第60話 魔王VSナイアーラトテップ
神は不完全だった
全てに慈悲深いはずの神は
自分の大切なものを奪おうとする者に対して
とても”キレやすく”
躊躇なく蓋を開ける
そこから、溢れ出た感情は
欲や残虐性の更に上
究極の”殺意”
暴れ狂う殺意は、もう誰にも止められない
「勝ったよ!」
「う、うん。お疲れ様!」
「……?」
王妃達の様子がおかしい気がするが……気の所為だろうか。
若干の距離感を感じつつも、控え室に戻り血を拭う。
「ご主人様ー!全死合バッチリ記録してるからね!」
そう、ムックは俺の行動を記録したり、戦争が起これば戦地を駆け回り記録しているのだ。
今回も、ムックの分裂体は闘技場の四方に散らばり死合を記録している。
しかし、ムックも俺の能力の1つだ。実戦投入してみようと思う。
「ご主人様……私は直ぐにリミッターに当たるよ?」
「リミッターはカットしような。作戦能力を獲得してもらうぞ」
とは言ったものの、未だかつてムックが攻撃魔法を使っているのを見た事が無い……使い物になるのだろうか……
炎と闇の最上位精霊なので魔法を使えない訳ではないだろう。
とにかく、ステータスを確認してみたのだが……
防御、ガード、回避、可愛さ……これらに全振りされていたのだ。
リミッターどうのと言っていたが、原因はコレだと思った俺は、ムックの改造に取り掛かった。
1度リセットし、再分配するイメージだ。
念の為、初期の配分を記憶させておくとしよう。
ステータスを攻撃系に全振りしたムックは可愛い小型犬から獰猛な狼へと変化した。
防御系は一切無視だが、本体が消滅しない限り死なないので問題ないだろう。
「ムック、義手の中で待機だ」
義手の中に消えていくムック。
俺は、闘技場へと向かうのであった。
…………………………………
「それでは、第2死合を行います!
両者、闘技場へお越しください!!」
今回の相手は、ナイアーラトテップ。
ローブを纏い、その表情は見えない。
始めッ!!
合図と同時に、速攻を掛けるも空を切る打撃。
当たったが、手応えが全く無い……
呪文を唱えだすナイアーラトテップ。阻止しようかと思ったが、恐らく先程と同様に捉える事は無理だろう。
詠唱が始まってから数秒後、闘技場の床からはナイアーラトテップの分身だろうか?様々な姿形の”何か”が湧き出して来たのだ。
一瞬にして取り囲まれてしまう程の数が既に居るのだが、分身は更に湧き出し続けている。
手当り次第に、殴り蹴る。
しかし、手応えは感じない。
(……本体は何処だ?)
本体を探すが、全て均一な反応なのだ。
(まさか……全部分身なのか?)
最初に待っていたのが本体ではなく分身だったとしたら……
本体は別の場所に居るという事なのだろうか。
(主よ、本体は此処には居ないぞ!)
「やっぱりか……」
分身とはいえ、攻撃能力は有る様だ。
襲い来る鉤爪は、頬を掠め切り裂く。
「気付いた様だが、どうにも出来まい」
「…………」
(ムック!探し出せ!)
本体の捜索を任せ、俺は手当り次第に手応えの無い分身を消滅させ続ける。
闘技場の床に赤黒ムックを融合させ誕生した個体”猛焔狼王”を送り込んだが、発見出来なければ血祭りに上げられるだろう。
それ程に分身の数が多いのだ。
赤黒ムックは、巨大なゲートと化している床を伝い、薄暗い森に到達した。
(主よ、異界の森に到着した!この森の何処かに本体がいるはずだ)
(ムック、森を徹底的に焼き払え!)
ムックに許可している魔力使用量は20%。
100体程に分裂した赤黒ムックを阻むかの様に、ナイアーラトテップの分身は襲い掛かる。
地上からの魔力弾を躱しつつ、ムックは徹底的に森を焼き尽くしていた。
毛の1本1本から放出される光の粒は、焼夷弾の様に森を焼くのだ。
半分程まで数を減らしてしまったが、ムックの分裂体は森を火の海にする事に成功した。
流石に、これだけ暴れ回ったのだ。闘技場に居る分身にも変化が起こった。
湧き出てくる分身の数は、明らかに減っていたのだ。
(主よ!あれが本体ではないか!?)
ムックの視界を共有し確認すると、森の中央には、顔の無い不定形の生物の似姿が刻まれた平石があり、ドス黒いコアが脈を打っていた。
(土台を壊してコアを回収しろ!)
(承知!)
”爆斧尾撃!!”
巨大な斧と化した尻尾の一撃は平石を砕いた。
しかし、コアを回収し、魔界に戻ろうとするムックに不定形の”何か”が襲い掛かろうとしていた。
(主よ!何かが追って来ている!!)
(何とか振り切れ!)
(ダメだ!魔界まで着いて来るぞ!!)
ムックとほぼ同時に闘技場に現れたのは、アメーバ?スライム?
大きな謎の塊は、その巨体全面に無数の顔が生えた悍ましい化け物だった。
コア諸共、ムックの分裂体を捕食したナイアーラトテップの本体は、早くも異界へと移動しようとしている。
「逃がすかっ!!”魔王獄炎釜”」
上下左右を稲妻の檻で囲い、闘技場から引き剥がす。
空中に浮かべられたナイアーラトテップ本体に、超高出力のマイクロ波が照射され加熱調理が始まった。
巨大な塊の至る所で水蒸気が上がり、沸騰し始めたのである。
そろそろ……散血の晩餐だ!!
”裁きの刃”
火の通った肉の様に固まり、動かなくなったナイアーラトテップの本体は徹底的に切り刻まれ、再度コアの露出を許した。
ドス黒く、不気味に脈を打つコアに放たれる神の能力……
最高出力の”雷牙”である。
直撃した雷牙は眩い光を放ち、ナイアーラトテップのコアを地獄でも天国でもなく……
完全に消滅させたのだった。
周囲に飛び散る肉と血……腐敗臭と焼け焦げた臭い……
ナイアーラトテップの現れた場所には、真っ黒な血溜まりが出来、その血の海は鈍い光を放っていた。
「勝者 魔王!
清掃を行いますので、第3死合は30分後に開始します!
控え室にお戻り下さい!」
結構な量の魔力を消耗してしまった。
少しでも回復出来るのは有難い。
控え室には王妃達が待っていた。どうやら特製ドリンクを作ってくれていたらしい。
「旦那様……これ飲んで//」
「ん?ありがとう……」
アリスがモジモジしている……
何か変な物が入っているのだろうか。
「何でモジモジしてるの?」
「実は、そのドリンク……私の魔力で出来てるの……美味しくないかも知れない//」
「…………」
”魔力で出来てるの”……頬っぺを真っ赤に染め、早く飲めと言わんばかりに見つめて来るアリス。
はて?魔力で出来てるとは……意味が分からない。
一口で飲み干せる小瓶に入ったドリンク……俺は意を決して飲んだ。
飲み込んだ瞬間、体内で爆発するアリスの魔力。
「……ゲボッ!!!!???」
「旦那様!大丈夫!!?」
なるほど、魔力で作ったというのは冗談ではなかった様だ。
俺が、魔力を物質化させて”種”を創った様に、アリスは魔力を圧縮させ続け液体にして瓶に詰めたのだ。
回復はした。
回復はしたが、もの凄い動悸だ。
死合以外で死ぬかも知れない。
エナジードリンクを何十本も一気飲みしたみたいに心臓に負荷が掛かる……
「アリス……ありがとな。
でも次回作る時は、何かで薄めてくれ」
「うん!分かった!!//」
しかし、凄い効き目だ……かなり消耗したと思ったが、ほぼ全快してしまったのであった。