ余裕も無かったかも知れぬが。クククッ」
「お前が遠隔で転移させたのか……わざわざ名乗り出るとは見上げた度胸だ」
「…………?」
「メインデッシュにメインデッシュが添えてあるとはなっ!!」
魔王が掻き消えると同時に、パイモンの上半身が吹き飛ぶ。
魔法ではない。
魔王は、ただ勢いよく加速し、勢いよく殴りつけただけであった。
「……!!?」
「面倒な奴め……」
床に大規模殲滅術式の魔法陣が展開されるも、魔力が大きく乱され発動しない。
「その程度の魔法が通用すると思うな」
「自ら手を下すのは面倒だが……止むを得んか」
解放される魔王バエルの魔力。
さすがは魔王と呼ばれるだけの事はある。サタンと同等か……やや上ではなかろうか?
(10数年前なら、いい勝負だったかも知れんな)
「思い上がるな。
人様の世界を荒して粋がっている様な野良の魔王など、高が知れているではないか……」
「…………」
「俺は、魔界を支配する”真なる魔王”。
貴様の様な、野良の”自称魔王”とは格が違うのだ」
「言わせておけば……」
「野良の”自称魔王”程度が、俺に挑戦しようなどとは烏滸がましいにも程があるぞ。
タイトルマッチの前に実績を積んでもらわなくてはな」
王の間の扉か開き、子供達が入って来る。
勿論、大澤ケンジと共に。
「お前は!!」
「勇者ではないか……急に居なくなったので心配しておったぞ。クックックッ」
「お前が此処に居るって事は……」
「安心するがいい。お前が留守の間にメテオラの人間は絶滅させておいたぞ?」
正直、ケンジには荷が重い。
コンビニで働きながら、空いた時間で鍛錬は続けていた様だが、魔王バエルには5、6歩も及ばないと言った所だ。
魔王バエルと側近4名……その4名も相当な手練だ。
「俺が全員始末してもいいが……つまみ食いしたし、正直、胸焼けしそうだ。
実績作りも兼ねて、野良の魔王と配下による魔界デビュー戦、その相手は勇者パーティーにしてもらう。
勝利出来れば、俺が相手をしてやろう」
「他わいも無い……」
「野良の魔王バエルよ、今の言葉を忘れるな」
子供達は直感した。
この魔王バエルとかいう奴……相当強い……
今の自分達では手に余ると。
しかし、ケンジの表情から察するに、負けるのは目に見えているが、何としても一矢報いるという覚悟が滲み出ている……
「お前達、始末する魔王はコイツだ。
コイツ等全員を冥府に送れ。
それをもって、第8の試練をクリアとする」
魔王バエルは困惑していた。
勇者 大澤ケンジとは、これ程に雑魚だったとは……
人間共の希望とは、これ程に儚いものだったのか!と。
事実、その通りだった。
本人も、魔王バエルを前に自覚していた。
どう足掻いても勝ち目がない事を。
仮に、魔界ではなく、予定通りに魔王バエルの城に転移していたとしても、結末は変わらなかっただろう。
しかし、自分が死力を尽くしての結果では無いのだ。とても受け入れられるものではない。
「お前達、ケンジの力になりたいか?」
「「なりたいっ!!」」
「ケンちゃん、やるしかないな?」
「グルナさん、僕は死んでも勝たなくてはなりません!!」
「お前達は、種であり花でもある」
「?」
種の状態を可能態とするならば、花の状態は現実態。
事物の生成は、可能的なものから現実的なものへと発展する。
例えば、絶え間なく鍛錬を続けて辿り着いた10年後と、その日の気分でサボったり張り切ったりを繰り返して辿り着いた10年後。
その差は、言うまでもないだろう。
それは、短期的にも当てはまる。
歯を食いしばり鍛錬した翌日、鍛錬の結果を反映した自分が現実に存在している。
当たり前だが、これが可能性の現実化だ。
一見、過去が未来に対して一方的に影響を与えているようにしか見えないが、その逆も然りだ。
生きている限り、選択の連続だ。その選択の数だけ平行世界として様々な未来が存在する。
その無数の未来の中に、現在の自分が理想としている未来は存在している筈であり、未来の現実態、その可能態としての自分が既に現実化している筈なのだ。
それは、理想の未来への想いが強ければ強いほど、より明確に理想の未来へ到たる為の行動を、未来の自分は現在の自分に取らせるだろう。
魔王バエルを倒した未来。それが確実に在るとして、それに到る為の行動とは、力不足である事を自覚して勝てるだけの力を手に入れる為に修行しなくてはならない訳だが、ケンジは”今”自覚した。
一旦お引き取りいただいて、数年後にケリを着ける……それが出来ればいいのだが、なかなか難しい状況だ。
だが、魔王バエルを倒した未来が複数存在するのならば、その未来へ到る他の方法も複数存在しうる。
その1つは、”今”すぐに勇者 大澤ケンジが魔王バエルを上回る力を手に入ればいいだけだ。
ケンジの現実態に影響を及ぼす可能態としての俺が、現在に現実態として存在する。
しかも、ケンジの現実態が完全に目的に到っている状態……即ち”完全現実態”に到っている状態まで干渉する魔法。
それが
”可能態干渉術式”
ケンジだけではない。
俺は、勇者パーティーの可能態として全員に影響を及ぼす!!
この魔法のメリットは、相関関係である事。
つまり、今回は俺が可能態として影響を及ぼすが、その逆も然りという事だ。
広域戦闘では、各地に散らばっている配下に対して影響を及ぼし、本丸を突破されかねない国難に対しては、配下が王の可能態となる。
個が複数に影響を及ぼす場合、単純に借り受けた力の上乗せだが、複数が個に対して与える影響は掛け算となる。
デメリットは、当然の事だが可能態となった者は弱体化する。
「お前達を強化する。
上乗せ出来る力は、お前達の伸び代で上限が決まるのだ。存分に借り受けるがいい!」
発動した”可能態干渉術式”は媒体となり、勇者パーティーに上限目一杯の力をギフトした。
魔王の力を借り受け、勇者パーティーは魔王バエルに挑む。
メテオラという世界で、最強の勇者となる資質を秘めて転生したケンジと、神の血を引く子供達。
彼等に上乗せされた力は常軌を逸していた