第64話 魔王VSアンラ・マンユ 後編
「行くぞッ!!」
アンラ・マンユの立っている床が割れ、破片が飛び散った。
突如、目の前に現れるアンラ・マンユ。
(なっ!?早……)
それは、迎撃出来る速さではない。
咄嗟にガードするも、全身を砕かれる様な衝撃が襲う。
移動と攻撃を繰り返すアンラ・マンユのスピードは異常そのもの。
移動直後に発生する残像は、1体…また1体と増え続け、やがてグルナの周囲は残像に覆い尽くされてしまう。
「手も足も出ないか!!?ん!!?」
「不味い!あの速度は捉えられんぞ!!」
ざわめく観客席を後目に、これ見よがしに更に速度を上げるアンラ・マンユ。
恐らく、魔王は反撃も出来ずに削り切られるだろう……
期待外れだった。
そう思った時、アンラ・マンユの顎を閃光が撃ち抜いた。
何だ?今のは……。
外傷は無い……しかし、膝は笑い、焦点も定まらない。
(まさか、合わせられたと言うのか!?)
そのまさかであった。
アンラ・マンユは、ガードに徹する魔王に対し、その隙間を縫う様に、文字通り目にも留まらぬ速さで打撃を浴びせ続けていた。
恐るべきは、魔王。
魔王は、そのスピードに慣れ始めていたのだ。
丁度、真正面から仕掛けた瞬間に、魔王の緩く握った右のカウンターは、優しくアンラ・マンユの顎を撫でていた。
「図に乗りやがって……」
動きの止まったアンラ・マンユに魔王の拳が襲い掛かる。
眉間への崩拳。
視界を奪い、追撃の顬への肘打ち。
崩れ落ちるアンラ・マンユの顔面を、サッカーボールの様に蹴り飛ばす。
鈍い音が響き、沈黙する闘技場。
起き上がったアンラ・マンユの顔からは、血が滴っていた。
邪神の王たる自分に血を流させるなど……
”許すまじ……断じて許すまじ!!”
より速く……より強力に……
完全に醒めてしまったアンラ・マンユの肉体は更に肥大し、遂に最終形態へ。
破けた服から顔を覗かせる筋肉はエッジが立ち、その破壊力を物語っている。
(化け物じゃねぇか……)
魔王の身体の至る所で稲妻が走り始める。
限界まで解放された闘神化の能力に”雷霆”を上乗せし、迎え撃つのだ。
襲い掛かるアンラ・マンユの攻撃は、先程とは違い、動き回る事はなかった。
真っ向勝負。
ただ、力任せに目の前の”物体”を殴り続ける。
壊れる筈のない煌鬼の胸当に罅が入り、ガード越しに出血する魔王。
闘技場には、巨大なハンマーで肉を打つ様な、異様な音が響き続けた。
あまりの威力に、ガードが崩されクリーンヒットし始める。
一体どれ程の威力なのだろうか……夥しい出血、骨の軋む音……
魔王は究極の暴力に晒され、何時しか視力を失いかけていた。
「ヤバいぞ!グルナは視力を失っているかも知れん!!」
「「旦那様!!」」
大丈夫……まだ少し視えてる……
魔王は狙っていた。
止む事の無い連撃の、ほんの僅かな一瞬を逃さずアンラ・マンユの頭を両手で掴む魔王。
優しい……
頭を掴まれた瞬間にアンラ・マンユの脳裏に過った単語である。
あまりに優しく捕獲されたアンラ・マンユの脳内は真っ白になっていた。
激しい戦いの最中、これ程優しく相手に触れる等ある筈がないと……
その、真っ白な脳内に、魔王の声が響く。
「お前の大好きな物理攻撃だ。喰らえ」
「……?」
究極の脱力から、転じて究極の力み。
魔王の上半身は一気に駆動し、その頭部はアンラ・マンユの鼻を捕らえた。
「ッッッッ!!!!」
噴き出す鼻血と、溶ける景色。
何かが潰れる音……溶ける景色の中、見えた第2発目。
「ゲハッッッッ!!」
2発の頭突きは、アンラ・マンユに顔面陥没骨折という重症を負わせたが、その闘争心を奪い尽くす事は出来なかった。
何とか立っているが、互いの身体は限界に近付いている。
決着の時を感じる2人は、次に全てを賭ける。
そう、次で相手の命を断つのだ。
「魔王よ……終わらすには惜しいが、これ以上は耐えられん」
「俺もだ。次で決めさせてもらうぞ」
低く……低く身体を沈み込ませる魔王。
タックル?
「寝技に持ち込むつもりか!!
それが貴様の最後の切り札とは笑止!!死ぬがいいっ!!」
タックルをしようとする魔王を潰すべく、残った全ての力を込めた、必殺の拳を打ち下ろすアンラ・マンユ。
打ち下ろそうとした時、魔王の左拳が目に付いた。
後方に引き上げられ、天を向く程、高く挙げられた拳。
”神月”
霞む様に消えた拳は、半円を描き加速していく。
床を掠り、火花を散らす様子は、下弦の月の様に美しかった……
光の速さで加速する拳は、真円へと至る軌道上の障害物全てを破壊する。
これ以上無いタイミングで、激しく撃ち抜かれたアンラ・マンユの顔面は大破した。
倒れ伏すアンラ・マンユを見下ろす魔王。
「もう止めてくれ……」
「認めろ」
「お前を魔界の支配者として認める……」
「敗北宣言です!勝者 魔王グルナ!!
この度の勝ち抜き戦!勝者は異世界の魔王グルナです!!」
歓喜に包まれる観客席。
闘技場を覆っていた結界も消え失せ、戦いの終わりを感じる一同に、アンラ・マンユは言い放った。
「認める……訳ねぇだろっ!!ドゥルジ!殺れ!!」
上空に暗雲が立ちこめ、数名の邪神が降臨した。
”死の穢れを司る者 ドゥルジ・ナス”
その数名の邪神は、手の平から巨大な蝿を召喚し始めた。
対象が生きていようが、死んでいようが構わず卵を産み付け、無限に増殖する死の蝿。
邪神達は、魔界の生命全てが跡形も残らず消え去るまで増殖を続ける死の蝿を、これでもかと召喚していた。
「クソがっ!!」
魔王オルフェの”蒼き煉獄の鎌”が、ドゥルジ・ナスを斬り捨てるも時すでに遅し。
召喚された死の蝿は数千匹に達していたのである。
国だけではない。
1匹でも逃せば、魔界の全てが終わってしまう。
待機していた兵力も加わり、総攻撃をするも素早い動きで捉える事が出来ない。
恐らく、アリスの殲滅魔法を使えば1匹残らず排除出来ただろうが、威力が強すぎるのだ。
兵士達を巻き込み、国にまで影響が及ぶだろう。
「くっ!魔兵召喚!!」
ベレトは、魔兵を召喚し排除を試みるが効果は薄い。
(このままでは……)
「ベレト、お前の能力の究極系を見せてやる。目に焼き付けて励め!”刈り取る者”!!」
天高く突き上げた拳から、一閃の稲妻が放たれ暗雲を貫いた。
雲の割れ目から現れたのは、まるで蜘蛛の様な稲妻。
意思を持っているかの様に、自律して動く蜘蛛の様な稲妻は、雲の割れ目から湧き出し、死の蝿を捕食し始めたのである。
総攻撃が続く中、グルナは闘技場に戻っていた。
「ディーテ、水の精霊貸してくれ」
「うん」
召喚しされた水の精霊は、嫌々闘技場へ向かう。
「久しぶりだな、おチビちゃん 」
「おい、チビって言うな。可愛い私に後始末させるつもりか?」
「いや、冷水ぶっ掛けてやってくれ」
闘技場の端で、意識を失っていたアンラ・マンユを無理矢理起こし、終わりを告げるのだ。
「ハエ退治も時間の問題だ。認めろ」
「俺は絶対に認めんぞ」
「おい、負けを認めろとは言ってないぞ?
俺を魔界の支配者と認めろって言ってんだ」
「……。クククッ…ハハハハッ!!お前を魔界の支配者として認める!魔界の創造主アンラ・マンユの名において、異世界の魔王グルナを支配者と認めよう!!」
(コイツ、俺を助けやがった……完敗だな)
その後、無事に蝿の始末も終わり、未曾有の危機に打ち勝った俺達の元に、天空の神々がやって来たのだった。
終戦直後に訪れた天空の神々。
更なる波乱の展開が、魔王を襲う(´ºωº`)