第61話 魔王VSヨグ=ソトース
残酷な描写が苦手な方はスルーしてくださいm(_ _)m
「だんな様……」
「リリア、心配するな。必ず護るから……」
そうではなかった。
リリアは怯えていた。
魔王の本気を目の当たりにしたのは、今回が初めてである。
殺意を剥き出しにした姿に、命乞いする邪神を躊躇無く殺す残酷さに、少しだけ戸惑ったのかも知れない。
「俺は……地上世界の戦争で大切な部下を死なせてしまっている」
「……!?」
「カラとセレネの事だ。最終的に蘇生する事が出来たが、動かなくたなったカラを見た時、俺は絶望の淵から更に突き落とされた様に、ただ深い闇の中を永遠に落ち続けた。
もし、今回リリア、アリス、ディーテに、そして子供達に万が一が起こってしまったら……俺は、どうなってしまうか分からない。
考えたくもないんだ。
どんなに怯えられようが、軽蔑されようが、俺の元を去ろうが……俺は構わない。
ただ、お前の存在自体を護りたいんだ。
それが叶えば十分だ」
「……だんな様」
リリアは、まだ血の匂いが残る魔王を抱きしめた。
どう思われようと構わないなんて……
妻となって間も無い自分を、その人生が輝きに溢れる様にと質量を与え、そして今、己の命以上の存在として、全てを賭して戦うなんて……
最早、リリアの心に恐怖は無かった。
”もう、目を背けない……”
神は、護るべき者の為に不完全と成った。
”愛する者”の為に選んだ不完全。
全善を捨てたのだ。
「まもなく、第3死合を行います!
両者、闘技場へお越しください!!」
立ち上がった魔王の背中は大きく……
善も悪も背負っていた。
………………………………………
魔王VSヨグ=ソトース
羊?
羊にしか見えない頭部。
羊と人間を足して割った様な……異形の姿。
”全ては、我なり……
過去も、現在も、将来も……
全ては、我なり!”
(主よ、コイツは厄介だぞ……)
(ムック、よくわかんねぇよ……)
(コイツは、時を操るかも知れませぬ)
(ヤバいな……)
アンラ・マンユは思った。
この魔王、よく頑張ったな。と
1人で邪神2名をあの世に送ったのだ。その時点で賞賛に価する。
しかし、この勝ち抜き戦も此処で終わりだろう……
何故なら、ヨグ=ソトースはタイムパラドックスを起こす。
時空を超越出来ない者は勿論、仮に時空を超越出来たとしても勝ち目は無い。
同じ時間に、同じ存在は同居出来ないからだ。
殺すには惜しいが、止むを得ない。
始めッ!!
「異世界の魔王よ、よくぞ私の前に立ったな」
「……まだだ」
「まだだと?」
「この戦いを終わらせて、俺は城のバルコニーに行き、国民の前に立つ」
「私に勝つ気でいるとは……哀れな奴め……」
そう呟くと、ヨグ=ソトースの姿は消えてしまった。
後を追うように魔王も消え、闘技場内は無人となる。
「ちょこまか逃げやがって……」
数分後に現れたのは魔王だった。
動かなくなったヨグ=ソトースの頭の毛を鷲掴みし、引き摺りながら亜空間から現れたのだ。
2人が消えた直後。
ヨグ=ソトースは、地球の日本に飛んでいた。
過労死寸前の……転生前の魔王を殺す目的だ。
意識は無いものの、まだ生きている転生前の魔王。
卑怯?
違う。
この勝ち抜き戦は、己の全存在を賭け、全ての能力を総動員するのが礼儀。
恨みなど有る訳もなく、ただ最高の好敵手に対して、最高を尽くすのみなのだ。
(魔王よ……お前が転生出来なかった事で、お前の知る地上世界の全ては消え失せ、お前の知らない別の平行世界のみとなるのだ)
ヨグ=ソトースは時間を動かし始める。
時間を動かす事で、仮に魔王が追跡して来たとしても、魔王は自身の存在によって対消滅する事になるのだ。
(お前は素晴らしい存在であったぞ)
しかし、時間は動かなかった。
転生前の魔王が横たわるベッド。そのベッドの接する壁に、靠れる様に佇む魔王。
「停止世界には存在出来る……だろ?」
前歯が吹き飛んだ事にも気付かない程、速く鋭い打撃。
雷霆の能力は乗せていない……
奇跡だと思うなら、もう一度飛んでみろ。打撃を通じて伝わる心。
(バカな……)
ヨグ=ソトースは、地上世界で人質救出作戦を展開している魔王の元に飛んだ。
そこは船の上だった。
敵地を目指し、大勢の兵士と海を渡っている。
時間を動かそうと、慎重に停止世界の解除を行うが、またしても時間は動かない。
「俺が止めてる限り、時間は動かない……だろ?」
右眼に直撃する強烈な一撃……
ヨグ=ソトースは堪らず刻を超える。
今度は、オリンピックを楽しむ魔王が生きる時間だ。
到着と同時に、停止世界を解除……出来なかった。
(なっ!?)
背後に殺気を感じ、振り返ろうとするヨグ=ソトースの心は恐怖に満ちていた。
感じた殺気は気の所為ではなかった。
美しい半円を描く魔王の蹴りは、ヨグ=ソトースの頸椎を破壊し、その自由を奪ったのだ。
倒れゆくヨグ=ソトースの頭の毛を鷲掴みにし、魔王はボヤいた。
「意外と消耗激しいから、もう”遊び”は終わりだ」
黒ムックの跳躍魔法も消耗が激しいが、ヨグ=ソトースに取り付けた発信機(分裂体黒ムック)の信号を受信するのも消耗が激しく大変だったのだ。
強引に闘技場へと連れ戻されるヨグ=ソトース。
開始の合図から数分間の出来事であった。
「おい、羊頭。戦いの場は此処だろ……勝手に変えるな!」
雷霆の影響で、首の回復が出来ないヨグ=ソトースに対して、魔王は馬乗りになり殴った。
滅多打ち……
滅多打ちという表現でいいのだろうが、傍から見ている者が感じたのは、もっと違う言葉だったと言う。
”虐殺”であった。
動けなくなり、意識も朦朧としているヨグ=ソトースに、魔王は雷霆の破壊力を込めた剛拳をスコールの如く打ち下ろし続けた。
砕け散るヨグ=ソトースの角……
潰れる頭蓋骨。
またしても返り血に赤く染まった魔王は、笑みを浮かべながら、挽肉の様に変わり果てた頭部を心行くまで殴り続けた。
闘技場の床は陥没し、コアまで叩き潰したところで、魔王は”コイツは2度と現れる事は無い”と判断した様だ。
死合終了である。